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05

 

 

「妻が死んだ 自分の頭を撃って」

 

瀧田修蔵、59歳。カルテにはそう書かれていた。
・・・・どこかで見たことのある顔だな と俺は思った。

「瀧田さん、ここはセラピーじゃない。愛する人を無くした哀しみを
癒すのは私の仕事ではありません。知り合いの医者を紹介しましょう・・・」

俺が電話帳をめくろうとすると 瀧田氏はそれを制した。

「黒の医師、私の願いはそれじゃない。
妻の死は私の責任であり、罪でもある。それはそう簡単に癒されることではないし、
癒すことでもない。」

何が言いたいんだ、この男。 俺がそのまま表情に出したせいか、瀧田氏は
困ったような笑いをし、一瞬、沈黙した。ヒザにおいた手を微かに震わせながら。

「・・・息子が妻の死体を見ていたんだ」

 

 

<梅水花園・フロント  控え室>

 

「それが俺とタキタさんの出会いさ。彼の息子、当時4歳だったかな。
母の自殺を目の当たりにしてショックで食事も睡眠もできなくなったんだ。」

医師はタバコに火をつける。シェルは街の地図を見ながら黒医師の話を聞いていた。

「その息子の為にな、ねこを引き合わせたんだ。もう5年も前の話さ。
ゆっくりゆっくり、 その息子は回復していった。瀧田氏自身もねこを必要とした。
息子も父親も 徐々に傷ついた心がもとにもどっていった。これで万事OKだ。
でもな、」

黒医師は時計に目をやった。朝の5時。昨日から一睡もせず梅水花園にいる。


「でも?」

「傷ついていたのは、彼らだけじゃなかったってことさ」

シェルは地図に赤い印しをつけ、いらついた顔で黒医師を見た。

「ハッキリ言えよ わけわかんねぇだろ」

「息子は二人いたんだよ。もうひとり、当時17歳だった兄が−」


「・・・それがこの事態の犯人か」


昨夜、あの電話を受けた後、 タキタ氏はすぐに「息子の修二が犯人だ」と言った。


『父さん、これはHIDE & SEEK、かくれんぼだ。僕がどこに隠れているか、見つけてみなよ。
鬼は父さんだ 』

見つけられない時は 眠り姫がどうなるかわからない、と言っていたそうだ。


トニーが手がかりを聞き出すために花屋へ行き、タキタ議員はこの街すべてに捜査員を配置している。
シェルと医師は、毒を調べる為花園に残っていた。

「見つけてみろ、ということは遠くへは行ってないことだと思う。
花屋の主を生かしていたのも、手がかりを掴ませたいんだろう。
きっとこの街のどこかだ。」

シェルが地図に”隠れられそうな”場所にいくつか印をつけているのを見て、黒医師は聞いてみた。

「慣れているのか?こういうことに」

ペンを持つ手が止まる。図星だな、と黒医師は思った。

「・・・昔のことだよ。」

  ふーん、ちょっとはしゃべるようになってきたんだな、コイツ。でも、

「イテッ」

黒医師はシェルの頭をポカッと殴った。なにしやがる、といった目で見たこの青年は
いつのまにか少し、強い目をしている気がした。ニヤリと笑みを浮かべ、医師はシェルの頭をもう一度軽くこづく。

「カッコつけてんじゃねぇ、ガキ。昔のことなんて、ほっとけ」

「・・・うるせぇ このヤブ医者」

「早くねこを探すぞ」

「おう」

 

<海水浴場 ビーチ/小屋 AM6:00>

 

よくある話だ。男は他の女と浮気し、妻はそれに気付くが自分の立場上、どうすることもできなかった。
誰にも言えない苦しみのあと、男の妻は銃で自殺した。
不幸にも、子供がその場面を見てしまった。母の頭が飛び散るさまを。
子供は母のかけらをひろいあつめ、もとにもどそうとした。粘土細工のように。
一度散ったものは、二度とは元に戻らない。

ものだけでなく、この気持ちさえも。

あの日の悲劇はまだ 秘めたまま。

 

 

「気付いたか?」

ねこは割れるような頭痛で、目がさめた。
海の音がする。空気も塩っぽい。
体の自由がきかず、目だけ動かした。

「動くなよ、毒がさらにまわるぞ。珍しい毒草だそうだ。」

ぼやけた視界に、男の姿があった。
誰、と聞きたかったが声がでなかった。

「これを飲むといい。毒はぬけないが少しマシになる」

男はねこのからだを起こし、そっと緑色の液体を飲ませた。抵抗する体力も無いねこは
そのままそれを飲んだ。数分後、視界は戻り、声も出せるようになってきた。周りを見渡すと、そこはどこかの納屋のようだった。
次第に頭がハッキリしてきたねこは、震える手で体を起こそうとした。その様子をみて、男はねこが起きようとするのを
たすけ、壁を背にもたれさせた。

ねこは男のその振る舞いが、少し違和感を感じた。花園を連れ出される時に感じた怖さが一片も感じられない。
気遣うように、ねこの様子を見ている。

「あなたは、・・・おじいちゃん、・・瀧田修蔵の息子?」

「そうだ。瀧田修二。あいつの息子だ」

修二、と名乗った男の目をねこはじぃと凝視する。

「修二、どうしてこんなことを」

ねこは言いかけたその時、修二の傍らに赤い花があるのに気付いた。

「その花・・・」

  確かその花は梅水花園の部屋にあった花だ。見たこともない花だったから、覚えてる。

「これか?これは君の部屋にあったものだ。私が調達した毒草なんだ。
この花の香りを数時間嗅ぐと、体がしびれて 動けなくなる。その状態が続くと死んでしまう強い毒だ。
父さんが数時間以内にここを見つけられれば、君は助かるよ」

変だ、とねこは思った。どこかこの人の行動に矛盾を感じる。

「あなたも匂いを嗅いでるのよ、解毒薬は持っているの?」

あっさり首をふる修二に、この部屋から出て行った方が、と言いかけた時、修二は少し優しい顔をした。

「君をこんな目にあわせたのは僕なのに、僕の心配なんかしないでいいんだ」

この人は死にたいの?

その目はシェルと似ていた。初めてあった頃の彼に。どこかあきらめたような、生気の無い目。
この人を死なせてはいけない、私も死んではいけない。ねこは焦りにもにた感情をおぼえた。

 

 

  早く、はやくたすけにきて    トニー、おじいちゃん、・・・・シェル!!

 

 

 

 

それから5時間後、タキタ氏、シェルが海水浴場に着いたのは、昼過ぎだった。
花屋の情報と、シェルの観点からいくつかポイントを絞り、おのおの散ってさがしていた。
ただ、タキタ氏には海辺という場所に確信があったらしい。部下も何も着いてくるな、ときつくいいつけ
シェルと二人でここへやってきた。

「優しい子なんです。下の息子がひどい状態だったとき、あの子はずっと看病しつづけた。
実はあの子が一番まいってしまっていたのを、私は気づけなかったんだな。5年も経っても。」

砂浜の奥に、小さな小屋が見えた。

「あそこじゃないかな、ねこがいるのはー」

シェルはトニーに渡された銃の安全装置をはずそうとした。それをタキタ氏が止める。

「いざとなれば、私が盾になる。君は手を汚さなくていい。」

「・・・・。」

シェルは素直にそれに従った。

 

  もう手を汚さなくていい

 

その言葉が 強く響いた。

 

 

(NEXT ---> CHAPTER 1 LAST STORY)

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