Chapter101
なにも効かない。
ハルもデパスも、どんな薬も眠らせてくれない。
<病院にて>
「症状はひどい頭痛と吐き気、ね・・・ おまえ、昨夜何錠飲んだ?」
「7錠・・・」
黒いスーツを来た40代頃の医者は診察表から目を離し、信じられないという表情で患者を見た。
「おまえ阿呆か。一週間分を一日で飲むやつがいるかっ」
医者は昨日彼に効き目の強い睡眠剤を処方したところだった。
一気に7錠をも飲んで、副作用がそれだけならまだマシなほうだ、と安堵する。
「だから効くのをくれよ。アタマ痛い。」
面倒くさそうに青年はつぶやく。患者の名はシェル。
肩まで伸びた無造作な髪は薄茶色、東洋系の端正な顔をしている。
ここの街は国籍など関係無い程人種が入れ混じり、さして珍しくも無いのだが医師は彼を気にかけていた。
ねむれない ねむれるように してくれ
そういってこの病院にやってきたのが2ヶ月前。
確かに重度の睡眠障害を抱えている。
保険証や住民登録証など何も持たず、ただ名前だけ名乗った。
夜がとても長いんだ。
悪夢か、夜か、それの繰り返しなんだ。
過度のストレスだ、と何度説明した。
その原因を取り除かねば治るものも治らないと諭したが、「しょうがないことだ」と答えるだけだった。
ひたすら「ねむれるようにしてくれ」と訴えるので、医師は睡眠導入剤を与えた。
最初の頃は適量で効いて眠れるようになったらしいが、すぐに耐性のつく体質らしい。
ここのところ、普通の薬では効かなくなってきたようだった。
それで、昨日強めの薬を処方したのだった。
一気に7錠だと・・・?耐性の無い体じゃ死んでたかもしれんぞ・・・
もはや薬でどうこう、という状態じゃないのだろう、そう医師は思った。
悠長なカウンセリングなど彼は来ないだろうし、
俺もボランティア並の献身もする気は無い。
仕方なく、医師は机の引き出しから、カードを取り出した。
「・・・君にやる薬はもう無い。ここにいけ。眠り姫に会ってこい」
金色のいばら模様が入ったカードを患者に手渡す。
シェルは怪訝な顔で医師に問うた。
「眠り姫ってなんだよ」
「行けばわかる。それが私ができる最後の手段だ」
<梅水地区>
夜9時過ぎ、カジノのウェイターの仕事を終えたシェルは仕方なくカードに書かれた住所を探した。
「黒の医者め、ヤブじゃねぇか・・・。効かない薬の最後はねむりひめだと」
文句をいいつつも、そこへ行ってみようと思った。
何にでもすがりたい状態で、この眠れない日常をどうにかしたかった。
ストレスも、眠れない理由も、シェルには嫌というほどわかっている。
殺したんだ・・・
過去を思い出そうとする気持ちを振り切り、カードにもう一度目を落とす。
絶対に、思い出してはならない過去。
気を抜くと光景が頭の中でよみがえろうとする。
「おにいさーん!ここははじめて?」
ふいに、女が近寄ってきた。
ピンク色の短すぎるワンピースに濃い化粧。一目みて娼婦とわかる。
彼女はするりと腕を絡め、シェルを連れて行こうとする。
ん?? なんだ、ここ・・
目的の場所しか目に入っていなかったので、ここがどういう地域なのかわからなかった。
周りを見回すと似たような女がそこらに立ち、派手なネオンのBARや妖しい店が連なっている。
・・・!! あんの ヤブ医者!!
ようやく状況がわかったシェルは、すぐに女の手をふりほどいた。
「俺、そんなつもりで来たんじゃないんだ。あー・・・」
カードを女に見せてみた。
「眠り姫って知ってる?」
女はカードをチラリと一瞥しただけで、すぐにシェルに返した。
「このカードは誰からもらったの?」
女の態度が変わる。なにか、問いつめるような声音だ。
「黒い医者だ、黒十字病院の」
シェルが答えると、「ああ 黒のね・・・」、と女は納得したような表情をし、通りの奥を指さした。
「一番奥に、いーっちばん豪華な建物があるわ。そこにいるわよ ねこちゃん」
「ねこちゃん?」
「ねむりひめのねこちゃんでしょ、ひさしぶりねー ねこちゃんのお客さん」
そういいながら、女は早く行きなさい、とシェルをせかして元来た通りへ戻っていった。
ねむりひめの ねこ ・・・?
<梅水花園>
そこは、女の言ったとおり、本当に豪華な建物だった。
他の下品なネオンサインや、目立つことだけに飾られた装飾品などと違い、
重厚で絢爛豪華な装飾が施された洋館だった。
大きな門の向こうにはロータリーがあり、入り口にはドアマンまでいる。
”梅水花園”と彫られた大理石が入り口のそばにあった。
ホテルのフロント並の玄関には、身なりのいい黒づくめの男が数人、一望しただけで警備の者とわかる。
”心配しなくても、金はいらん。一度目はタダだ”
黒十字の医師はそういった。
ここが街と同じ娼館だとしても、確かに値段が高そうな感じだ。
誰かと寝ても俺は眠れないのに
あきらめが入ってきたが、今更引き返すわけにもいかない。フロントに歩みよると、
金髪の身なりのいい初老の男がほほえみながらシェルを迎えた。
「いらっしゃいませ。初めてのお客様でいらっしゃいますね」
シェルはカードを差し出す。
「そうだ。ねむりひめに会いに来た」
初老の男は、カードとシェルの顔を見比べ、脇に控えていた警備の男に手で合図を送った。
「ご案内致します。ようこそ、そしてよいおやすみを・・・」
エレベーターに乗っている間、「規則ですから」とボディチェックを受けた。
シェルはナイフも銃も持ち歩かないが、ずいぶん用心しているなと思った。
ここにいる”ねむりひめ”は相当な立場らしい−
洋館の最上階に連れてこられ、ホテルのスウィートルームばりの部屋へ通されると警備の男は下がっていった。
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