back next

02

 

 

私を美しいというならば この世の夜明けは悪夢と同じ

 

 

 

<菖蒲の花>

 

 

<天青劇場  「オペラ・第二幕」>

休憩の終了アナウンスがかかったころ、ねこは座席にもどってきた。ほどよく眠気が覚めたシェルは
ねこの表情に気がつく。珍しく、笑顔がない。

「ねこ、どうした?」

「・・・」

「ねこ、おい、」

「なんだか 哀しそうな人に会ったの」

それだけポツリといい、手元にあるプログラムをぱらぱらめくりだした。
話すつもりがないならまぁいいか、とシェルもそれ以上聞かなかった。

第二幕が始まるブザーが鳴り、劇場は照明を落とす。
アントラクト(間奏曲)が場内に静かに響きわたった。

 

 

 

<天青劇場   地下フロア >

「幸運を ダリア」

 もうあとにはひけない。

「私たちは遠くから見届けます」

 もう迷わない。

 

ダリア、と呼ばれた女性は無言でゆっくりと歩き出した。それを見送る二人の女性がいる。


「ローズ、彼女は何を使うの?」

ダリアの姿が見えなくなってから、金髪の女性がもう一人の女性に話しかける。
ローズと呼ばれた銀髪の女性は、無表情のまま「わからないわ」と答える。

「ただ、老師が認めるくらいだから。 −カメリア、私は西の出口にいくわ」

そう言ってローズもその場を去った。残された金髪の女性、カメリアも、自分の持ち場に行くことにした。

見届けなくてはならないのだ。花の名を持つ彼女の実力を。ダリアの仕事を。

「まさにお手並み拝見、ね」

 

 

 

<天青劇場 VIP専用ロビー>

 

カーテンコールの拍手が聞こえる。

 そろそろ客は出てくるころかな

ダリアは薄暗い廊下から、劇場内の様子を伺った。
鼓動が早い。体が今まで経験したことないくらい緊張している。


 わたしはこれから何をしようとしているの

気をぬくと、そんな疑問がどんどん心の中をうずまいてくる。無理矢理考えを閉ざした。
集中しなければ、と思ったが何か違うことでも考えていなければ落ち着けなかった。
綺麗に整えた髪をさわり、髪飾りが刺さっていることを確認する。

 ・・・さっきの女の子はなんだったんだろう。

わざと「清掃中」の立て札をしていたが、突然はいってきたので驚いた。その上、
何も話していないのに、「眠れないなら力になる」と言い出した。

  なんだか変わった子。それに、


-誰かに似ているような気がした。

 

 

「お客様、出入り口はこちらでございます」

人の声がして、ダリアはもう一度劇場の様子を見る。
オペラが終わり観客がぞろぞろと退出し始めていた。

VIP専用のボックス席の出口に、視線をやる。

黒いタキシードの集団の中に、一人の男を確認した。

  あれが今回の標的、もう、

自分に何度もいいきかせた言葉を、つぶやく。

「迷うな」

ダリアは人の群れをぬい、足早に男に近づいていった。
目的の男の脇には、明らかに護衛とわかる屈強な男が三人。赤いドレスの女が一人。

はじめにカメリアに言われたことを思い出す。

『目的以外は、決して傷つけてはならない』

ダリアと、男の距離は5メートル。

歩みは走りへと変わった。髪飾りに手をやり、隠しもっていた針を手にとる。

思わず、ダリアは目をつぶった。

 

 

 

ロビーの様子を双眼鏡で見ていたカメリアは、ダリアが標的の男に近づいていく様子がわかった。
一瞬彼女が自分の頭に触れるような動作が見えたが、何をしているのかまでは
はっきり見えなかった。

ダリアは人混みを縫うように男にちかづき、軽くぶつかりその場を去っていく。
ぶつかられた男は軽く辺りを見回し、何事もなかったように連れの女と
歩きだした。

「いったい何を・・・?」

ここからでは様子がよくわからない。見守る場所がまずかった、とカメリアは舌打ちした。

ダリアがロビーから姿を消したころ、男は歩みを止め、かくん、と膝から倒れ込んだ。
腕を組んでいた女も、つられて倒れ込みそうになる。護衛が男を起こそうと腕をつかんだが、その腕もだらりと垂れた。
男は二度と動くことはなかった。

「キャァァァー!!」

女の悲鳴が響き渡り、場内は騒然としだした。カメリアもすぐにその場を立ち去る。

  どうやってやったのか、全く見えなかった


今まで何人もの仕事を監視してきたカメリアだったが、今のダリアのしたことに驚きが隠せなかった。
赤子を触れるが如く、そっとあの男の命を奪ったダリア。

暗殺という、尋常ならぬ行為をあまりにも自然に彼女はやってのけた。
その異常さに、カメリアは驚いたのだ。

 

 

 

<天青劇場 裏口>

オペラが終わり劇場の外に出ると、もう夜9時を回っていた。
前庭の木々はライトアップされ、闇夜に浮かぶ景色は綺麗だった。
ねこがここで写真が撮りたいというので、持っていたカメラで
色々な場所で撮影していると、知らない間に劇場の裏手まで来てしまった。

「ねこ、タクシー拾うか?」

「待って、まだフィルム余ってるの。シェルを撮ったげるよ」

俺はいいから、とシェルがねこからカメラを取り上げようとしていると、急に裏口のドアが開き
誰か走り出てきた。

「あ!!あなた!さっきの」

ねこはすぐに劇場で会った女と気付いた。シェルも
裏口を振り返ってみると、黒いワンピースを着た女が目に入った。
女は、ねこの声に気付き足を止める。
だがそれも束の間、いきなり殺気だった表情でねこのもとへ走り寄ってきた。
その異常な表情をシェルは見逃さなかった。ねこの手を取り、自分の後ろへ引き寄せる。

