back next

05

仮に彼が篤志だとしよう。

そしたら、私はもう人を殺さなくてもいいのだ。

 

 

<花蓮のオフィス 18:00>

ダリアは重い足取りでビルの階段を上った。
今は弟のことで頭がいっぱいで、とても仕事ができる状況じゃない。

オフィスの扉を開けると、ローズが窓から景色を見ている姿が目に入った。
彼女は静かに振り向くと、無表情のまま「座って」と言うだけだった。

 ・・・この人はどういう目的で花蓮に入ったんだろう。

そんなことを思っていると、ローズは一枚の書類を机に置いた。
なにかの一覧表のようだ。

「そろそろ渡そうと思っていたのよ。
これはね、その一部なんだけど、殺してはならない人物リスト」

「殺してはならない?」

ダリアはその紙に目を通した。知らない名前ばかりだが、
名前と顔写真の一覧が載ってある。

「ここ近辺に住んでいる人たちで、リストに登録されている人たちよ。
大概重要人物ばかり。もし、何かの場合に彼らと接触しても
けして花蓮は彼らを殺してはいけないの」

「どういうこと?」

「彼らは命の保証をしてもらう為に、花蓮にお金を払ってリストに登録しているわ」

ローズの説明は端的だった。
でも、それだけでダリアは意味を理解した。

 

   ・・・なるほど。
   これは命乞いの値段ということか?

   暗殺対象になる恐れのある人物達は、自ら花蓮に「殺されない」保証金を払っている。
   金を払うことで、花蓮からは殺されない保証を得られる。

   そういう儲け方もしているのか・・・。

   ここに名前があれば、助かる。
   名前が無ければ、死ぬのか。


 

命を弄ぶリストだなとダリアは思った。
自分が生死も定かではない弟を探しているのに対し、こんな仕組みが存在するのか。
そう思うと、腹立たしい気持ちになった。

ローズはリストに関してそれ以上何もいわず、珍しく「お茶でも飲む?」と聞いてきた。
今まで何回かここを訪れても、一度も飲み物を出されたことは無かった。

「遠慮する。もう帰るわ。」

ダリアは席をたち、そのリストを手につかむ。
足早に部屋を出ようとしたが、苛立つ気持ちもあって一つ聞いてみることにした。

「ローズ、私の弟に関する情報はまだ一つも無い?」

ローズはいつもの無表情で「そうね」と答えた。
それ以外の言葉は何も無い。

 

 

 

<天青劇場 エントランス>

天青劇場はこの都市きっての大劇場である。
毎夜演劇やオーケストラ、オペラといった演目が行われ
都市を代表する文化の顔でもあった。

その建物の造形は、梅水花園と雰囲気が似ている。
ゆるやかな大理石の階段をのぼりエントランスに入ると、
広がる赤い絨毯はこれから始まるショウへ気分が高めてくれる。

特別な空間への入り口だ。

 

シェルとダンが劇場に着くと、劇場エントランスは高級車がしきりに出入りしていた 。
きらびやかな服をきた人々が一様に劇場横の大ホールへ向かっている。

ちょうど今からパーティが始まる時刻のようだ。

「俺、中に入ってみるヨ」

その様子を眺めていると、ダンは中に入ろうとシェルを促した。

「ダンは行けばいい。俺は入り口付近にいる」

”了解ィ”といいながら、ダンはホール横の小さなビルに向かっていった。


  ・・・金髪のカツラでもかぶりに?

シェルはアツシがひそんでいそうな場所はどこかと
劇場の外を歩き出した。


 

 

 

<西大寺路 地下鉄>

ダリアは地下鉄を西大寺路で降りた。
尾行の結果を聞くため、店に向かい階段を上ろうとすると
傍のベンチにねこがいた。キジも一緒に座っている。

「ねこ」

ダリアの声に気付き、ねこは手を振る。
ベンチから立ち上がりそばに走り寄ってきた。

「そろそろ来る頃だと思った。キジと待ってたんだよ」

「待つ?」

「今から天青劇場に行こう。ダンはもう行ってる」

天青劇場にアツシがいることを聞き、ダリアも即座に
向かうことにした。
ねこと二人、地下鉄に向かおうとしたところをキジが呼び止める。

「ダリア、ちょっと。」

キジは少し迷ってから、やはり伝えることにした。
昼間の医師の言葉を。

「黒十字の医者は、あんたの弟を見て
整形してるんじゃないかと言っていたぞ」

 

 

 

 

<天青劇場 ホール外壁>

 

夜の劇場は、庭の木々がライトアップされ美しい。
いつもなら観劇の客がにぎわう場所なのだろうが
今日は人ひとりいなかった。

シェルは虫の音をききながら、庭を歩いていた。

  少し前に、ねことここに来たな

  あの時はオペラを見て、それから、この庭で写真を撮った。

正面の赤いライトが照らされた花を眺めた。闇夜に浮かぶ赤が際だつ。
その花の名前は知らないが、大輪の赤い花は力強さを感じる。

  
  どうして気付かなかった?
  どうして俺は−・・・


近くで足音が聞こえた。誰かの伸びた人影が
シェルの目に入り、顔をあげる。
その花の向こうに、誰か立っていた。

暗闇に一人、アツシがいた。

「・・・やぁ」

アツシはシェルを見つけると、ニコリと微笑んだ。
その微笑みは、シェルの嫌いな笑い方だった。
醒めた目で、口元だけ歪ませた笑い方。

「あの男はどこにいる」

シェルはその微笑から目をそらし
声を落としてアツシに尋ねた。

「とても近くにいるよ」

シェルがその答えに周りを見渡したので、
アツシは 笑いながら訂正した。

「ああ、この街にいるという意味だよ。今ここにはいない。
セイがこの街にいたことも、彼は知らなかったみたい」

ではどうして俺を、と言いかけたシェルを止め、
アツシは楽しそうに説明し始めた。

「二週間前、大きな事件があったよね。
都市高速で、西大寺路の少年集団の銃撃戦。
あれがきっかけ。」

   二週間前。

「あの時、セイはその場にいた。
西大寺路のボスをおさめた写真には、君も写っていた。
それを、彼は見つけたんだ」

 

   西大寺路の争い。

   見つけられたのは 俺。

 

「僕が君の前に姿を現したのは、たまたまだよ。
彼は君に会いたがっているけど、僕に何も指示はしてない。」

アツシの説明は、もう耳に届かなかった。

言葉が出ない。


もう二度と会いたくないと思っていた。


なのに、既に俺は見つけられていたのだ。

 

 

back next


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送