Raining 01
<フランシス・ヴィクター遺跡 現在>
「少尉!発見致しました!!」
地下から部下の声がする。
「見つけたか」
暑さのあまり無言になっていた兵士も学者達も歓声をあげた。
戦火の後、崩れおちた岩石の山と化した遺跡を掘り起こすのは
予想以上に困難で、炎天下の厳しい作業に彼らは疲れ切っていた。
発見の報せに休憩中の兵士らも駆け寄って作業場を覗き込む。
少尉と呼ばれた男は、兵士に付き添われて地下の発掘現場に降りていった。
掘り起こした穴への仮設の階段を降りる。そこを降りて洞窟内部に入った。
地下は薄暗く、誰も彼が震えていたことには気付かなかっただろう。
洞窟、といっても土を除けてつくった穴だが、そこは地上と比べて
ひんやりとしていた。ライトが無数にあてられ、兵士達がその一角に群がっている。
彼が降りてきたことに気付き、一人の兵士が報告に駆け寄ってきた。
「数点の壁画を確認しております。後ほど研究員達を地下に降ろそうと思いますが」
彼は頷く。兵士は報告を続ける。
「あと、遺体を発見しました。損傷が激しいですが、女だと思われます。
まだ詳しく測定していませんが大戦中の被害者だと思います」
少尉は黙ったままだった。
兵士は、報告にただただ頷くばかりの彼を不思議そうに見たが敬礼し発掘現場へ戻っていった。
降りた場所から立ちつくしたままの少尉に、地上から降りてきたもう一人の兵士が声をかける。
周りには聞こえないように、そっと少尉を名前で呼んだ。
「レイン、大丈夫か」
ただ一点を見据えたまま、レインと呼ばれた少尉はつぶやいた。
「リーファ」
------ これから 過去を旅する。
<フランシス・ヴィクター遺跡 今から五年前 夏>
彼女に再会したのは大学を卒業して二年が経ったころだった。
僕は軍隊の兵士として、彼女は研究所の研究員として、遺跡の発掘現場で再会した。
国営軍が遺跡に到着した時は既に国の歴史研究所のキャンプが設営され、
そこで彼女が働いていた。そして、たまたま僕を見つけたようだ。
「フジイ君?フジイ・レイン君じゃない?」
軍のジープが乗り入れ、キャンプの設営作業をしていたとき背後から声がした。
振り向くと小さな女性が立っていた。首にかけたIDカードは研究員を示している。
彼女だとすぐにわかった。大学時代から容姿がまるで変わっていなかったからだ。
「・・・タキタ?タキタ・リーファ?」
僕が名を呼ぶと、彼女は嬉しそうに笑った。
「そうよ。やっぱりフジイ君だ!久しぶりじゃない
びっくりしたよ。兵隊さんのなかにフジイ君がいたから 」
彼女の声を聞き、僕の周りに兵士がぞろぞろと集まってくる。
みな、彼女の登場に好奇の目を寄せた。
「タキタはどうしてここに?」
「私は卒業してから大学の研究室に残ったの。
それで今回フランシスの遺跡の発掘隊でここに来たの」
遠くで、「フジイ!」と自分を呼ぶ声がした。曹長が呼んでいる。
「俺はこの遺跡の警備に来たんだ。悪い、呼んでるから行くな」
「うん、またね」
彼女はそういって研究所のキャンプへ戻っていった。
彼女が去ったとたん周りの兵士が僕を質問攻めにする。
「おい レイン 誰だよ。あの美人。
おまえの元彼女か?」
「・・・大学の同級生・・・」
なんだ、と安心したような、モノ足りなさげな声で去っていく同僚達をおいて、
僕はもう一度研究所の方を見た。
タキタが、ここで発掘をしているのだ。大昔の絵を探している。
突然の、再会だった。
タキタとは大学で−そう、学園祭の日に−・・・
<7月・学祭>
その日、大学に呼びつけられた僕はかなり不機嫌だった。
なにも、こんな騒がしい日に奨学金の説明会なんかしなくたっていい。
7月も下旬で、湿気と熱気がうずまき、そこに学祭の奇声が飛び交う。
それだけでかなりうんざりし、雑踏をかきわけようやく構内の中庭に入ってきた。
木陰でそこはひんやりとしており、喧噪の中の一瞬の、聖域だった。
中央広場に出られる階段を上り、説明会の部屋まであと少し、僕がたどり着いたそのころ
人だかりの中歓声があがった。
「おめでとう!!優勝は文学部のタキタ・リーファちゃん!!」
司会もどきの男が声をはりあげ、一人の女の子を壇上に引っ張ってきた。
ミスコンもどきだろうか。数人の女の子は同じようにステージにいる。
引っ張られてきた女の子はにこにこ笑いながら、インタビューに答えていた。
確かに、綺麗な女の子だった。軽いウェーブがかった茶髪に、くっきりした目。
整った顔に、屈託のない笑顔。 この暑さも湿気もイライラも吹き飛ばしてしまうような笑顔だった。
こんな子は、きっと一生苦労しないんだろうな
あまりにも晴れきった笑顔に、僕はそんなことを思ったりしていた。
そして、僕とは一生関係無い人種。
<奨学金説明会 会場>
説明会はもう始まっていた。後ろのドアからこっそり入ろうとドアに手をかけたところで
「すみません」と声がした。
振り返ってみると、さっきの女の子がいた。
「ここって奨学金の説明会の場所ですよね」
「ここに書いてるだろ。そうだよ」
僕はドアにはられた紙を指さした。
「私今日コンタクトしてなくて見えないの」
この子も奨学金?
教室は満席で後ろに立つしか場所は無いと言うと、黒板が見えないと困ったように彼女は言う。
仕方ないので見えなかったら教えてやることにした。
説明会を聞きながら、僕らは雑談をしていた。
「私、文学部のタキタ・リーファ」
「さっきコンテストに出てただろ?」
見てたの、とタキタは恥ずかしそうな顔をした。
「友達が勝手に申し込んでたんだけど。優勝賞品は海外旅行!!
さっさと換金するんだ」
「換金?」
僕が聞き返すと
「私、両親いないのよ。戦争で亡くしちゃったから。
大学の学費も叔父さんの世話になってるしね」
そんな答えが返ってきた。
けして苦労を知らない人種、そんな風に見えたのは僕の見誤りだったのだ。
タキタとはその日以来、構内のどこかで会えば挨拶をする程度で
そのままお互い大学を卒業した。
そして、2年後の今、再会したのだ。
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