番外編競作 禁じられた言葉 参加作品 / 注意事項なし

眠れぬ男と眠り姫 番外編

クリニクラウン

written by サクラミズ
1.

 

「気の毒だが、手遅れだ。もう助かるまい」

 

今まで何度言ってきた言葉だろう。
望みを絶たれる言葉。
おおかたの人間は絶望する。
みるみるうちに表情が消え、泣き崩れる女もいたし
ただ黙ってそれを受け止める子供もいた。

 

「心配ありません、助かりますよ」

こっちの言葉だと、喜びの表情があふれる。
暗い雰囲気の待合室が、一気に晴れやかになる。


今日は、後者の展開のはずだった。
しかし、どうやら俺は彼らにとって絶望の言葉を言ってしまったらしい。

「患者さんは助かりますよ。まぁ透析やらが必要ですがね。
歩くことはできないと思いますが、意識もしっかりしている。
入院できる病院を紹介しましょう」

そう言って、カルテから目を離した。
目の前の夫婦、おそらく患者の息子とその妻だろう。
彼らは、俺の言葉に とまどいの表情を見せていた。

「助かるんですか?」

  そうだ、助かるのだ

「ええ、安静にしていれば命を落とすほどでもありません」

夫は震える妻の手を握りながら、意を決したように俺に言った。

「父はいつ死ぬんでしょうか」

 

 

・・・俺は正直、度肝を抜かれたね。

 

 

 

 

<黒十字病院>

遅めの夕食をとっていると、病院のドアが開く音がした。

「おっさん、薬くれよ」

診療時間をとうに過ぎて、堂々とやってくる患者はただ一人しかいない。 黒い衣服で身を固めた医者は台所で弁当をつつきながら入ってきた人物を確認する。 予想通り、だった。

 

「シェル、そこの新聞取ってくれ」

「そこってどこだよ。ちょっとは整理しろよ」

シェルと呼ばれた青年は滅茶苦茶に積み上げられた新聞雑誌の山から 何束かの新聞を抜き取る。 着ていた上着を脱いで側の椅子にかけると、新聞を持って医者の前に座った。

「おっさん、人の病気を治す前に
自分のずぼら癖を治したほうがいいんじゃないか」

そんなことを真顔で言う彼から新聞を取り上げ、医者は紙面をめくる。 何かに気を留めたのか、1分ほど黙って記事を読んでから返事をした。


「それより、ねこはどうした。三日に一度は花園に行ってただろうに」

「明日からまたどこかの国のお偉いさんがやってくるんだ。
一週間ほど予約なんだってさ」

「ああ、なるほどね。だから睡眠薬か」

「トニーが黒医師によろしく、と言っていた」

医者は新聞を床に置き、弁当の残りを食べ始める。

 

 

「黒医師」とは医者の呼び名である。

シェルは一年前まで黒医師の患者だった。
名前以外は何も語らず、ただ眠れるようにしてくれ、と病院の戸を叩いた。
はじめは睡眠導入剤が効いていたがすぐに耐性のつく体だったらしい。
人並みの量では、薬は効かなくなっていた。

一錠では眠れない。さらに一錠を追加。そうするうちに、一週間分渡した薬を一晩で飲んでしまうようになった。
そんな 彼に呆れた黒医師は、ある一人の少女を紹介した。

「君にやる薬はもう無い。ここにいけ。眠り姫に会ってこい」

 

−眠り姫

それは”梅水花園”と呼ばれる高級娼館に住む一人の少女・ねこの呼び名だ。
不眠に苦しむ者に安らかな眠りをもたらす。
そんな不思議な能力を持つ眠り姫へ、この不眠の男を導いた。



その結果、彼は眠り姫を必要とした。この一年間ずっと彼女の元へ通っている。

 

 

 

「ああ、シェル。病室に入るなよ。一人患者がいるからな」

薬棚をあさる手が止まる。シェルは病室の扉をジッと見ていた。

「・・・へぇ。入院とは珍しいな。あんた、外来専門じゃないのか」

「医者はなんでも面倒見るのさ」

シェルは病室から目を離し、こんどは静かに薬棚を探る。
いつもの錠剤が入ったビンをつかむと、ポケットから数枚の紙幣を取り出した。

「これ、薬代」

金を差し出すと、黒医師はそれを受け取らずシェルと病室の扉を見比べた。
そして、何か良いことを思いついたかのように手を叩く。

「なぁシェル、どうせ効かない薬で夜を過ごすよりも金儲けをしないか」

「はい?」

「その長い夜を、4日間俺に雇われてくれないかな」

 

