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Chapter201

 

俺が初めて梅水花園に訪れてから3年が経った。

俺は26歳、ねこは推定年齢17歳。

変わらないのは、今でもねこのもとへ通っていること。

変わったものと言えば、仕事。カジノのウェイターをしてたときに”デザイナー”の男が
自分の店で働かないか、と誘ってくれた。店と俺の雰囲気が合っている、らしかった。
そういうわけで、今は服の販売員をしていたりする。ああ、髪型も変えられた。
肩までの長髪が、バッサリ切られ、今は何とも好青年風(ねこによるとだが)な外見をしていた。

そして今、もうひとつ大きな変化が始まろうとしていた。

 

 

<梅水花園 / 応接室 >

「汝はこの女性を妻とし、一生涯かけて愛すると誓いますか」

「・・・・・」

「じゃあな、汝は・・・ええと、この少女を娘とし、一生涯かけて愛すると誓い・・」

「しつこいって おっさん」

シェルはしびれを切らしたようにトニーに言った。
トニーはセリフが書かれた紙を読むのをやめて、コーヒーのカップをとる。

「頼むよ、シェル。形だけでいいんだ」

トニーはシェルに懇願したが、シェルのほうはうんざりした表情で首を振った。

「なんで俺がねこを嫁にもらわないといけないんだよ、それか養女に、なんてー」

「だからおまえ〜、私が何度説明したと思ってるんだ、花街の独占禁止法がおまえとねこをほっとかないんだ」

 法律なんぞこの地区にあるほうがおかしい、この売春地区で。

シェルは独り言とつぶやく。・・・事態はおかしな方向にむかっているのだ。

”人権保護の為の独占禁止法”がシェルとねこに適用されようとしている。

 

 

<黒十字病院 / 診察室>

「ああ、知ってるぞ。あの独禁法だろ 一人の女が長年客を占領してはいけない、とかいう・・・」

空になった薬瓶を灰皿代わりに、黒医師は煙草を吸いながらシェルと話していた。
久々にやってきた不眠症男は、診察台に勝手にねころんでため息混じりに黒医師に事の始末を話した。

 

梅水地区は娼婦が商売をする地区だ。
当然、競争は激しく、客を取れない者はタダのような値段で無理にでも客を取る。
その状態が”人権を剥奪している”と問題になり、そのような娼婦が出ないためにも
高級娼婦にはある規定が課せられることになっている。

”同じ客を長期にわたって取り続けてはならない”

具体的には、2年間同じ客を取り続けた娼婦には、その客のもとへ身をよせて仕事から足を洗わなければならない、ということだ。
もうけている娼婦が商売を辞めることで、新たな娼婦達が稼ぐことができる、という原理らしい。
これを ”人権保護の為の独占禁止法”と呼ぶ。

この法律が、梅水花園の眠り姫 ねこに適応されることになったのだ。
シェルが2年をこえて彼女のもとへ通い続けた結果を、独禁法監視委員会が見逃さなかった。
『眠り姫は仕事を辞め、顧客のもとへ戸籍を移し今後客商売をしてはならない』
そんな通知が着たのが、一ヶ月前だった。

 

「別にいいじゃないか、ねこを嫁にもらったって」

「よくないだろ、俺達結婚するような間柄じゃないんだぞ」

あまりにも簡単に黒医師が言うので、シェルは起きあがって反論した。
黒医師は眉をしかめながら、今度はジュースを ずずずとすする。

「じゃあどんな間柄なんだ。おまえとねこは」

「・・・・・・・・。」

「おい、」

「ドクター、俺とねこってどんな関係だと思う」

「阿呆か、自分で考えろ」

医師はあきれた様子で彼を見た。こんな男につきあってる暇はない、と言われシェルは早々に診察室を追い出された。

外へ出ると、昼間の太陽がまぶしく目を細める。

時計を見ると、2時15分。

今日は4時にねこと待ち合わせをしている。

シェルは地下鉄の駅へ向かって歩き出した。

 

<天青劇場 入口 PM4:00>

 シェル、オペラ見に行こうよー

一週間前、オペラのチケットをお客からもらったらしい。
ねこが珍しく外に興味を示したので、行くことにした。

3年前の誘拐事件があってから、彼女は外出することが増えた。
何かあったとき、一人でも対処できるようになりたい、と言っていた。
まずは外の世界を知りたい、と。
3年前、14歳の幼かった表情は次第に大人に近づいている。
ショートカットにしたヘアスタイルと、くっきりした茶色い目が印象的な少女となっていた。

 

 

劇場の外、門の前でねこはひとり、シェルを待っていた。
待ちあわせまであと15分もある。

 飲み物でも買いに行こうかな

そう思って歩き出した時、ドン、と人にぶつかった。

「あ、ごめんなさい」

ねこがぶつかった方向を見上げると、ぶつかった相手は無言でその場を立ち去った。

印象的だったのは、その外見。

今まで見たことが無いくらい、美しい女だった。まっしろな肌に相対的な長い黒髪。
映画から抜け出したような、なにか普通と違うオーラがただよう女性。

 

「ねこ、遅れてごめん」

ふいに背中からシェルの声がして、「ギャッ」とねこは声をあげる。

「ぎゃ??」

「シェルびっくりさせないで。今すっごい綺麗な女の人がいたの。みのがしたよー」

「??? オンナ・・・?」

二人は劇場の中に入った。

 

 

<天青劇場 「オペラ・第一幕 終了 休憩」>

不眠症といえど、眠くなるモノがあった。

「オペラだ・・・!」

シェルがつぶやくと、「シェルは寝過ぎよ もぅ・・・」と文句をいいつつ、ねこはトイレいってくる、と席を立った。

「ねこ、オレンジジュース買ってきて」

「劇場内は飲食禁止!」

と言い捨て、さっさと行ってしまった。

眠たい目をこすりながら、シェルは明るくなった劇場内を見渡した。

今までこの劇場の近所に住んでいたが、入るのは初めてだった。

豪華な内装に、客層も上品だった。そしてこの演目。

 俺にはこういうのは向いてないな。眠くなる為にはいいかもしれないけど。

アクビをして、また軽く目を閉じた。

 

 

ねこは階段の奥にあったトイレを見つけ、そこのドアをあけた。
ドアの前に看板が立ってあったが、目には入らなかった。

扉をあけると、一人の女が立っていた。

「あ」

よく見ると、さっきの美しい女性だ。
女はねこに気がつくと、驚いたように手に持っている何かをサッと隠し、落ち着いた声でこう言った。

「ここは、清掃中で立ち入り禁止よ」

そういわれても、その女が清掃係には全くみえなかった。黒いベルベットのドレス、ピンヒール。


「ごめんなさい 気付かなかった・・・」

ねこは彼女の顔を凝視した。
何か、普通にそぐわない雰囲気。人並みはずれた美しい顔。
その表情は、ある種特有の人間の顔をしていた。

この人、シェルと同じ。

直感でそう思った。

「眠れないなら、力を貸すわ」

 

驚いたように、女は目を見開く。

 

それが、はじまり。

長い夜の、夜明けのはじまり。

 

 

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