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03

黒十字病院の待合室ソファー


 

 

 

<西大寺路 地下鉄 PM1:00>

「ここが西大寺路か・・・」

地下鉄を降り、ねこが書いた地図を片手に地上に登った。
差し込む太陽の光に眼を細め、黒医師は辺りを見回す。


「黒先生、ココだよ!」

背中からねこが声がする。振り返ると車道の向こう側でねこが手を振っていた。
黒医師は車道を渡り、近づくねこに持っていた薬瓶を渡した。

「なにこれ」

「家に帰ったらシェルに渡しておいてくれ。具合が悪そうだったからな。」


「具合が?」

様子がおかしかったことは伏せ、ねこには二日酔いでフラフラだったことだけ伝えた。
ねこは少し安心した顔をして、薬瓶をジャケットのポケットに閉まった。


「ここから5分くらいでつくよ。もうダリアもきてるよ」

「そうか・・・」

黒医師は歩く速度を上げ西大寺路を歩き出した。


 

 

 

<Bunch of Pigs  AM12:40 黒医師が着く20分前>

 

「ダン、来た」

キジはパソコンのモニターを見ながらダンに合図した。
昨日のうちにセットしておいた隠しカメラが、店のドア前に立つアツシの顔を映し出す。

その顔は確かによく似ていた。弟だから、と先見の眼もあるだろうか
その眼や髪の色、全体がダリアとよく似て美しい。
美しいという表現もおかしいが、それでも似ているなとキジは思った。

カメラに写るアツシは不安そうに店内を覗いている。

「おい ダリア、こいつだよな?」

キジは画面に現れたアツシの様子をダリアに見せた。
そのアツシの不安げな表情を、ダリアはただ黙って見続けるだけだ。

・・・無視かよ・・・

キジはため息をつきながらモニターを切り替えた。
店入り口のカメラから移る風景を後に残し、店内数カ所、店外に大通り二つ分くらいは
カメラをつけている。

 


「アツシ、おいで」

店のドアをあけたのはダリアだった。
いつもと変わらないウェイトレスの格好でアツシを奥のソファに座らせる。

「いらっしゃいませ」

ダンは店主らしく声をかける。キジの必死の制止があってか、キャラクターTシャツは着ず、
今日は普通のボーイの格好をしている。

ダンは横目でアツシの様子を観察した。
すこし緩やかなクセがかかった黒髪に、ダリアと同じ黒い瞳。
その眼がとてもよく似ていた。
何かを憂うような、諦めるような、それでも意志の強そうな眼だ。

この世には美しい姉弟がいるもんだ、と感心していると
店のドアがもう一度開き、ねこが入ってきた。
後ろに見慣れぬ男を連れている。

ねこはカウンターに 近寄ってきて、小声でダンに黒医師を紹介した。
「先生、こちらがダンだよ。
ダン、こっちが黒先生」

この男が黒医師か。初めてあったが想像通りの風体に
ダンは少し笑ってしまった。

「やぁ先生 どうも。 まあ座っていって下さいヨ」

黒医師とねこをカウンターに座らせ、座席奥のダリア達の様子から目線を離さなかった。


今見たところただの少年だ、としか思えない。少し気が弱そうで
ダリアと同じ綺麗な顔を持っている。 では彼女の・・・弟決定か?

そう思うと、なんだかしっくり来ないダンだった。

何かが引っかかってる。

 

「あれは整形か?」

ふと耳元で黒医師が呟いた。キジのモニターを見つつ、黒医師はアツシの顔を吟味してるようだ。


「整形・・・てあんたそういうことも分かるの?」

「いや、勘だ。俺の友達で整形外科をやってる男がいて、そいつに何度か、手術前後の患者の写真を
見せられたことがある。何枚か見てたらわかってきたんだよ。コイツは整形した眼だな、とか」

「で、アツシは整形なの?」

ねこがモニターをのぞきながら会話に割って入る。

黒医師はメガネを外して、ため息をついて答えた。

「恐らく、ちょっといじってるな。わざとアツシに似せたような
整形の仕方なんじゃないのか。」

「なんでそんなことを・・・」

 

