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05

<シェルの働く店>

目の前には昨夜の女がいる。

 

目の前には昨日の劇場の男がいる。


お互い、沈黙していたがシェルが先に口を開いた。

「昨日の劇場の暗殺事件ー・・・」

 

 あんたが 殺したのか

 

そう聞くには直接すぎる。
言葉に詰まらせていた時、背後から甲高い女の声がした。


「ゴメーン 待った??遅れちゃって」

金髪の美しい女が、シェルの横を素通りしダリアに話しかける。
「もう他の人は会場で待ってるの。行きましょう」
周りに説明するかのように大きめの声でそう言うと、ダリアもろとも
店の外へ出て行ってしまった。

あっという間の出来事だった。

 

 

 

あまりにも、タイミングよくカメリアは現れた。
服屋を出た後、ダリアは手をひかれるまま古びた喫茶店に連れてこられ、
いまここに座っている。

 ずっと私をつけていたの?

何か聞きたかったが、ダリアはどう切り出していいか
わからなかった。
昨日、カメリアはダリアの仕事の監視役として劇場にいた。
仕事次第によっては、契約は打ち切られる可能性もあって、
昨日が判定されるその場だったのだ。


喫茶店はガラス張りで、外の様子がよく見える。
道行く人も、混み合う渋滞も。


カメリアは外に視線をむけたまま、ダリアに話しかけた。

「昨日のあなたの仕事、合格よ。あなたを一員として迎えます」

うつむいていたダリアは顔をあげた。合格、という言葉に安堵する。

「ただ、一つ問題があったわ」

ほっとした表情に釘を刺すかのように、カメリアは声のトーンを落とした。

「あなた、さっきの店の男に見られたんでしょう」

もはや、何を見られたと言い逃れようもなかった。
否定も肯定もできず、ただ黙るダリアに諭すように話し続ける。

「目撃者をつくってはならない。これは規則よ」

 それはわかっている。でも。

あの男は殺せるかもしれない。でも、あの女の子はー

迷うなと心に誓ったのは昨日だが、どうしてもあの少女だけは
手をかけるのに躊躇った。今朝、隣で眠っていた時にいくらでも
始末する機会はあった。だが、できなかったのだ。

そのとき、喫茶店のガラスを叩く音が聞こえた。。
顔をあげると、ガラス越しにねこが立っていた。
おどろいて席を立つと、ねこはニコっと笑いながら店の中にはいってくる。

「どうしてここに?」

「シェルの店にいったら、あなたに会ったって言ってたから。
探したの。近くにいるんじゃないかと思って」

ねこの説明を聞きながら、はっとして後ろを振り返った。
ねこの姿までもカメリアに見られてしまった、そう思いながら
カメリアの席をみると、既にそこには誰もいなかった。

「誰かいたの?」

 どうして姿を消したんだろう?

「いいえ・・・。ひとりよ」

ねこに視線を戻す。その時、また何かひっかかるものを感じた。
天青劇場で出会ったときも、思ったこと。

 この子は誰かに似ている

答えのない疑問を浮かべ、すぐに沈めた。

「昨日はごめんなさいね。
私はダリアっていうの。シェル・・・さんにも
改めてお礼が言いたいわ。ねこはどこに住んでいるの?」

 どっちにしろ あの男の居場所はつかんでおかなくてはならない

カメリアの行方が気になったが、ダリアはねこと少し話すことにした。

 

 

 

 

