02
<ねむりひめの部屋 夜>
そのフロアには、部屋は一つしかないようだ。と、いっても2,3室つなげたような広さだが。
中には誰もいる気配はなく、シェルは仕方なくソファーに腰を下ろす。
柔らかな皮のソファは心地よく、足下の絨毯も踏むのがもったいないように綺麗だった。
部屋の灯りは薄暗く、ぽつぽつと置かれたライトが、ほのかに光っている。
カチャリ。
そっと、ドアを開ける音がした。振り向くと、奥のドアが開いていた。
そこには 女の子が立っていた。
この子が”ねむりひめ”--------------
肩までの髪、大きな緑の目。年は14〜15歳に見える。まだ、幼い顔をしている。
白い大きめのパーカーに、グレーの短いパンツ。足は裸足だ。
”姫”と呼ばれているからには、それなりの容貌を想像していたシェルだが、目の前の彼女は
普通の女の子のように見えた。
彼女は、ドアから一歩前へ出ると、伺うように、シェルをみつめた。
シェルも言葉がみつからず、ただ彼女を見た。
先に口を開いたのは彼女の方だった。
「こんばんわ、あたしはねこだよ。あなたは?」
声もまだ子供だ。
「ねこ・・・?」
「そう、ねこだよ。眠りの子、なんだって。」
「眠りの子・・・?」
彼女の言葉を復唱するばかりになってしまうシェルに、笑いながら「座って」とねむりひめは言った。
ソファに座ろうとしたシェルを、「こっちよ」と呼び寄せたのは、部屋の奥にある大きな天蓋付きのベッドだった。
とまどいながらも、ベッドに座ると、ねむりひめは部屋の隅にある冷蔵庫を開ける。
「お酒もジュースもいろいろあるよ。何がいい?」
「・・・オレンジ。」
なんでこんなところで俺はジュースを飲んでるんだ?
そう疑問に感じながらも、シェルは言われるがままに飲み物を飲んだ。
眠り姫はシェルにベッドに横たわるように言い、そっと彼の頬に触れる。
そこから、シェルの意識は薄ぼんやりとしてきた。
どんな睡眠薬よりも強烈に、意識が沈み始めた。
何か、へん・・・だ・・・。
うすぼんやりと、だが確実に
世界は一瞬にして、暗闇に落ちた。
その後、何もなかったように光へと回帰する。
ここは。どこだ・・・?
<ねむりひめの部屋 朝>
気がついたら朝だった。そう表現するのがふさわしい。
目を開けると見慣れない天井。明るい白色のカーテン。
・・・・ここは・・・?
シェルはぼんやりと天井を眺める。
自分の部屋の天井じゃない。俺の部屋はこんなキレイじゃない・・昨日・・
「おはよう シェル」
右の耳元で、ささやく声。ぎょっとして振り向くと、眠り姫が居た。
シェルと同じベッドで隣に眠っていたようで、寝転がったままにっこりこちらを見ていた。
そうか、昨日ねむりひめに・・
ようやく昨日の出来事を思い出したが、それでもとまどいは残る。
俺は眠れた・・・?
ねむりひめはサイドテーブルから”MENU”と書かれた紙をとり、仰向けのままそれを読む。
「朝ご飯は何がいい?あたしはおこめがいいんだけど、パンもあるよ。でもキノコのオカユはおすすめだよ これがね・・・」
「ちょ、ちょっとまってくれ、ねむりひめ」
ベッドから起き靴を履くシェル。
「昨夜、俺に何をした? なにか薬を飲ませたのか」
あれだけ医者にもかよい、薬を飲んでもよくならなかった不眠症が、昨日はあれほど簡単に眠れたのだ。
だが、ねむりひめは不思議そうな顔をして言った。
「あたしは何もしてないよ。ただ、眠るだけなの。
一緒に眠る人が、眠れなくて困っている人だったら、その人は安心して眠ってしまうの。ただそれだけなの。」
・・・そんなことが あるはずが 無い。
無言で立ち去ろうとするシェルに、ねむりひめは「またね、シェル」と言った。
<梅水地区・街路にて>
昨夜、あれだけ騒がしかったこの街も朝はしんと静まりかえっている。
ネオンも女もいない朝は、ただの夜明けの街だった。
不可解な一夜を過ごしたシェルも、朝日を見て落ち着きをとりもどしてきた。
「あれが・・・の建物・・・」
路地裏で何かを話す声がした。
早朝に、不似合いな黒づくめのスーツの男がいた。
ただ今のシェルには、そんなことはどうでもよかった。
<シェルの部屋・夜>
カジノのバイトを終え、いつも通り帰宅する。
帰りに黒医師の病院に行っても、閉まっていた。
正直、憂鬱だった。薬が無いのだ。
飲んでも効かないが、無いのは余計眠れないような気がした。
多めにアルコールをとってベッドに入った。
そして目を閉じる。
夕焼けの空。
目の前には懐かしい家路。
偽物の、家路。
シェルを呼ぶ声。
彼を待っているのは、本当の家族じゃないが、暖かく出迎えてくれる人々がいた。
そう、誕生日だった。あの子の。その日、自分は何をした?
あの人々の人生を、
「・・・・・殺したんだ・・・」
目が覚めた。周りは暗い。今は何時か、なんてシェルには無用な問いだ。どうせ、さっきから10分も経っていない。
寝返りをうっても、布団にあたまを埋めても、意識の奥底が起きている。
眠るのか、罪人めが、眠るのかー
望んだものが目の前にあったなんて、自分で踏み潰しただなんて、そんなことに気付いてはいけない。
長い、長い夜。眠らせまいとする何か。夜明けなんてないんじゃないかと思うくらい、長い夜を越え、朝日が刺す頃には
彼は疲れ切っている。 そんな夜が今までずっと続いた。そしてこれからも続くのか。
「あたしは何もしてないよ。ただ、眠るだけなの。
一緒に眠る人が、眠れなくて困っている人だったら、その人は安心して眠ってしまうの。ただそれだけなの。」
彼女の言葉を思い出す。眠り姫、ねこ。彼女に会いたい、と思った。
今俺に必要なのは、眠らせてくれるものだ。
理由はそれで十分だと思った。
戸棚の裏から、金を掴み。
ねこと眠る為に
梅水花園に向かう。
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