目前に迫る女に思わずシェルは身構えた。
ものすごい殺気に全身が緊張が走る。
ほんの一瞬だったが、脳裏にねこの言葉がよぎった。

 『すっごい綺麗な女の人がいたのよ』

確かに、その顔は並はずれて美しかった。
だがその表情は苦しそうで、今にも泣きそうだった。

女が右手をふりあげた瞬間、何か右手に光るものが見えた。

「・・・よせーっ!」

制止の声は届かず、
思わず彼女の右手を掴み首筋に手刀をあびせる。女だからと手加減するような状態じゃなかった。

呆気なく女はその場に倒れ込み、そのまま動かなかった。
身構えたまま様子を見たが、どうやら失神しているようだ。

「なんなんだよ いったい・・・」

いきなり人を襲ってきて、その割に一撃で倒れ込んだ女を目の前に
シェルはわけがわからなかった。

ねこがそっと彼女に近づこうとしたので、シェルはそれを止めた。

「ねこ、そんなやつに近づくな」

「駄目。この人を助ける。」

迷いなくきっぱり答えるねこ

「シェルも手伝って」

動かないシェルに、もう一度ねこは言った。

「このひとを助けたいの。お願い、シェル」


 

 

 

 

 

 

<梅水花園 フロント>

黒医師は、病院を閉めたあと、花園に出向いた。
フロントに顔を見せると、トニーが意外そうな表情で出迎える。

「めずらしいな あなたが来るなんて」

「俺は客じゃないぞ。ちょっと話があるんだ」

トニーと黒医師は奥へと入っていった。

 

 

「ねこにあの法律がひっかかってきそうなんだって?」

昼間、シェルから聞いたことを切り出した。トニーはそうなんだ、と答える。

「トニー、いいのか?シェルにねこを渡すことになるんだぞ。おまえ親代わりだったじゃないか・・・」

「それはいいと思ってたんだよ。3年前、ねこを直接救ったのは彼だし、ねこだってシェルになついてる。
恋愛感情があるようにはおもえんが、まあいずれどうなるかわからないし・・・」

正直、トニーはシェルを気に入っていた。素性もわからず過去に何か犯罪をおこしていると本人が言っていたが、
数年彼と接していると、そんなことはあまり気にならなくなった。何かあきらめたような姿勢の青年、
その彼の唯一の執着が ねこ・・・ そんなシェルだからこそ、ねこをまかせてもいいと思った。

「シェルはなんだか嫌そうだったぞ。ねこは賛成しているのか?」

入口から、ライが紅茶を持ってきた。入ったらマズイですか?とトニーに聞き、かまわないと返事をもらうと
二人にカップをおき、自分の分まで注ぎながら話に入ってきた。

「ドクターも変だと思うでしょ、ねこも乗り気じゃないんだ」

トニーに聞いた質問がライから返ってくる。

「ねこも?」

「そう、トニーさんがこのまえその話をねこにしてたんだ。ねこさ、黙ってるんだよね。
それで最後にこういったんだ。花園にいたいんだ、って」

正確には、花園から動きたくない、と言ったそうだ。
シェルに引き取られても、仕事をやめても、住む場所は花園がいいのだ、と珍しくねこは主張したそうだ。

「あの子がそう言うとは思わなかった。正直、私はどうしていいかわからないんだよ。独禁法の委員会からは
せっつかれているし」

トニーは深いため息をついた。

 

黒医師は自分の鞄から、封筒を取り出した。

「実はな、今日昔のカルテを探してみたんだ。ねこが花園に来たころの、だ。
トニー、覚えているか?彼女が最初何もしゃべらなかったのを」

「・・・ああ、覚えている。名前しか、口にしなかった」

「あの時、断片的な記憶喪失か、と思ってたけど
・・・これは憶測でしかないが、 あの子実は全てそう振る舞っていたんじゃないかな」

「どういうことだ?」

「カルテに当時のねこの様子が書いてあったんだがな、記憶喪失か、または
意図的に何もはなさなかったのか、よくわからん、と書いてた。」

「わざと記憶喪失のフリをしてた・・・?」

「いや、自分に関することを言えない状況だったのか、かもしれない。」

「まさか、あの子は当時5歳だぞ そんな小さな子に・・・」

黒医師はカルテを机に置き、ライに目をやる。
急に視線が自分の方向に飛んできて、きょとんとするライ。

「ライは今年いくつだ?」

「俺は16だよ」

「全然見えんな。13,4に見える。童顔だ」

顔をしかめるライをよそに、トニーに視線を戻す。

「ねこも同じく若くみえてたのかも。あの子、7〜8歳だったんじゃないか、実は。」

トニーには黒医師の言いたいことがよくわからなかった。
場が沈黙する。


「なぜそんなことをする必要があるんだ」

「・・・・わからん、ただ可能性の話だ。」


ねこは記憶喪失なんかじゃないのかもしれない。

何かを、かたくなに黙り続けているのかもしれない、と思うんだ。
その何か、が彼女を花園にひきとめさせている。

何が?

 

応接室の内線が鳴り、ライが取り次ぐ。

「・・・え?天青劇場で・・・?」

すぐに受話器を置いた。

「トニーさん、天青劇場で人が殺されたらしい」

 

ちょうどその時フロントの方から足音がバタバタッと聞こえてきた。
バタンと応接室のドアが開く。

ねこだった。

「トニー、大変なの 人が」

「今聞いたぞ 殺人があったと・・・」

ねこの後ろで、シェルが抱えてる女性にトニーは気付いた。


「この人を助けて」

 

トニーと黒医師は顔を見合わせた。

「誰だ この女は・・・」

 

 

 

back next


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送