 

 

 

<病室>

 

『夜の間、患者の様子を見てくれ』

黒医師は妙な提案をした。
俺は治療なんかできない、と反論すると『阿呆か』と返される。

『誰がおまえにそんなこと頼んでる。
要は、俺が寝てる間に患者がヤバくなったら俺を起こせと言っている』

それくらいなら大丈夫かと思い、引き受けた。
どうせこの一週間は梅水花園には通えない。
薬を飲んでもたいして眠れないのだから、
寝ずの番をしてるくらい容易いことだった。

シェルは渡されたカルテをもう一度目を通した。
カルテに名前は書かれていない。ただ日付と、年齢。 あとはシェルに解読不能な字で走り書きがされている。
カルテの一番最後には、日付が書かれていた。
ちょうど4日後の日付。

  おっさんが言ってた患者の名は・・・えっと・・

シェルは静かにノックをした。

「ノーティスさん、入ります」

「どなたですか。看護婦さんかな」

しゃがれた声がした。薄暗い病室、中にはベッドが一つ、ソファーが一つ。
縞模様のパジャマを来た白髪の老人がベッドに寝ている。
小柄な体に真っ白な髪に、どこかファンタジー映画に出てくる妖精を想起させる容貌だった。

「おや、失礼。看護婦さんでは無かったね」

老人は体を起こし、シェルの姿を見てそう言った。

「俺は夜だけ黒医師の代わりです。あなたの様子を見ています
ええと・・・ノーティスさん 
何か必要なものがあれば俺に言ってください」

簡単に自分の役目を説明しながら、シェルは患者を観察した。



 

「ノーティス?それは私のことかな」

老人はきょとんとした顔をしている。
黒医師が名前の聞き間違いをしたのだろうか?

「違うんですか?先生からそう伺いましたが」

「いや、ああ・・・そうだ。ノーティス、それが私の名前」

老人はそれ以上何も言わなかった。
起こした体をゆっくりともどし、毛布をかぶって寝る体勢になっている。

シェルは病室のソファーに座り、病室から外を眺めていた。
暗闇の病室からは、都市高速の車のライトや、街のネオンサインがよく見える。
シェルはその光をぼんやり眺めるのが好きだった。

何も考えず、光を追っているうちに夜は明け始め朝が来る。
知らず知らず、眠れぬ夜を過ごすうちに編み出した時間のつぶし方だった。

 

「君、名前はなんというのだね?」

ふいに、老人が話しかけた。眠ったかと思ったが、起きていたようだ。

「シェルといいます ノーティスさん」

「私のことはノーティスと呼んでくれ。さんづけはいらないよ。
 シェルとは、あれかね。貝がらという意味の言葉だね」

ノーティスの意外な発言に、ネオンから目をはなして彼を振り返った。

  そういう意味になるのか。そんなつもりでは無いけれど

「貝、ですか。俺は知りませんでした」

「敬語も不要だ。貝だよ、君」

そんなに自分の名前が面白いのだろうか、
ノーティスは何度も貝という言葉を口にした。

「ノーティス、寝たほうが」

いいんじゃないか?そう言いかけて、言葉を止めた。

 

「貝とは、殻を固く閉ざした沈黙の生き物だよ
君もそういった人間なのかい?」

突拍子も無い、ノーティスの発言。
シェルが返事を考えているうちに、
ノーティスは毛布の中にもぐり込んでしまった。
すぐに、寝息が聞こえてきた。

 

「・・・なんなんだ このじいさん・・・」

 


その日、ノーティスは朝がくるまで静かに眠り、
シェルは黒医師を起こすような事態には至らなかった。

 
1/4
本編情報
作品名 眠れぬ男と眠り姫
作者名 サクラミズ
掲載サイト sakura mizu
注意事項 年齢制限なし / 性別制限なし / 暴力表現あり / 連載中(佳境)
紹介 不眠症の男が医者に紹介された眠る方法。それは高級娼館に住む眠り姫に会いに行くこと、だった。アジアのような、どこか無国籍な架空の都市を舞台に不眠の男、医者、眠り姫などのキャラクタ中心に話を展開していっています。現在Chapter5まで連載中。
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