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その日は突然やってくるのだろう

 

前置きも無く 

覚悟も無く

別れも言えず

きっとそんな風に

 

 

<シェルの働く店>

 

「俺帰っていいですか」

久しぶりに訪れるその店は、数ヶ月前と何も変わらない。

「無断欠勤男が何を言う!おまえはもっと手伝え」

店長の奇声が店内に響く。

「シェル、久々に来たのに運が無いな」

同僚の店員がシェルに笑って声をかけた。
シェルはため息をつき、積み重ねられたダンボールをもう一度見た。

   …いったい何個あるんだよ

たまたまやってきた日が店の売り出し前日だった。
商品を専用のタグに付け替える作業を無理矢理手伝わされているのだ。

山積みされたダンボールの量を見て、何時に帰れるだろうと思うと
シェルは気分が重くなった。

「後は任せたぞ」と言い残し、店長は煙草を買いに出て行った。
シェルは途端に作業の手をとめ、店の時計に目をやった。

午後2時を少しまわっている。

  店長がいないうちに退散するか

シェルは同僚に挨拶して、店を出ようとした。
裏口から外へ出ると、ぬっと背の高い男に出くわした。
顔を見れば、それはギミットで後ろには店長がいた。

「おぅ なんだ、てめえか」

「あんた何でここにいるんだ?」

「暇だからな。寄っただけだ」

現役刑事の言う台詞とは思えない言葉を吐き、ギミットは中へ入っていった。
シェルはそのまま店を出ようとしたが、

「おまえ作業は終わったのか!」

後ろから来た店長に 引き戻された。

 

 

 

 

<駐車場>

 

 

レオンが突然苦しみ始めたのは、ある会議の最中だった。
そばに控えていたクラタは、何か荷物が落ちたような音に振り向くと
床に倒れ込むレオンの姿がそこにあった。

周りの人間が、レオンを取り囲む。クラタがその輪の中へ入ると
赤い血が目に飛び込んできた。

吐血している。それも尋常ではない量だった。
症状は急激に悪化し、意識不明の状態におちいった後に
医師はこう言った。これは長期にわたり毒を盛られた結果だろうと。

クラタは反論した。フォーラムハウト家は毒を売る家業ゆえ、常に毒に体を慣らしている、と。
生半可な毒に倒れる筈が無い。

「だからこそ、毒なのです」

医師は声を落としてそう言った。

「私はフォーラムハウトのお抱え医師です。フォーラムハウト家が売る毒の種類を把握しています。
 レオン様の受けた毒は、その中のどれにも見あたらない。全く新しい毒薬なのです」

 

 

 



クラタはそこまで話すと、持っていたボストンバッグを地面に置いた。
どさり、と重たい音がする。

「一ヶ月前に、体調が悪くて部屋で寝ていたことがあったんだ。
 あれが、きっと兆候だった。倒れる前日もレオンの様子はおかしかった。
 気づかなかった俺にも責任がある」

クラタの言葉を聞きながら、ダリアはレオンに会った最後の日を思い出した。
ソファに腰掛けて眠っていたレオン。自分は無邪気にも、顔色が悪いわと彼に言っていた。

  …わたしも気づかなかった一人だ

「その、毒って」

「ロゼが密かに作り上げた新種の毒薬らしい。
 解析させているが根本的な治療法がわからない。
 おそらくロゼ自身にしか解毒薬はつくれまい」

「ロゼは?」

「レオンが倒れた同じ日に屋敷から姿を消している。
これ以上詳しくは話せない。あんたはフォーラムハウトとは
手を切った。知る必要も無いだろう」

「私は弟の情報を聞けずじまいだったのよ。
 せめてあの男の居場所を教えて。あの男は何者なの」

クラタは押し黙ったままだった。

  やっぱり聞いても無駄か…

その反応の無さに、ダリアは落胆する。
ここまで来て、目の前にあった手がかりすら閉ざされた。

「…レオンはあんたのことを」

クラタはそう言いかけて、ボストンバックから一つのファイルをとりだした。
分厚さから、大量の書類が挟まれていることがわかる。   
それをダリアに差し出した。 ファイルには調査結果と書かれたラベルが貼られている。

