03
我は空 なり。
即ち
是
< 東水地区 警察局 PM 11:35>
「相変わらず派手な建物だな」
目の前の建物を見上げ、独り言をもらす。
警察局など滅多に足を踏み入れる場所では無いのだが、どうしても確かめたいことがあるので
仕方がない。黒医師はため息をつき、記者がうずめく局の中へスタスタと入っていった。
検死室は・・・こっちだったか。
地下でひときわ明るく人の出入りの激しい部屋があった。
そこをのぞくと、数人の手術服を着た医者と、窓越しにそれを見物している男が数人いる。
そのうちの一人が、黒医師に気づいた。
「誰だあんた、ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
「これはさっきの劇場の殺人事件の死体か?」
「逮捕されたいか?さっさと出て行くんだ」
男に胸ぐらを捕まれて、少し足下がふらついた。ムッとした顔で
黒医師はその手を払いのける。
「俺は検死にきたんだ。あんたらが困ってると思ってね」
黒医師の言葉に、その場にいた者たちはだまりこんだ。
シェルの読みがあたってるかもしれん
黒医師は、余裕たっぷりの表情でこう言った。
「死因となった外傷がみつからんのだろ?」
<1時間前 黒十字病院>
ねこが助けろといった女は特に目立った傷もなく大事無い状態だったので
梅水花園から黒十字病院へと運んだ。
ねこは彼女を看ているといい、病室にずっといるままだ。
黒医師とシェルは 待合室で一息ついていた。
TVをつけるとニュースは今夜の天青劇場の殺人事件で持ちきりだった。
「どう思う」
黒医師はシェルに話しかけた。ニュース映像を眉をひそめて見ていたシェルは
返事の代わりに、ポケットの財布から光るものを取り出し黒医師に手渡した。
「あの女が持ってたものだ」
「なんだこれ・・・針か?」
銀色の小指ほどの長さの、一本の針だった。
「確かに、これであの女は俺に攻撃してきたんだ」
「こんな細いものでか?たいした傷にならんだろう」
普通の針と違うところは針穴が無いぐらいだ。
シェルは少しの間沈黙して、押し殺した声でこう言った。
「ドクター、『是空』って知ってるか」
「ゼクウ?」
「是非の是に空、と書く。ぜくうと呼ぶ。」
聞いたことの無い言葉だ。シェルは自分の心臓辺りをトンと指でたたいた。
「人間の体にはいくつも急所があるだろ、攻撃の仕方によっては
ひと突きで死亡する急所だってある。ドクターも知ってるだろ」
「確かに東洋ではそんな医術があるが・・・」
「聞いたことがあるんだ。
まるで何も無いカラッポの武器で、人を殺す方法がある、と。
指で突いただけで人間を殺せると−。その手法を”是空”というんだ」
そんなものが あるはずは無い
シェルが嘘をつくとは思わないが、その”是空”とやらには
黒医師は全く信じられなかった。人を殺すのをあんな細い針が成せる技ではない。
もっとも、猛毒でも塗っていれば話は別だが。
死因を探ろうとわざわざ警察まで足を運ぶことにした。
正規の医者でない黒医師だが、この街ではいろいろと顔が利く。
シェルも来いと誘ったが、断固拒否されたのだ。
<警察局 地下検死室 AM 0:15>
「見つけた」
医師や刑事が見守る中
虫眼鏡とライトで被害者の体をくまなく点検していた黒医師は
死体の二の腕の後ろに、針が刺さったあとをみつけた。
側の医師が覗き込む。
「上腕部背面にわずかだが、針穴がある。
おそらく死因はこれだな」
死体から離れ、刑事に向かって針を見せる。
「こういう細い針で毒でも塗って殺したのかもしれん。
死体に毒は残ってないだろうがな。
それとも」
数人の刑事の中、一人シェルと同じく東洋系の男がいた。
その刑事に問うてみる。
「あんた、知らないか。
”是空”と呼ばれるコロシの方法」
刑事は怪訝な顔をした。
知るわけない・・・か。
黒医師はクルリと背を向け、検死室から出ていこうとした。
東洋系の刑事が引き留める。
「待て、あなたは何者なんだ」
彼の制止も聞かず、黒医師はドアノブに手をかける。
「俺は黒十字病院の医者だ。梅水地区にいつでもいる」
ぱたん。
残された刑事も医者も呆気にとられたまま立ちつくしていた。
「あれが黒の医者か・・・」
東洋系の刑事は、自分の手帳に”是空”の文字を書き込み、急ぎ足で
検死室から出て行った。
<黒十字病院 AM3:00>
警察から戻ってくると、シェルはいなかった。
ねこが病室にこもっているから眠れないのだろう。散歩にでも行ったか。
病室をのぞくと、ねこはベッドによりそいすうすうと寝息をたてていた。
ベッドに眠る女も、穏やかに眠っている。
黒医師には一目みて彼女の状態がわかった。
健康に問題は無い。問題は精神だ。
きっとこの女も昔のシェルのように安らぐ場所が無いのだろうか。
暗闇の中、女の顔をまじまじと眺める。
この女が人殺しを?
外見だけで人は判断できないが、そんな生臭い雰囲気を
持っている人間には見えなかった。
「・・う」
ふいに、女が目をさました。
ぼんやりとあたりを見回している。
「あんた、ねこに感謝しろよ。
ねこが助けてくれっていうから手当したんだぞ」
女は急に黒医師が話しかけるまで、彼の存在に気付いてなさそうだった。
驚いて体を起こす。
「ねこってのはあんたのベッドの脇で寝てるその子さ。
俺は医者。ああ、治療費は後払いでいい。保険証なんぞいらん」
一方的に話し続ける黒医師をよそに、女はねこをじっと見つめてた。
話を聞く様子もなさそうだったので、黒医師も話をやめ、病室から出て行くことにした。
「・・・明け方までここで休むといいさ。」
静かにドアを閉め、大あくびをしながら自分の部屋へ歩いていく。
あの針は俺が持ってるから大丈夫だろ。
1時間後、シェルが病院に戻ったとき
病室には空のベッドと、わきで眠るねこがいるだけだった。
女の姿はどこにも見えなかった。
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