07

<東路 入り口>
西大寺路を抜けて10分ほどで、東路についた。
バイクのエンジン音がやむと、あたりがとても静かなことに気付いた。
「『8:2の法則』て知ってる?」
乗ってきたバイクを道におきながら、ダンがぽつりと言う。
バイクを立てかけて、そのまま道路にしゃがみこみ地面を指さす。
そこにはアリが一列になって巣穴へ食べ物を運んでいる。
「コイツらさ、働きアリって言うだろ。でもな、こいつらの中に2割はナマケモノが
いるんだって。」
「働かないアリってこと?」
「そう。本によると、どんな群れでも必ず2割の確率で怠惰なアリがいるそうだ。
で、科学者の実験によると・・・」
指さした群れから一匹のありを指で拾い上げる。
「こうやって働かない因子を除くとするだろ、そしたら どうなると思う?」
ダリアはダンが何を言わんとしているのかがわからない。「みんな働きアリになるのよ」と答えてみた。
「ハイ、違います。そんな答えならわざわざキキマセン。」
ダンのおどけた反応に静かに怒るダリアを見て、ニヤニヤ笑いながら”答え”を言った。
「働かないアリのいなくなった群れは、やっぱりその2割が働かなくなるのサ。
いままで働きアリだった奴らが、働かなくなるの。集団には、必ず2割の割合で不穏分子が存在するのよサ。
それが8:2の法則」
そう言ってダンは立ち上がり路地奥へと歩き出す。ダリアもあとを追った。
ダリアが周りを見渡しても、人一人いない。
これが東路・・・?西大寺路とだいぶ雰囲気が違う。
人の気配が一切しない路地を進むと、ダンは赤い煉瓦作りの建物の前で足を止めた。
さびた鉄格子の門に手をかける。
「その2割の不穏分子・・・ってヤツをな、俺らの住む場所に当てはめてみた。
東西南北で争いをしてた俺らが、東西残して平和になった。
今まで争いばかりしていた”ナマケモノ”たちが消えたこの群れには・・・?」
「いままで仲間だった人が反逆を考え始める?」
「ピンポーン。そういうコト。仲間に見せかけていた、仲間じゃない奴らがホンネを出してくるだろうと。」
そう言って、ダンは鉄格子の門を開けた。
<東路 赤煉瓦の古屋敷>
門をくぐり、枯れた花道を歩むとボロボロの扉がダリアを出迎える。
外観は、梅水花園の洋館によく似ている。ただ、誰も手入れをしなかった痕跡が
ありありと見えた。 大きな扉はもとが何色だったのかわからないくらい風化し、手をふれれば
パラパラと何か崩れ落ちそうだ。
ダンはその扉をそっと開け、屋敷の中に入っていく。
ダリアのあとをついて中にはいると、屋敷の劣化は外のそれよりも激しいことに気がつく。
なんなの、この建物。まるで、・・・廃墟。
「見た目はマシだけど 中はヒドイだろ?ここ」
ダリアの思っていることを感じ取ったのか、ダンはそう言った。
長い廊下をわたり、赤茶色の絨毯の指す先には地下への狭い階段があった。
「キジは、ここに住んでる。キジの家族と。」
階下から人の気配がした。目をこらしてみれば子供だ。10歳くらいの少年が立っている。
「ダン!」
「よう、遊びにきたぞ。おねぇさんは?」
「奥にいるよ。ダン、あとでサッカーしよう」
「あぁ、兄ちゃんが帰ってきたらな」
少年とダンは挨拶がわりに手をたたきあう。とても親密そうな様子だ。
「今のはキジの弟。で、奥の部屋にいるのがキジの姉。」
そう言ったと同時に、奥から女の人が出てきた。
パジャマのようなワンピースを着ている。
痩せた身体が病弱そうな雰囲気をかもしだしている。
「ミリー。今日は調子はどう?」
「今日は元気よ。あら、お友達?」
彼女の目線がダリアに向けられたので、軽く会釈をしてみる。
「ダンの・・・友達のダリアです。」
そう、と安心したように微笑むと、彼女はベッドに戻ると言って部屋に入っていった。
何の病気かはわからないが、あまり具合はよく無さそうだった。
”キジの部屋に入るよ”と姉に断り、ダンは隣の部屋に入る。
中にはベッドと本棚、勉強机まである。
「ああ見えても、アイツ結構かしこいの。アリがどうこう言い出したのもキジ。
東西が争っている状態こそ、悪さしたい奴らにとって”平和”だ、とか言い出してさ、
だから俺たち闘争しているように見せかけてたんだ」
机をがさがさかき回し、ダンは何か探している。
「その、悪さをしようとしているアリは何者なの。」
「どうもサ、北路の生き残りだと思うんだが、妙に頭が良いのが気になるんだ。
何か、裏を引いてるヤツがいる。」
ダンは机からライターのような何かをポケットにしまう。
