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03

<黒十字病院>

「なんだ ぼーっと突っ立って。風邪でもひいたか?」

病院の戸口を開けると梅水花園のボーイ、ライが立っていた。
黒医師が声をかけると「重たくてドアが開けられなかったんだよ」とライは答える。
両手に大きな木箱を抱えながら、どうやってドアノブをとろうか考えていたようだ。

「トニーさんがこれをドクターに持って行けって言うからさ」

木箱を机におくと、ライはため息をついた。開けるとその中には
ワインが4本入っている。

「おお、トニーも気が利くな。ちょうど酒がきれてたんだ。
・・・しかしおまえ、これくらいで重いか?」

少しは鍛えろ、と言わんばかりの目線にライはブルブルと首を振る。

「ドクター、これ幾らするか知らないの?値段が重たかったの、オレは。」

「ほぉ。いくらだ」

 

二人の話し声を聞いて、ねこが診察室から出てきた。

「あ、ライじゃない。珍しいね」

ねこに気付くと、ライは思い出したように立ち上がる。

「ねこ、今晩空いてる?お客様なんだ。トニーさんがなるべく来て欲しい、と伝えてくれって」

急な客の報せだったが、ねこはそれにうなずき夕方から花園に行くことを決めた。

 

黒医師が買い物に出かけてしまったので、ライとねこは二人でお茶を飲んで話をしていた。


「西大寺路でトラブルがあったんだって?」

ライはトニーから、「それとなく様子をみてきてくれ」とも頼まれていたので
ねこにさりげなく聞いてみた。

「うん。なんだか見ちゃマズそうな光景を見てしまって。シェルとダリアがね、今西大寺路に行ってるの」

「西大路路に?」

「そう。ダンという人に会いに。」

 

 

 

<西大寺路 ・ Bunch of Pigs店内>

中に入ると、そこは本当に普通のバーだった。

薄暗い店内にはテーブル席が10組ほど、奥に広々としたカウンターがある。
壁沿いにはソファや本棚が置かれ、5,6人の男女が座っている。
皆一様にシェルとダリアに目を向け沈黙していた。

カウンターの奥に、バーテンが鼻歌をうたいながら立っていた。
背を向けているので顔は見えないが坊主頭なのはよくわかった。

「何か飲む・・・?」

背を向けたまま、坊主頭の男はそう言った。

ダリアは無言のまま、身構える。
それと反対にシェルはあっさりとカウンターに座り「オレンジジュース」と注文した。

”何考えてるの この男!”

ダリアが呆れながらシェルを見ると同時に、坊主頭の男も
カウンターを振り向いた。

 

 「・・・」

 

その男がこちらに顔を見せた時、シェルは思わず顔がひきつった。

  ・・・コイツ、趣味が最悪だ。

普段服を扱う仕事をしてるから、気になるのではない。
どんな目で見ても、目の前に立つ男のいでたちは悪趣味だった。

頭皮には「DAN」と彫った黒い入れ墨。
目はサングラスで見えないが、シェルと同じくらいの年だろうか。
腕をまくったTシャツの柄は、水色の髪の男の子と、ピンク色の髪の女の子のキャラクター風の絵だ。
お世辞にも似合っていない。

 なんだっけ。このTシャツの絵。どこかで見たことがある。幼児向けの・・

そんなことをシェルが考えている内に、ダリアが口火を切った。

「あなたがダン・ヴィ・ロウ?」

坊主頭の男は薄笑いをうかべ、「ソウダヨ」と答える。

「おねぇサンも・・・オレンジジュース飲むの?」

シェルにグラスを置きながら、坊主頭の男はダリアにもグラスをすすめる。

「俺はダン・ヴィ・ロウ。この西大寺路を取り仕切っている。
キジは俺の片腕だ。ずいぶんと手荒いご挨拶だが、一体何の用なの・・・」

ゆっくりと、長すぎる間をおきながらダン・ヴィ・ロウはのんびり話す。その目はサングラスで見えず
薄笑いした口元だけでは、彼の表情は読み取れなかった。

グラスを片手に、シェルはダンの顔、手、身振りに全てに集中して視線をおとした。

 

 

「・・・あなた方西大寺路と、東路が争っていると聞きました。
先日私の友人が西大寺路に紛れ込み、東路との争いを見てしまったようなのです。」


ダリアはねこの名をふせて、先日の経緯を彼にはなした。
あやしい男達を見てしまったこと。
なにか、薬のような小袋を取引していたこと。
それを見ていたことを、気付かれたことを。

