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Chapter301

ここはひとつ、猿芝居を演じてみせようじゃないか。


 

 

 

<梅水花園>

「トニー、帰るね」

朝10時、梅水花園にとって宿泊客を送り出し一時の休息時間。
花園の住人が寝入る頃、トニーだけが庭の温室で花の手入れに忙しかった。

温室の入口に、薄いコートを羽織ったねこが立っていた。
トニーは摘んだバラを数本紙につつみ、ねこに手渡す。

「次は月曜だな。気をつけてお帰り」

「うん。じゃあまたね。花ありがとう」

ねこの足音が遠ざかる。トニーはその姿をにこにこしながら見送った。

 

 

「フツー、寂しいでしょ」

背中からライの声がした。手にはトニーの朝食をかかえている。

「なんだ?ライ」

「トニーさん、ねこを見送る時満面の笑みをやめて下さい。怖いです」

「私は嬉しいんだよ。しょうがないじゃないか」

鼻歌まで歌い出す始末で、ヤッテラレナイ、とライはつぶやいて温室を出て行った。
眠り姫が花園からシェルの家へ移って2週間、そろそろ眠り姫がいない日々に
花園が慣れてきた頃だった。


月、火、水、木と花園ですごし、
金、土、日とシェルの家ですごす。

それがねこの新しい日常だった。

 

 

 

 

<梅水地区 北部>

 あ、今日はダリアが来る日だっけ。

 何かおいしいものを買って帰ろう・・・

花園からの帰り道、ふと思ったのがきっかけだった。
ねこはいつも通らない道へ入り、前に一度見たことのある
スーパー目指して歩き出した。

梅水地区は都市きっての色街で治安のいい場所では無いが、
朝だったせいもあり街は静かだった。
ねこは裏路地を通り、北の大通りをぬける。


 オレンジジュース、玉葱、あと紅茶と・・・


たしか”買うものリスト”があったはず、と立ち止まりカバンをごそごそした。
メモを見つけ、中身を確認する。ヨシ、と顔をあげ歩みだそうとした時に
ねこはたまたま横道の光景を見てしまった。

不運にも 偶然にも

 


路地裏に、男がふたりボソボソと話している。
手には何か、金色の小袋を持ちながら。

「これが100だ。」
「そっちは50だ。気をつけろ。貴重品だぞ」

 

何だろう?そう思って立ち止まってしまったのが失敗だったか。
あれが何か気がついた時、ねこはすぐさま立ち去ろうと思った。
男達に気がつかれないうち、静かにー

不運にもトニーに渡された花束がガサガサと音を立ててしまう。
男達は一瞬でねこの方向を向いた。

  

  マズイ、逃げなきゃ

 

「待ておまえ、ダン・ヴィ・ロウの者だな!」

怒鳴り声に震えながらも、ねこは全力疾走でその場を立ち去った。
男もその後を追う。
路地奥にもう片方の男だけが取り残された。
金の粉を丁寧にカバンにしまう。

「・・・ダン・ヴィ・ロウめ。あの豚野郎」

吐き捨てるようにそう言い、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

<シェルのアパート>

 

 俺はこの女が苦手だ。
 初めに見たとき、殺されかけた。それだけで理由は充分だと思う。

 

コチコチ、と時計の針の音が鳴り響く。
キッチンにはシェル、TVの前にはダリア。
お互い話すことも無く、沈黙してねこの帰りを待っていた。


「 ・・・遅いな」

いつもは12時までに帰ってくるねこが、今はもう13時手前だ。
30分ほど前に来たダリアも、ちらちらと時計を見ている。
ダリアはたまに家にやってくる。ねこに会いに来て、花園で一緒に
眠ってたりしている。

しびれを切らしたのはダリアだった。
「花園に電話してみる」と電話を手に取った時、螺旋階段を駆け上る
音が聞こえた。

 

乱暴にドアを開け、ねこが倒れ込みそうな勢いで入ってきた。

「ねこ」

シェルがかけよると、息をきらしながら彼によりかかる。


「どうしよう、シェル。 あ、あたし・・・何かやばいモノを見た気がする」

動転して落ち着かないねこをなだめながら、順を追ってねこの話を聞くことにした。

 

