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−第2話 「海頼かいらい 登場」

 

 

目の前の子供は自分を神だと言う。

俺には魔物が人間に化けたようにしか見えなかった。
どこか生気の無い青い目に、頼れるような光は何も無い。

 

 

 

<雛夏山付近 宿屋>


朱達は雛夏山から全速力で駆け出した。
白い子供の呼び止める声も聞かず、ただ山道をめちゃくちゃに走り降りた。

  ・・・・冗談じゃない。神だと?

頭がおかしいのか、それとも自分が幻覚を見ているのかの
どちらかだと思った。とにかく、この場を離れなければ。

山を降りきった時には息も切れぎれで、フラフラになりながら
街の宿屋に戻ってきた。

自分の部屋の戸を開け、寝台にもぐりこもうとしたとき
部屋の中に人の気配を感じた。

見ると、椅子にさっきの白い子供が座っている。 息一つ乱れていないその子供は
意地悪そうな目で自分を見ていた。

「私は守り神など必要ない。他を当たってくれないか」

朱達は投げやりに言いながら、寝台に倒れ込んだ。

「私のことは青白岐(せいはくき)と呼べ。それから、朱達といったな。
おまえ、一つ勘違いをしているぞ」

子供が何か言っている。それに構う気力もなく、ただ目を閉じた。

「おまえが死なない限り私はおまえの使い魔だ。
離れることなどできない。既におまえの体の一部なのだから」

  ・・・勝手なことを言うな・・・

そう思ったが、朱達は何も言わずにいた。
反論するのも億劫で、目を閉じたまま子供が立ち去る気配を感じていた。

 

 

<宿屋 屋根上>

 

もっとよく観察してから
決めれば良かった。

青白岐は後悔した。

「なんだあの男は。あの腑抜けぶりは・・・」

思わず口にしてしまう。山で会った時には強い憎しみの念を感じた。
その思いに賭けてあの男を選んだのに、「他をあたれ」と言われひどく心外だった。

「普通、神を手に入れれば人間は喜ぶものではないのか?」

 

青白岐自身、山の神から人の使い魔へとなって
何も変わったところは無かった。呪いの大合唱は徐々に聞こえなくなってきたが
みなぎる力が何も無い。

姿も無力な子供のままだ。

  もっと力あふれていた時期には 老人にも青年にでも
  美しい女にでもなれたのに。
  立派な姿で人前に姿を現せていたのに。

「・・・それだけ朱達が私を信じていないということか」

青白岐はいらだたしげに舌打ちし、屋根にごろりと寝転んだ。
諦めたように、つぶやく。

「やはり選ぶ相手を間違ったかもしれない。」


 

 

<酒場>

 

部屋に戻って1時間ほど寝てしまっていたらしい。
朱達が目を覚ますと 辺りはもう暗くなっていた。

戦の後の街は静かに、確実に活気づきはじめている。
窓の向こうでは人の笑い声や、 食堂から皿を洗う音が聞こえてくる。

朝から何も食べていなかったことを思い出し、夕食をとろうと
酒場へ向かった。

その間、一度も子供・・・青白岐の姿は見えなかった。

    諦めて帰ったか。


朱達は安堵し酒場へと歩いていった。

 

 

 

酒場は騒がしく、集団で笑い合っている者達や
一人でひっそりと飲む者など様々だった。
朱達も一人、隅の席に座った。

喧噪の中、今日あったことを思い出していた。

  「羅の王を討つならば、私も協力しよう」

あの子供は奇妙なことを言っていた。

   この俺が王を討つ?
   ただの街の役人だったこの俺が?

「ありえん。」

そうつぶやいて、食卓に突っ伏した。
酒が少し回ったのだろうか。
ぼんやりと机の木目を眺めながら、これからのことを考える。

 金もいつかは底をつく。
 当分俺のいた街には戻れないだろう。
 作物を耕す土地も無い。

どうやって生きていけばいいのかなど、
考えても答えはでなかった。

 

 

「高先生か?」

頭上で、声がした。うつぶせていた机に、何かの重みがかかる。
誰か、自分の机にのしかかってきたようだ。

朱達が顔を上げるとそこには無精髭をはやした中年の男が立っていた。
手には大きな酒樽を抱え、それを机に置きかけている。

「あなたの名は高朱達、ではないか?」

低めの声でゆっくりと話す。
その男は風貌は小汚かったが、どこか知的な雰囲気を持っていた。

名前を呼ばれ、答えていいものかと迷う。
羅軍の兵士が俺を捜しているのかもしれないと思うと、
高朱達であることを知られたくなかった。

「・・・人違いだろう。」

そう答え、一口分残っていた酒を飲み干す。
その間も、男はじろじろと朱達の顔を観察している。

朱達は席を立とうとした。それを男が制止する。

「まぁ待て。俺は羅軍でも何でも無い。
いまや 一介の旅人だ。
昔あなたの論弁を見たことがあったので知っているだけだ」

そういうと、男は向かいの席に腰をかけた。
朱達は店を出ようか、この場にいるか迷ったが、男に強引に酒をすすめられ
もう一度 席にすわる。

酒樽を開けながら、男は話を続けた。

「俺の名は海頼かいらいと言う。これでも学者のはしくれでね。
地理を調べて国中を歩き続けてる。
まあ、今は羅の王のおかげで職無しだがな」

海頼と名乗る男の話を酒を飲みながらぼんやりと聞いていた朱達だが、
”羅の王”の名が出てきて、杯を持つ手が止まる。

「あなたも国を滅ぼされたのか?」

海頼はこくりと頷いた。

「ああ、それに羅の王は学者を毛嫌いしてるだろう。
今までは国が滅んでも他国で学者として仕えることが
できたが、あの王は逆だ。
学者と知れば、殺しかねないからな。」

海頼はそう言うと、酒場をふりかえり辺りを見回した。
誰かを捜しているのだろうか。

「何年か前に、どこぞの学室であなたが論台に立っていたのを
見たことがあったんだ。
俺は史料解読なんてものはできないが、あなたの論説は面白かった。
だから覚えていたんだ」

朱達は市政の役人に着く前は、都で学者をしていた。
古文書の読解が研究分野であり、学室でよく発表をしていた。
それを、たまたま海頼は見ていたのかもしれない。

あながち羅軍ではないと言っているのが、
嘘ではない気がしてきた。

そのことに安心し、朱達もポツリポツリと自分のことを話しはじめた。
海頼は話の上手い男で、
久しぶりに学者と話すこともあり会話ははずんだ。

この混乱の情勢で、古代地図の話に熱中している二人は
どこか現実逃避をしているようなものかもしれない。

朱達はそんなことを思った。


「出ようか、朱達どの」

気付けばもう店じまいの時刻で、客も数人しか残っていない。
海頼に促され、酒場の外へ出た。

外はもう暗く、
ただ剣のような三日月が足元を照らし、
共に二人で夜道を歩いていた。

 

 

 

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