<シェルの働く店・休憩室>

『あの女は花蓮ホワレンの一人かもしれん』

電話口で、黒医師が言う。
肩で挟んでいた受話器を右手に持ち替えて、シェルは聞き返した。

「ホワ・・レン?」

『さっきの刑事にきいたんだが、そんな奴らがいるらしい』

聞いたことがなかった。

『面倒くさいから詳細ははぶく。とにかく、その花蓮だったらおまえが危険だ』

「先生、・・・意味がわからん」

詳細をはぶきすぎだ、と思わずつっこみたくなったが、黒医師が珍しく焦った口調なので
そのまま聞くことにした。

『花蓮は、簡単にいうと暗殺を請け負う集団だ。
そんなのはこの国にどこでもいる。ただな、特徴的なのが』

「特徴的?」

『すべて女で構成されていること』

「全員女?」

『花蓮が何人いて、どうなっているかは不明だが、女だけでつくられた集団だそうだ。
女だからといって舐めたモノでもないらしい。依頼達成率がかなり高い 』

黒医師の言わんとしていることがシェルにはわかってきた。

「つまり、昨日の事件は花蓮というのがやったことなんだな。あの女はその一人で・・・」

『おまえはその”花蓮”を見た目撃者だ。ねこも、俺もだがな』

「姿を見たものは生かしておけない、ってことか」

そういいながら、シェルは焦りだした。さっき、ねこが店にやってきたときに
女を見たと言ってしまったことを後悔した。
ねこが、危ない

『聞け、シェル。あの女がねこを殺すチャンスはいくらでもあった。でもねこは無事だった。
どういうわけか知らんが、ねこは殺されないのかもしれん。ただ、おまえは危ない 』

シェルは店の中を見るが、ねこが帰ってきた気配はしない。
電話を切ってすぐにでも彼女を捜しに行きたかった。
黒医師はまだしゃべり続ける。

『刑事に、俺とねこの保護は依頼している。だが、おまえは警察沙汰はやばいんだろう
今いちばん危ないのは、おまえだ シェル』

黒医師の話に頷き、受話器を下ろした。
自分の身より、ねこが心配だった。早く見つけ出して、
警察に連れて行こうと思った。自分はなどどうでもいい。

 

 

 ーなぜ ねこを引き取ってくれないんだ。シェル

トニーの言葉を思い出した。独禁法の話を聞いたとき、ねこを身請けする話を
即効断ったシェルに、トニーが言った言葉だ。その時はトニーの問いに答えなかった。

 

 俺はいつか断罪される


 罪は裁かれねばならない。もし自分が裁かれないままだと、


 すべてが間違って見えたまま生きてしまう。

 

3年前、ねこに話した言葉だ。罪を告白し、その犯した罪により、
自分はいつか罰を受けるだろうと信じている。

そんな男が、ねこを引き取って暮らしていけるはずがないのだ。
いつか自分が死んでしまうのだから。

それでも、側にいたいと思っていた。
側にいたいから、ねこの身は必ず守る。

今はまだその時じゃない。

 

 

店には適当な理由を言って外へ出て、”花蓮”の女が出て行った方向に向かって
走り出した。


店を出て繁華街をすぎたあたり、少し人気のない空き地までやってきたとき、
ただならぬ気配を感じた。

ゆっくり、落ち着いてその方向を見た。

あの女じゃない。

店に入ってきたもう一人の金髪の女が、そこに立っていた。
金髪は風になびき、首にまいた柔らかなスカーフが揺れている。
右手に小さな銃を持っていた。


丸腰のシェルにはどうすることもできないので
ただ、後ずさるしかなかった。
金髪の女は無言で銃口をシェルの目の前につける。

シェルはただ、無心でチャンスを待った。
女が引き金を引くとき、隙をみて 捕らえようとしていた。
この手のことに慣れていたので、シェルはあくまでも平常心で
女と視線を合わせ続けた。

「目撃者は、困るのよ」

女が口を開く。シェルは答えない。

「それに、あなたは私にとっても邪魔な人ー」

そう女が言ったとき、シェルはあることに気がついた。
いや、見えてなかっただけかもしれない。

 

 どうして

 

ねこの顔が思い浮かぶ。

 

 どうして この女は ねこに 似ている?

 

女は引き金を引いた。
彼女の顔に気をとられていたシェルは、
一瞬遅れをとった。

 

曇った空の下、銃声が鳴り響く。


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