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06

たとえばもし、自分が心底叶えたい願いがあって。

それを叶えてくれるといったら。

囁く手を取る?

 

 

 

<喫茶室>

ねこは梅水花園という娼館で働いていること。

シェルはその客だということ。

昨日の医者は「黒医師」という名だということ。

ほんの数十分話しただけで、ダリアは色々なことをねこから聞いた。
ねこは自分のことをダリアに話し続けている。ねこがあまりにも止めどなく
喋るので、ダリアも緊張感が緩み、普通の女友達のように
相づちをうちながら話を聞いていた。

 この子はなんで私を警戒しないんだろう。昨日、殺されかけた相手なのに。

考えが表情に出たのか、ねこはダリアの顔をみて、少し哀しそうな顔をした。

「やっぱり、違うんだね」

ねこはそう言って、伏し目がちに笑った。残念そうに。

「違うって?」

ダリアが聞き返すと、しばしの沈黙のあと、ねこはこう言った。

「初めて見た時、おねぇちゃんかと思ったの」

 

 

 

<路地裏>

頬を熱いものが伝う。汗か血か。
シェルに向けられた銃弾は、頬をかすめて背後の壁にめりこんでいた。

カメリアは冷たい目でシェルを見据えていた。


シェルは2、3歩後ずさり、頬を押さえながらカメリアの顔をもう一度よく見た。

 似ている

確かに、似ている。

「あんたは 誰だ?」

シェルは押し殺した声でカメリアに問うた。
カメリアは銃を向ける手は微動だにせず、一歩一歩シェルに近づいてきた。

頬が熱いせいか、他人に傷つけられたせいか、シェルの気分も異常なほど張りつめている。
ここ数年、味わうことがなかった感覚がジワジワと浸食してくるのがはっきりとわかった。
体が、生きるためのすべを思いだそうと、火のように熱くなる。

カメリアは動かないシェルに安心したのか、近づく足を止め一言発した。
その言葉が、シェルを完全に過去へと引き戻した。

「私は眠り姫の姉よ。あの子が子供のころ あの娼館の前へ捨てたの
 ・・・そしてようやく迎えにこれる時が来たわ。
 妹は私のもの。誰にも渡しはしない」

 迎えに来た?

「おまえのような男にやすやすと奪われてなるものか」

そう言うと、銃でシェルの頭にねらいをさだめた。


 妹は渡さない?

ゴツ、と頭に銃の触感がした。
熱が頭に伝わる。

「おまえが死ねば、独禁法は関係なくなる」

 ねこが自分の前からいなくなる?

そんなことはありえない。あってはならない。


 

その一瞬。

引き金を引き替えたカメリアはものすごい力で手首を掴まれた。
それと同時に 地面に手首から引き倒された。

銃を発砲するひまも無く。

獣のような表情をしたシェルが、地面に転がったカメリアを両手ごと押さえつけた。
手首をギリリと締め付ける。

苦痛に顔をゆがませたカメリアに、シェルは繰り返しこう言うばかりだった。

「ねこは渡さない」

 

 

 

<喫茶室>

「わたしが、あなたのお姉さんに似てるの・・・?」

そう聞き返しつつも、ダリアは一つのことを考えていた。
ダリアが初めてねこを見たときから引っかかっていたこと。

 この子は誰かに似ている

ねこは少しうつむいたまま話し続ける。

「私は子供の頃、おねえちゃんに置いて行かれたの。おねえちゃんの顔も
もう覚えていないけど、きっといつか見たらわかると」

ねこが途中まで言いかけた時、

 カツンッ

ふいに、ガラスの向こうから金属的な音がした。
喫茶室の座席の壁はガラスになっていて、そこに小石か何かをぶつけられたような音だ。
ダリアが音のした方向を見ると、車道の向こう側に、こちらを見ている人が立っていた。
誰か、と目をこらしてみると銀髪の女性がいた。

 ローズ?たしかカメリアと一緒にいたもう一人の監視役の・・・

確かにローズだった。ダリアが天青劇場にて仕事を行うとき、監視役として
花蓮の女二人がついてきた。カメリアと、もう一人。ローズ。

「??」

伺うような表情でローズを見ると、彼女はダリア達から目をそらし
歩き出した。二,三歩あるいて、ダリアのほうを振り向き、そのまま歩いていってしまった。
まるで、ついてこいと言わんばかりにー・・・

ねこの話の途中だったが、ダリアはローズを追うことにした。
席を立ち上がると、ねこも立ち上がる。


ついてこないで、と言おうと思ったがねこの顔を間近で見て
さっきの疑問に答えが出たような気がした。

「ねこ、あなたカメリアに似てるわ」

「え?」

「私がさっきまで一緒にいた女の人。私の仕事の上司っていうか・・・
ーとにかく、顔立ちが似てる。もしかしたら」

その先は言わなかった。姉かもしれない人が、暗殺事件と関わりがあるとはいいづらい。

ローズを見失いたくなかったので、ダリアはねこと共にローズの後を追うことにした。ローズはダリアの前から姿を消すことはなく
追いつけることもない距離を保ちながらどこかへ歩んでいく。
喫茶室から離れ繁華街を通り、奥の路地までゆっくりとダリアたちを誘導しているかのようだった。

導かれたその場はー

カメリアと、シェルがいた。
顔が血まみれのシェルが、カメリアを押さえ込んで何か喚いている。

「シェル!!」 そう叫びねこは走り寄っていこうとした。


ねこに気づいたシェルは、カメリアの首をひきよせた。


「ねこ・・・ こいつはおまえの姉なのか?」

「え」

「この女は自分がねこの姉だと言っている。
ねこが小さいころに、梅水花園の前に置いていったのは自分だと。
本当か?」

ねこは呆然とカメリアの顔を見つめている。
何かを確信したように小さく頷き、嬉しそうな顔をした。

「キティ」

「お・・・おねえちゃん!!」

ねこを別の名で呼んだ時、
あまりにもカメリアは優しい顔をして手をさしだしたから。

ねこが今までみたことのない表情でカメリアに駆け寄っていったから。

シェルが押さえつけていた手はいつのまにか緩んでいた。
カメリアが立ち上がりよろめきながら近づいていく。

その歩みが、シェルとねこを遠ざけていくように感じた。
自分のもとからいなくなってしまう。

その考えが頭を埋め尽くし、ただぼんやりと二人の光景を眺めていた。
先ほどの獣のような表情は消え、生気の抜けたうつろな表情で。

 

二人の様子を、ダリアも見つめているだけだった。
ただ、ローズの姿を探した。ここまで連れてきて、さっきから姿が見えない。

どこに行った、と辺りを見回したとき

ねことカメリアのその向こう。

20Mぐらい離れたところにローズはいた。

二人に拳銃を構えながら。

 

「ローズ!!」

ダリアの叫び声と、発砲はほぼ同じだったかもしれない。
一瞬の静寂のあと、地へ伏したのは カメリアだった。

 

ぼたぼたと赤い血が彼女の足下を染める。

「おねえちゃん!!」

悲痛な叫び声をあげたのはねこだった。


 

 

 

(NEXT ---> CHAPTER 2 LAST STORY)

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