 

 

<Bunch Of Pigs ダリアとアツシの席>

 

先に口を開いたのはアツシだった。

「姉さんはこの店で働いているの?」

「そうよ。先週からここでバイトしてるわ」

「そっかぁ 僕は全然知らなかったな。たまたま駅で
姉さんを見ることができて良かった。」

「そうね・・・」

ダンが運んできてくれた紅茶のカップに一つ砂糖を
いれてかき混ぜる。ダリアはアツシの話す言葉一つ一つを
聞いていると涙が出そうになっている自分に気付いた。

私の弟かどうか分からない、とダンに言っていた。


それでも

弟であってほしいと

思っているのだ。

この弟がどんな目的で私に近づいてきたとしても

 

ダリアの中に奇妙な感情がわいた。
弟の為に花蓮にはいり、吐きそうなくらいの仕事をしてきた。
そこに、今目の前に弟のような男がいる。
ならば、それでいいのではないだろうか。

疑いも何も要らない。

私の弟だと言っているのだから・・・

 

 

数10分話した後、ダリアは花蓮の呼び出しがあるからとダンの店を出た。
ダンはその様子をじっと見て、部下にそろそろ尾行の準備をしろと連絡を回す。

紅茶を飲んでたアツシもカップを置き、自分のコートを着だした。

「お客様、もうよろしいですか」

ダンがカップを下げにくる。

「ああ、もういいよ。姉さんがお世話になってます。」

そういって、アツシは軽く頭を下げた。

「お邪魔しました。」

ダンにそう言い、アツシはBunch Of Pigsを後にした。

 

 

 

 

 

<Bunch Of Pigs 店前>

 

 

   確かめなければ

 

 

シェルは一度家に帰ったものの、西大寺路の様子が気になったので
重い足取りで店の前にやってきた。

シェルが店に入ろうか迷っていたころ
店のドアが開く音がした。
階段を上る音を耳にし、その階段を上る男の顔を見た。

薄暗いBarの階段から上ってきた男は、シェルのよく見知った顔だった。
いや、面影をよくしっていたといっても良いかもしれない。

「あつし・・・か?」

アツシは、シェルに急に問われてビックリした表情を見せる。
いぶかしげに彼を見つめ、 それから「そうかぁ・・・あんたか」と呟いた。

「おまえはあつしなのか?」

必死の形相で問うシェルとは反対に、あつしは何か面白いことを見つけたように
クスクスと笑った。

「僕が篤志じゃないってこと、一番知ってるのはアナタでしょう?
・・・いや、セイ。」

「おまえ・・・誰だ。
何が狙いなんだ。ダリアの前に現れて、何をする気だ」

シェルが詰め寄ると、アツシはニッコリ笑いながら「今でもオレンジジュースは好きなの?」と
聞いてきた。

その言葉に、体が固まった。

「セイ、もう少し静かにしててくれよ。その話は僕の仕事が終わってからね」

そう言い残してアツシは地下鉄の方向へ歩いていった。
ダンの部下だろうか、数名彼の尾行らしき男が
うろうろしながらついていく。

シェルは店の外壁に背中から崩れ混み、そこに座り込んだ。

 『今でもオレンジジュースは好きなの?』

先ほどのアツシの言葉が頭の中でぐるぐる回っている。

 

   あの言葉。

   俺をセイと呼んだ。

   セイという・・・限られた人しか知らない名で、その名前を彼は言った。


   「オレンジジュース」の言葉も口にした。

   ダリアの弟という場所にもぐりこんだあの偽者は・・・

 

 

夕方の突風が吹き足元には水気も無い葉っぱが足にまとわりつき
少し肌寒くなってきたころ 外でたむろしていた客はようやく中に落ち着き
いつのまにかシェルの周りは誰もいなくなっていた。

誰一人通らない西大寺路の隅にうずくまったシェルは
木の葉舞う中でただ一人たたずんでいた。

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