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CliniClown 02

 

<黒十字病院 黒医師の私室>

 

「そりゃ薬のせいだろ ノーティス氏には寝る前に睡眠薬を渡したからな」

「話してて即寝だったんだ。あんなりいきなり眠るものか?」

昨夜の出来事を寝起きの黒医師に話した。
寝起きの黒医師は半分目を閉じたままシェルの言うことを聞いている。


「おまえさんはな、耐性がついてるからちょっとやそっとじゃああはいかないが。
慣れてない人間が飲むと、きゅうにコテンと寝てしまうんだ。
直前に話してる言葉も、きっと本人の自覚無しに思ったままに言ってることが多い」

黒医師は、珍しくなさそうにそう言った。
シェルの話より、朝のワイドショーが気になるようだ。
テレビのチャンネルを変えてはレポーターの言うことに ふんふん、と頷いている。

シェルはそんな黒医師を置いて、自分のアパートへ戻った。
昼間の仕事に向かわなくてはならない。

  ”貝とは沈黙の生き物だよ”

ノーティスの言葉を思い出した。

 

 

 

<黒十字病院 夜番2日目>

昼間の仕事を終え、10時すぎに黒十字病院についた。
中に入ると、病室のドアが開いている。


黒医師とノーティスが話しているようだ。笑い声が聞こえる。
シェルが入ってきたことに気がつくと、黒医師は病室から出てきた。
手にはテイクアウトのピザの箱を抱えている。

「ピザ?」

「たまにはテイクアウトもいいだろ。ノーティス氏のご所望だ」

黒医師はそのままキッチンへと向かい、冷蔵庫からビールを取った。
オレンジジュースの紙パックも取り、シェルに投げ渡す。

「入院患者にチーズまみれのピザを?」

「いいんだよ、食べたいものを食べれば」

黒医師は缶を開けて、TVを見始めた。
医者がそう言うならいいのか、と納得しピザの箱を開ける。
中にはひとかけらも入っていなかった。


「おっさん、俺の分は・・・」

ピザの箱を指さしてそう言うと、黒医師はケロリと答えた。

「悪いな、俺とノーティス氏で食べきった」

その顔は、全然すまなさそうではない。

 

 

 

<病室>

戸を開けると、ノーティスはやはり起きていた。
ベッドの上にノートとペンが散らばっている。

「君か。やぁ、元気かい?」

「それなりに。ノーティス、寝ろよ。あんた薬飲んでるんだろ?」

「この眠れる薬かな。ああ、飲んだよ。直に眠るだろう。それまでは私の時間なんだよ」

寝る様子も無く、ノートに何か書き付けている。
さらさらと鉛筆が紙をなぞる音が部屋に響く。
隣では黒医師がTVに見入っているのに、この病室は随分と静かだった。

「なぁ」

シェルが声をかけると、ノーティスは書く手を止めた。

「昨日あんたが言った、貝の意味。
あれ、ちょっと違うと思う。
貝って巻き貝もあるだろ?あれは閉じてない」

昼間考えていたことをノーティスに話してみた。ノーティスはきょとんとしている。


「巻き貝?それはどんな貝だ」

「知らないのか?」

「知らん」

カルテに簡単に書いてみたが、絵を滅多に描かないシェルと
暗くて老眼鏡が役にたたないノーティスではイメージを伝えるのに苦労した。
ソフトクリームみたいな貝だ、というと「甘くておいしそうだな」とノーティスは笑った。

「俺も食べたことは無いけど。音は聞いたことがある」

またノーティスは首をかしげてる。
シェルは貝を耳にあてる仕草をしてみせる。


「こうやって、貝がらを耳にあてると何か聞こえるんだ。
だから、貝は沈黙の生き物じゃないと思うんだ」

「それはどんな音だ?」

 

どんな音と聞かれ、これもまた答えに困った。

「上手く説明できないな。誰かに頼んで持ってきてもらえよ」

「私を見舞う人はいないよ」

「じゃあ退院したら海に行けよ、南に海水浴場がある」

シェルは窓の外を指さした。少し遠出すれば海がある。
きっと砂浜には貝がたくさん転がっているんだと想像した。

「私は永遠に退院しないよ」

「?」

振り向くと、ノーティスは既に眠っていた。
薬が効いたのだろうか。

  退院しない?永遠に?

カルテを見る。カルテに書かれた日付は、今日から二日後を指している。


  退院しないなら、この日付は一体何を指す?

 

 

 

<黒医師の私室>

時計は夜中の1時だった。
ノーティスは薬の効果でよく眠っている。
シェルは病室を後にし、黒医師の部屋をのぞいた。

部屋は真っ暗で黒医師も眠っているようだ。
ノーティスの事が気になって聞きにきたが
起こすことでも無いかと引き返そうとした。

 

「ノーティス氏に何か?」

 

暗闇で、声がした。

「おっさん、起きてたのか」

「まぁな。何だ、発作でも無さそうだな」

黒医師はベッドから降り、裸足のまま台所に出てきた。
あくびをかみ殺している。

「あのじいさんは、何の病気なんだ?」

「年老いることで起こる病の一つだ」

テーブルにカルテを置いた。
黒医師はそれに目を向けようとしない。

「退院できないほど悪いのか?」

「いいや、通院すれば何年かは普通に生活できる」

シェルはカルテの日付を指さす。

「ノーティスはずっと退院しないと言っている。じゃあ、この日付はなんだ?」

黒医師は目線だけカルテに向けた。何も言わない。
シェルも黙ったまま黒医師に視線だけ通わせる。

「・・・その通りだ」

黒医師がそうつぶやいた。

「おい?」

「おまえが考えている、その通りだと言った」

寝る、と言いながら黒医師はまたベッドに戻っていった。
シェルが呼び止めても、聞かずにそのまま毛布にもぐり込んでしまった。
その背中はこれ以上入ってくるな、と言っているようだ。

 

   俺の考えている通りだと?

 

   二日後の日付と、永遠に退院しないという言葉。

 

   黒医師は俺の出す答えを待っているようだった。

 

 

 

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