朱が立つ 

 

 

 

明け方に目が覚めた。
静かに降り続く雨音と、遠くで鳴く鶏の声。

目も開けず、無意識に寝台の左側に手を伸ばす。
そこは、冷たかった。

食事の支度をしているのか と

うっすら目をあけると
土埃にまみれた薄汚い 天井が目に入った。

それが、すべてを思い出す。
夢から現実へと引き戻す。

雨音が強くなった。

手をのばしても、
もう妻はいないのだー・・・。

男は、薄い布団の中に潜り込んだ。

 

 

 

 

 

−第1話 「朱達、青白岐を従える」

 

 

この世は混乱していた。

大陸は7つの国が争い、お互いを潰しあい
いつのまにか1つの大きな国となっていた。

大きな国の支配者となった王は、残り6つの国の関係者を掃討しにかかった。

ことごとく王宮を焼き払い、その宮に住む人々を処刑する。

まるでそこに国はあったのだろうか、そう疑問を投げかけてしまうほど
徹底的に 証拠は消されていった。

 

朱達(しゅたつ)もまたその戦乱に巻き込まれた一人だった。

6つの国の中でも学術に長けた国、いまとなってはもう名前の無い国だが、
彼はそこで市政をしていた。

市政とは街をおさめる長であり、国と民をつなぐ架け橋のような立場だった。
朱達 の父が市政だったこともあり、22の若さで彼も市政となった。

本業を学者としていた朱達にとって、街の政治にあまり興味はわかず
ただ淡々と仕事をこなしていた。そんな市政に街の民は尊敬の念すら抱かなかったが、
また蜂起を企むこともなかった。

朱達の治める街は、ただただ静かに平和だった。

 

その平穏を打ち破るのは、北西の一国、「羅」の国軍だった。

羅軍は朱達の街に一斉攻撃をかけ、安穏とした街に絶叫が鳴り響いた。

 

「お逃げ下さい、朱達さま」

「陽湖は」

「奥方さまも後からおいでになります。
兵士はあなたさまの首を狙っております。どうぞ、お逃げ下さい」

老いた文官は、短刀を朱達にわたし裏口へと先導した。

「ご無事で」

闇夜に駆ける馬の背から、その文官の見送る姿を見つめていた。
その文官の姿を二度と見ることは無いと、どこかでわかっていたからだ。

朱達は暗闇へ、暗闇へと逃げ続けた。



数日たち街は羅軍に占領されたと噂がきこえてきたころ、
朱達は浮浪者を装い街へ戻ってみた。
宮の外壁には数え切れないつるされた死体たち。見知った顔ばかりだった。
短刀を渡してくれた文官も、胸に大きな傷を負い壁に吊されていた。

  俺を守って、皆死んだ

その隣には、彼の妻もいた。腹を赤く染め、だらりと首をたれた
変わり果てた妻がいた。

「陽湖」

 

  皆、死んだ。

 

朱達にはもう何も残されていなかった。

 

 

 

 

 

<雛夏山>

 

憎い憎い憎い

青白岐(せいはくき)よ 何故我らを殺める

何故我らの住処を奪わせた

それでも 貴様は我らの守り神か

否、もはや神などではない

ただの魔獣となり朽ち果てるがよいわ

憎いぞ 青白岐

 

 

「黙れ」

青白岐は押し殺した声で呟いた。
その耳には 悲鳴のような、呪いの大合唱が聞こえる。

枯れた花や木の根が、生き残った微かな草花が自分を呪っている。
もうろうとした意識の中、青白岐は吐き捨てるように呟いた。

「わたしは魔獣になど墜ちぬ」

花や木は、青白岐の言葉など聞きもしなかった。ただ延々と
呪いの言葉を吐き続けている。

その呪いの声は今にも自分を引き裂いてしまうだろう。
このままでは花たちの言う通り、我が身は魔物と化してしまう

  花々の呪いを受け、呪いは身を食らい尽くす。

 

青白岐は山の神であった。その山は花が咲き誇り、花を愛でる人々が奉った山だった。
人々の敬う心や、花たち自身が青白岐を愛する気持ちが、神自身の力となる。
その力をもって、神はその者たちを守る。それが自然に存在する神の生業であり、さだめだった。

美しい花が咲き誇るその山は、たくさんの人々から敬われた。
それに比例するように、青白岐も巨大な力を持つ神へと成長し、その力で更なる花を咲かせた。

そんな自分が、永遠に在るかのように思えていた。

 

「郷土神など焼き払え」

 

   その一言で、私の山は焼かれた。

   神を祭る祠は破壊され、花は踏み潰され、私自身の宿り木も焼き払われた。

   あの侵略者、あの若き王の一言で

 

青白岐は徐々に意識が薄れていく中、一人の男を呪った。もはや人を殺す力も持っていなかったが、
それでもその男を呪った。自分の山を焼きはらった、羅国の王を。

 

   私は死ぬ。この身は呪いを受け、自らの呪う心で
   ただの怨念と化した獣になるだろう

 

体のすみずみからどす黒い何かが生まれつつあるのを感じながら
青白岐は静かに目を閉じた。

 

 

 

 

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