「ダン・ヴィ・ロウの手の者だな、とその時言われたんです。
友人は、あなた方集団の仲間だと思われてしまった。
顔も見られている。ひどく、危険な状態になってしまった。」

ダンは身動きひとつせず、ただ黙っている。ダリアは話ながらも、あまりにも
反応のないダンに苛立った。

ダリアが彼の反応をうかがい、少し黙ると初めてダンは口を開いた。

「おねぇサン、目的が見えないよ。俺らに何の用なのさ?」

そう言いながら、オーバーに、手を振りかざす。

「おねぇサンが言いたいのはなんだい。その友達を、俺らにまもって欲しいのか?」

”全くあり得ない話だけどね”と言い聞かせるようにダンは付け加えた。

「君らの争いに、うちのお姫様を巻き込むな と言いたい。
この路地のいざこざを、けして他の地域に持ち込むな、と頼みにきただけだ」

今まで無言だったシェルがそういい、席から立ち上がる。
「行こう」とダリアに声をかけ、入ってきたドアから出て行こうとした。
ダリアもシェルの後を追いドアへ足をむけた時。

「君の頼みを聞くと、俺の頼みも聞いてくれるのかな」

シェルとダリアが振り向くと、ダンがニヤリと微笑みを浮かべていた。

「世の中ギブ&テイクだろ。俺に特典がなきゃぁ、君のたのみも聞かないよ」

「 頼みって?」
「そこのおねぇさんを俺にちょうだい」

シェルが「ハァ?」と聞き返す間もなく、ダリアはひとり店を出て行った。
途中、誰かの肩とぶつかる。「ゴメンナサイ。」そういって見上げると、相手は
キジだった。キジは怪訝な目でダリアをにらみ、「もう二度とここには来ないでくれ」とだけ言った。

路地裏にキジが消えていったころ、シェルも店からでてきた。
少年達の視線を痛いほど感じながら二人は西大寺路をあとにした。

 

「まったく。なにも収穫なかったじゃない」

ダリアはダンのことをおもいかえした。意図の読めない顔、油断ならない動き。
簡単に対処できる相手じゃないな、ということしかわからなかった。

「それよりダリア、一つ質問が」

「なによ」

    それなのにこの男ときたら
    オレンジジュースをのんで、適当に出て行くし。

「あのダン・ヴィ・ロウの着てたTシャツの絵ってなんだっけ。」

「・・・・・キキララ。」

     なんでこんな余裕なんだろう、この男は・・・

聞きたいことはそれか、という圧迫感あふれる表情でシェルを見て、
ため息をつきながらダリアは答えた。

二人は、彼らをつけてくる背後の影に気付かなかった。

 

 

 

<ダンの部屋>

 

「ダン ちょっといいか」

キジが戸口に立っている。ダンは読んでいた雑誌を膝に置いた。

「おまえさっき何処か行ってた?」

「あの男と女の後をつけてた。あいつら、どこへ帰ったと思う?」

いつも無表情なキジが珍しく興奮している。
ダンが「どこに?」答える間もなく、キジは話はじめた。

「黒十字病院だよ。そこにな、女の子がいた」

ほうほう、と調子にのって相づちを打つとキジが鬱陶しそうな顔をするので
ダンは黙って聞くことにした。

「その女の子、誰だったと思う。俺が外で様子をうかがってたら、 病院に車がやってた。
その子は車にのっていった。後を追ってったら、あの梅水花園に入っていったんだ。」

「梅水花園?」

「その子は娼婦の感じはしなかった。なのに娼館に入っていった。
俺が思うに、あの子が”眠り姫”なんじゃないかと」

「眠り姫?」

「梅水花園の有名な女じゃないか」

「アァー・・・聞いたことあるぞ。政治家とかも来る女なんだよな。
やっぱり綺麗な女なの?」

ダンがわくわくして聞くと、キジは少し返答に窮した。

「・・・子供のような」

「へ?」

「ダン、とりあえず一度会いに行ってみろよ。梅水花園の眠り姫に」

キジの提案は突拍子もなかった。


「高級なんだろ?誰がその金を払うんだよ」

「誰が金を払って会いにいけといった」

キジは不敵な笑みを見せなが「任せとけ」と言い残し部屋を去っていった。

ダンはベッドにねころび、読みかけの雑誌を開く。ふぅ、とため息をつき
サングラスを外した。

「全くどうでもいい話ダネ」

そうつぶやいて、雑誌のページをめくる。
ダンは縁遠い娼館の少女より、昼間店にやってきた二人組、特に女のことを思い浮かべていた。

 あの女が傍にいれば、店も客が増えて儲かるだろうになぁ

そんなことを考えながら、彼は眠りについた。

 

 

 

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