「数ヶ月前、レオンはお抱えの情報屋を使ってあんたのことを調べていた。
 その調査結果を見て、レオンは不思議なことを言っていた」

「不思議…?」

「レオンはあんたに何かしてやりたい、と言っていた。
 『可哀想だ』とも言っていた。俺は調査内容まで知らなかったから
 一体何に愁いを抱いているのかと思っていたが、これを読んで意味がわかった」

ダリアはそのファイルを受け取った。随分と重たい。
レオンが倒れた後、そのファイルは他の部下からクラタに渡されたという。
自分にもし何かあればクラタに渡せと、前々から頼まれていたようだった。

「弟の情報はファイルの中にある。
 ここに書かれていることを、あんたにだけは知らせたかったんだと思う。
 だから、これは俺の独断だがあんたに渡す」

「クラタ…」

ファイルの 中身も気になるが、クラタの様子が心配だった。
いつもの鷹揚な態度は消え、目が据わっている。
いつか見た、ロゼへの態度のような、どこか殺伐とした空気が漂っている。
クラタは少し遠い目をしていた。

「俺はこれから毒師を追う。どんな手を使ってでも探し出して
 解毒薬を作らせる」

解毒薬。

ダリアはロゼに貰った解毒薬のことを思い出した。
小さなパール粒ほどの、解毒薬が入ったペンダント。

あの時、ロゼは言っていた。どんな毒にも効くと思うと。
ただ、レオンを救う為の薬にはならないと。

  …あの時から計画していたんだわ

これをクラタに渡しても無駄にしかならないだろう。
無駄な希望と落胆を残すことになる。
ダリアが黙っていると、クラタはボストンバッグを持ち
駐車場を出て行こうとした。

「クラタ、待って」

その後ろ姿は本当に旅行者のようだった。
行ってしまえば二度と会うことの無い気がする。

こんな状態のまま、クラタを一人にしていいのだろうか。
クラタはゆっくりと振り返った。

「……ここから先は、ついてくるな」

物憂げで、哀愁をおびた表情。今まで一度もそんな顔をしたことがない。
どこか強気で、迷いの無いクラタはどこに行ってしまったのだろう。

「これからフォーラムハウト家の問題だ。
 莫大な財産を持つ一族の頂点が倒れれば、何が起こるか想像するのは
 簡単だろう。あんたは弟の問題がある。これ以上汚い世界に浸かるな」

  そんなのは、俺だけで十分なんだ

「さよなら、ダリア」

クラタは静かに去っていった。

 

 

 

 

 

 

<駐車場>

 

 

 

 

ダリアは一人、駐車場に残された。
受け取ったファイルを開けると、中の一枚が抜け落ちた。

拾ってよく見ると、それはシェルが写っている写真だった。
黒十字病院入り口を背景に階段を降りる写真。

シェル自身カメラに気づいていない、隠し撮りされたような写真だった。

「…?」

シェルを警察に捕まえさせたのもレオンの仕業だがらその為の写真だろうか。
間違って混ざっていたのかと思い、気にせずファイルを開く。

中にはノート一冊分ほどの資料が束ねられ、先頭に一枚だけ閉じられていない紙が入っていた。
束ねられたものと紙質が異なり、直接プリントアウトしたような紙。

ダリアはその一枚に目を通した。
小さな文字が連なる中、自分の名前を見つけた。
『特徴のみ以下に記す。尚詳細は各資料参照のこと。』そんな注意書きが記されている。
冒頭には「ご依頼の調査とその報告」とタイトルがつけられていた。

「……」

ダリアはそれを読み、愕然とすることとなる。

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 ▽ 『調査結果』へ

 

 

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