「なんだか、見ちゃいけなかったような取引シーンを見てしまったの。
逃げようとしたら「ダン○○○」って呼びかけられたけど・・
なんなんだろう 怖かった」

「見ちゃいけないって、どんな」

「たぶんクスリの取引みたい」

クスリ、とは麻薬全般のことだろう。梅水地区ではあり得ない話では無い。

「梅水地区の上って西大寺路だろ。
あそこらへんって何か集団がいたはずなんだけどな」

 

ここじゃ何も情報も出ないし、危険なのでねこを黒十字病院に行くことにした。
シェルは服屋の仕事があるからついていけない、と眠たそうな顔で出て行く。
ダリアはねこと一緒に病院についた。

病室を開けると書類の山に埋もれる黒医師がいた。

「ねこ、ダリア。どうした?」

「先生、部屋汚いよ」

ねこに真理をつかれ、まぁいいじゃないか、と話を濁した。
相変わらず医者らしからぬだらしない黒スーツを着て、
「税金対策だ」とかいいながら書類をめちゃくちゃに整理していた。


 

 

「変な奴らに狙われるかもしれない?」

ダリアがうなずく。ねこを追ってきた男の存在が気になるのだ。

「そんな街のチンピラ、俺の病院にいるよりシェルがなんとか
するだろう。あいつ強いらしいぞ」

もっともな意見なのだが、シェルは仕事をぬけられず
ダリアも不安定な仕事の為、預かりどころは黒十字病院が適当だと判断した。

「たのみます ドクター。私が戻ってくる間
彼女をみててください」

ダリアに頼まれると、黒医師はあっさりOKする。


「じゃあねこ、私は花蓮の呼び出しがあるから」

名残惜しい目でねこを見る。


 

 

<東水地区・花蓮のオフィス>

 

東水地区の、小さなビルに花蓮のオフィスがある。表向きは
卸ろしの花問屋のように装っている。

ダリアがそこへ呼び出されるのは初めてで、カメリアの事件以来
何週間ぶりにローズと再会した。

「この写真の女性」

ローズから一枚の写真を手渡された。見てみると、同じ年くらいの
女の人が写っている。

「この人を・・・殺すの?」

ダリアは新しい仕事の依頼かと思っていたのでそう聞いたのだが
ローズはクス、と笑っただけだった。

「できるものなら、そうしたいけれどね。この女はもと花蓮」

「もと?」

「あなたが花蓮に入るちょっと前に、この女も花蓮候補にあがったのよ。
実力に申し分は無かったけど、少々問題があって 除外されたわけ。」

写真をよく見れば、おとなしそうな、穏やかそうな女性だった。
人が殺せるような人間には全然見えなかった。

「この女、ソニアはその件で花蓮を恨んでいる。だから
新しく入ったダリアにも一応話しておいたほうがいいかと思って」

 ソニア、か。

「わかった。」

もう用は無さそうだったので帰ろうかとしたが、ふと、ローズなら知ってるかもしれないと
聞いてみることにした。
今朝の、西大寺路の事件のことを。

 

「西大寺路・・・BUNCH OF PIGSのことかしら」

「バンチ・・・ピッグ」

「”バンチ オブ ピッグス”。豚の群れって意味よ。
あの辺りを仕切ってる、集団・・・ていうのかな。自分達のことを
そう呼んでるの 」

ローズは、カタカタとキーボードを打ちながら
なにやら検索し始めた。その打ち方は、たどたどしい。
慣れていない、もどかしい手つきなのが不似合いだった。
ダリアは思っていたよりローズが色々話してくれるので
意外に感じた。冷たい人、という印象しか持っていなかったのだ。

「ああ、わかった。その豚集団の統率者が、煙たいことに
なっているんだ」

ローズはディスプレイをダリアにむける。
新聞記事の、データベースだった。

”西大寺路と東路、中央交差点を争う”

「西大寺路と東路・・・?」

ダリアは、この街の地名は詳しくない。


「西大寺路に豚の集団がいて、東路という道にも他の集団がいるのよ。
西大寺路の豚集団と、東路の集団が道と道が交差するテリトリーを
取り合っている、ってことよ。」

「取り合い・・・」

 

  東と西の、争い。

  その一部をねこは見てしまったのかな。

 

ダリアは眉をひそめた。事態は思っていたよりも悪いかもしれない。

 

 

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