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03

 

 

ねこと出会ってから、一ヶ月が過ぎた。

<梅水花園・フロント 10:00 PM>

梅水花園のエントランスに、一台のリムジンが入ってきた。後部座席から
白髪の太った男が降りてくる。


フロントに立つ初老の男は、気をひきしめて降りてきた男を出迎える。

「いらっしゃいませ」

「こんばんわ トニー 姫はいるかな」

客と他愛無い会話をしつつ、男は部屋の鍵を手渡す。
このお客様の呼ぶ”姫”は三階に部屋を持つマディのことだ。


−ここは、娼館のフロントである。

梅水花園が建つこの地区一帯がそういった地域なのだが、ここはその中でも
政界・財界といった人々用の高級娼館だった。
ここの女達は外見が美しいだけでなく、それなりに博学だ。
そんな女と夢のようなひとときを過ごす−
この街のものならだれもがあこがれる場所であった。

その中でも、限られた人々しか通えない女がいる。
信用のある人物か、特殊なルートで紹介された人しか客をとらない女。
それが”眠り姫”と呼ばれる少女だ。
梅水花園の中で唯一、いや、この地区で唯一からだを売らない女性かもしれない。
それが、眠り姫のねこだ。


ねこは、トニーが拾った少女だった。
8年前、梅水花園の入口に、捨て猫のように段ボール箱にいれられていた幼児を
トニーが見つけた。名前を尋ねると、「ねこ」と答えた。
それ以外、ねこが答えたことは何一つ無い。

外見は5歳くらいだったが、歳を尋ねても何もわからないようだったので、
医者につれていくと、ある種の記憶喪失だと言われた。
何らかのショックが自分のことを忘れさせたのだろう、という。
ある日思い出すかもしれないし、一生思い出さないかもしれない。

独り身だったトニーは、ねこを育てることにした。
花園で働く女たちもねこをかわいがり、トニーもこの小さな女の子を惜しみなく愛し育てた。


数ヶ月たつころ、誰彼とも無く、小さなうわさが湧いた。

「ねこと眠ると、とても心地よく眠れる。」

 

トニー自身不眠に悩まされるといったことは無かったので、ねこと眠っていて特別変化があるとは
思ったことが無かったし、ねこに聞いても「あたしはわかんないよ なにもしてないよ」と返事が返ってくる。


ただ、花園の住人たちから次々と申し出が出るのだ。

「ねこと昼寝させてくれ」「ねこちゃんと眠りたいの」

小さなねこは人見知りもせず、何人でも眠りに付き添ってやっていた。
そうすると、不思議なくらい 皆安心したように眠ってしまうのだった。

そのころ、トニーは初めてこの子は不思議な子だ、と気付いた。

 

 

いつしかねこの噂は花園の支配人にまで届き、いつしか”眠り姫”として部屋を持つようになった。

”眠り姫”の客はトニーが吟味する。常連で且つ信用のある人柄、そして不眠に苦しんでいる者。
ねこの記憶喪失を判断した黒十字の医者の紹介なら、どんな人物でも受け入れる。
それが眠り姫のお客をとる方法だった。

 

<梅水花園・フロント 11:00 PM>

フロントに、今日最終の客がやってきた。
花園の客はほとんどが正装でやってくるが、彼はいつもジーンズにスニーカーだ。
端正な面持ちの青年は、まっすぐトニーのいるフロントへやってきた。

「やあ シェル こんばんわ」

「おっさん、今日は街がさわがしいな」

入ってきた入口を指さしながら、シェルはトニーにたずねる。


今日は七夕だったかな、そうトニーが答えると、シェルは少し沈黙した後、部屋のキーを受け取り
エレベーターに向かっていった。

 七夕は嫌いなのか・・・

トニーはシェルを見送りながらそんなことを考えた。

 

 

<眠り姫の部屋>

ドアをあけると歌声が聞こえた。


「ねこ?」

白いピアノの前に彼女は立っていた。
呼びかけられてすぐ彼の方を振り向きにっこり笑う。

「シェル、今日は遅かったね」

 

シェルにとって、初めてねこと会って以来
ここへ通うのが日課になった。
毎日、仕事の後はここに来て眠る。
ただ、それだけ。

 

 

ここに通い初めて一ヶ月、シェルは不眠に悩まされること無く普通に生活をすごせている。
黒十字の病院も行かず、薬を必要とすることも全く無く、ただ、ねこと眠るだけで
生活がうまくいっているのだ。 不思議だ、と何度も思った。


一度黒十字の医者に眠り姫とはなんなのか聞きに行ったこともあった。医者は「俺にもわからん」と
答えるだけで、何も話そうとしなかった。ただ、「眠り姫のこの噂はここじゃわりと有名な話だ。」といって、
一つ噂をおしえてくれた 。「”梅水華園にはねむりひめがいる。そこでは誰もが赤子のようにねむる。
 恨みも後悔も哀しみもすべて 眠りの底に。”」  

 

 


 

「この歌すきなの」

ねこはピアノの前のCDをシェルに見せる。オペラのようだ。
彼女は割とそういったものが好きらしい。オペラ、劇、映画など。
あまり外にでない生活をしているせいか、この部屋で一日中それを楽しんでいるようだ。

「俺は聞いたことないな。そういう系、興味ないんだよな」

シェルがCDに全然興味をみせなかったので、夢がない、とねこはぶつぶついいながら飲み物を取りにいった。
シェルはソファに座り脇にある雑誌をぺらぺらめくっていた。


『明日から開催される経済合同会議の為A国の議員が来日しました』

TVをつけるとちょうどニュースをやっていた。ジュースを持ってきたねこが、TVを見て
急にああ、とつぶやいた。

「シェル、ごめん 明日は予約が・・・」

「そうなのか メズラシ・・・。 俺しか客はいないのかと思ってた」

眠り姫は滅多に客をとらない、とは医者に聞いていたので意外な気がした。

「これでも一年に一度のお客様が結構いるのよ。」

明日は長い夜になるな、とシェルは思ったが、前ほど苦痛には感じなかった。
眠れない日があっても彼女の元にくれば、眠れるのには変わりはない。

オペラを子守歌に、二人は眠りについた。

 

 

 

  その夜、俺は夢を見た。
  小さな子猫を拾う夢を。

  ただ、自分の手は血で汚れていて、

    

  小さな白い子猫は 俺が触れると 真っ赤に染まった

 

  世界は赤く 夜は白く 

  花園だけが 色鮮やかに 。

 

 

 

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