「ネコちゃんが見たのはまさにその”悪さ”の現場だよ。
ここいらで、今まで無かったような麻薬が流通している。
悪質な 毒薬に近いもので、そんなのを北路のあいつらが
手に入れることがおかしいんだ」
断片的なダンの説明では はっきりと事態はわからないが
あまり考え込む時間も無かった。ダンとダリアはすぐに赤煉瓦の洋館を後にした。
バイクを止めた場所に帰ってくると、誰か立っている。
「ローズ」
ダリアを見据えて、ローズが待っていた。
何か言いたそうな顔をしている。
「ダン、先に戻って」
ダンはローズをチラリと見つつ、黙ってバイクに乗っていった。
彼の姿が見えなくなってから、ようやくローズは口を開く。
「あなたは何をしているの」
ダリアはその声のトーンの低さに、思わず息をのむ。
カメリアが射殺された情景が頭に浮かんだ。
<廃ビル>
ねことキジはとじこめられた部屋のなか、抜け出せる場所はないか
見渡してみた。
部屋の中には金属質の扉と、薄灯りがもれる窓一つ。
通気口も動物が通れるほどの幅だ。
「開かないね」
ドアノブを無駄と知っても回し、ねこはため息をついた。
「きっと無理だ。君の力じゃ」
そのとき、向こうに人の気配を感じた。
キジはドアのわずかな隙間から向こうを覗く。
似たような年の少年が二人、・・・それに
「誰かいるの?」
ねこも下から覗いてみる。
隙間にちらちらと見え隠れする手は、どうやら女のようだ。
何か口論しているような声が聞こえる。
『人質はあの少女だけで充分よ もう一人は始末してちょうだい』
『でも・・・、ヤツはダン・ヴィ・ロウの片腕だ。あの女の子の方が役に立たないだろ』
ねことキジは顔を見合わせる。
『あんた達、何も解ってないわね。あの少女は、花連の女の・・・』
ねこはその言葉にギクリとした。
なんで花連が出てくるの?
「扉の向こうにいる女の人は、誰?」
誰に言うともなくねこはつぶやいた。
<西大寺路・Bunch Of Pigs>
ダンが西大寺路に戻ってくると、店の前にシェルが立っていた。
「ヨゥ、手がかりは掴めたかい」
「掴めていたら、こんなとこに来ない」
「それもそうか」
ダンはシェルの前を素通りし、店の階段をおりようとした。
「待て」
シェルの腕が自分の背中を掴みかかってきたのを、スルリとかわす。
ダンはその腕を壁にたたきつけ、シェルに詰め寄った。
「あんたが焦っているように、俺だって苛立ってるんだ。
今からキジを救いに行く。眠り姫を助けたければ、ついてこい」
ダンのその表情に、いつもの微笑は無い。
彼もまた真剣なのだ。 シェルは彼のあとを追って店の中に入っていった。
<東路>
『なんで・・・ カメリアを、なぜ殺すの?』
『花蓮は依頼ある人物しか殺さない。彼女はそのルールを破った。
自分の為に、その男を殺そうとした 』
カメリアを撃った時、眉一つ動かさず冷静にローズは言っていた。
花連の指示なく動いた、そんな理由でカメリアは消された。
今の私の行動も、そうだと言うのだろうか。
ダリアは緊張した面持ちで、ただ黙っていた。
「西大寺路の男と何を企んでいるの」
「ねこが、連れさられたのを探している。ダンに手伝ってもらって・・・」
ダリアの答えを遮るようにローズは言った。
「あなたそれが何をしているのかわかっているの?
西大寺路の争いは新聞沙汰になるようなこと。そんな男と行動を共にするなんて
自分の存在を知らしめているようなもの。
あなたは花連の暗殺者。
けして人目に触れてはならない」
それはわかっている。
けれども
「じゃあ手伝って、ローズ」
ダリアの言葉に、ローズは驚いた顔をした。
ダリア自身、なぜそんな言葉が出てきたのかわからない。
無表情にカメリアを殺したローズと、不慣れな手つきでキーボードを叩いていたローズ。
どうしてだか、心底冷たい人には思えなかった。
「ダンと行動したら人目につくって言うなら、ローズ、あなたが手伝って。
ねこのいる場所まで、ダンと別行動する。
私に協力してよ」
自分でも言っていることが無茶だと思ったが、賭けてみた。
「お願い」
ローズはしばらく目をつぶり、眉間にしわを寄せて黙っていたが、
ため息をつき「わかった」と言った。
「乗りなさい」
側に停めてある車を指差す。
閑散とした東路の空は赤く染まり始めていた。
ダリアは突き刺すような西日に目を凝らし、ローズの車に乗り込んだ。
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