番外編競作 禁じられた言葉 参加作品 / 注意事項なし

眠れぬ男と眠り姫 番外編

クリニクラウン

written by サクラミズ

<ビーチ>



 

黒十字病院を出て、その足で海水浴場に向かった。
早朝すぎて、海辺もまわりも静かだった。

シェルは浜辺を歩き、貝を探した。
海の写真に出てくるような、巻き貝を探したが、一向に見つからなかった。

 

流れ着いたゴミや枝をのぞきこんでいると、イヌを連れた女性が教えてくれた。

「ここにそんな貝殻は転がっていないわよ。
市場や港に行ってわけてもらいなさい」

シェルはそばの魚料理屋に行ってみた。料理長は心よく貝殻をくれ、シェルは紙袋に山ほどつまった巻き貝の殻をもって自分のアパートへ帰ってきた。

時間は、すでに午後2時だった。
ノーティスの終わりの時間は午後1時半。
その時はもう過ぎていた。

 

 

<黒十字病院>

 

「来るなと」

 

シェルは黒医師のセリフを無視し、病院に入った。
待合室には中年の夫婦がいた。
どちらも顔色は悪く、目は赤く、やせ細っていた。

「あんたたちは」

「シェル」

黒医師が制止の声を掛ける。
言おうとしていた言葉を飲み込んだ。


  決して、言うな 
  おまえが言うどの言葉も、彼らにとっては
  苦しみの言葉にしかならない。
  本当のことなど、何一つ役にたちはしない。

黒医師の耳元で囁く。


  誰もがわかっているんだよ

ノーティスの声が聞こえた気がした。

 

シェルが来た途端黙り込んでしまった様子を見て、
中年夫婦の妻が、シェルにハンカチを渡した。
ノーティスの死を悼んでやってきた人なんだろうと思ったのだろうか。

シェルはハンカチを返し、持っていた紙袋から一つの巻き貝を出した。

「これを、ノーティスの墓にあげてください」

巻き貝を一つ渡す。
それを男は受け取りながらも、不思議な顔をした。

「ノーティス?」

「ええ、あの病室にいたノーティスさんです」

シェルがそう言っても、男はますます不思議な顔をして、その巻き貝をシェルに返した。

「うちの父の名前はノーティスでは無いですよ。誰かとお間違えでは…」

黒医師は微動だにしない。
シェルは受け取った巻き貝を、もう一度そっと男に渡した。

「これをあなたのお父様に渡して下さい。最後に見たがっていたものなんです」

そう言うだけで精一杯で、シェルはすぐに病院を後にした。

ホコリ臭い階段を降りる。

ビルを出ると、この街はいつも通りだった。

 

 

<ビーチ  夕方>

 

シェルは貝を探したビーチにいた。
夕方ともなって、人も増え、どこかでバーベキューをしてる様子が見える。

海辺を歩き、適当な石を見つけてそこに座った。

海風が強く、髪がバサバサと揺れ、体中が塩っぽくなったがどうでもよかった。
ノーティスにもらった絵だけ、海風にあたらないように貝と共に紙袋に入れる。

   薄々感づいていたが、ノーティス自身も
   自分の病状と家族の思惑を知っていたんだな

そうだろうと思っていたが、さっきの男の態度でよくわかった。

   『”NOTICE”は気が付く。認知する。 
    認める。そういう意味だよ』

・・・ノーティス(既知)という名は、彼の本名では無かったのだ。黒医師がつけたんだろうか。

今となっては、それはどうでもいいことだった。

 

背後で足音が聞こえた。砂浜をたどる音が聞こえる。
ゆっくりとシェルの背後まで近づいてきて、その音は止まった。

「・・・」

シェルの視界が真っ暗になる。後ろから伸びてきた両手が
シェルを目隠しした。

「誰でしょう?」

懐かしい声だった。何日ぶりかに聞いた声。
覆われた手をほどき、後ろを振り返る。
シェルの後ろには、梅水花園の眠り姫、ねこが立っていた。

「ねこ」

「見てから言うのはズルー」

そう言いながら、ねこはシェルのそばに座った。


ねこの短い髪が、海風にふかれはためいている。
オレンジ色のTシャツが、ぼけた色合いの砂浜によく映えていた。


「どうしてここにいるって分かったんだ?」

「黒十字病院に行ったら、先生が教えてくれた。
花園のお客さんがね、昨日で帰国されたから
シェルを迎えに来たのよ」

「今から梅水花園に?」

腕時計は持っていないが、まだ5時にもなってないだろう。
一般的に娼館と呼ばれているあの場所に行くには、少々早すぎる時間かもとシェルは思った。

「そうだねー。・・・ねぇシェル。アイス食べにいこうよ。」

突拍子もなく、ねこが言う。

「アイス?いいけど」

「黒先生に言われたの。今シェルは給料でお金持ちだから
タカってこい、って」

「タカ・・・、あのおっさんは・・」

その言い方がとても黒医師らしい気遣いだったので
なんとなく笑ってしまった。ポケットの中には4日間のバイト代が入っている。


「アイスでも何でもご馳走するよ 行こう」

ねこの手をとり、立ち上がる。
砂浜に二つの足跡を残して、伸びる自分の影をみながら
二人で街へと戻った。




   なぁ ノーティス。
   その椅子を、あんたは最期に見つけたか?
   俺にも、そんなものが無いわけじゃ無いんだよ。

 

海辺を振り返る。
全てを赤く染める夕焼けが美しかった。

 

 

 

 


Chapter1.3 END → Chapter 2

本編情報
作品名 眠れぬ男と眠り姫
作者名 サクラミズ
掲載サイト sakura mizu
注意事項 年齢制限なし / 性別制限なし / 暴力表現あり / 連載中(佳境)
紹介 不眠症の男が医者に紹介された眠る方法。それは高級娼館に住む眠り姫に会いに行くこと、だった。アジアのような、どこか無国籍な架空の都市を舞台に不眠の男、医者、眠り姫などのキャラクタ中心に話を展開していっています。現在Chapter 5まで連載中
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