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06

<天青劇場 エントランス>

 

ねことダリアが劇場に着いた頃、入り口に人はまばらだった。
奥のホールからにぎやかな音楽が聞こえてくる。
ねこは背伸びしながら中の様子をうかがってみる。

「ダリア、もう何か始まっているみたい」

「私は中に入ってみるわ。でもねこは・・・」

そう言って、ダリアはねこを振り返る。
ねこはその意図を理解してるかのように頷いた。

「私が1時間して戻ってこなければ、ねこは家に帰って」

「わかった。ダリア、気をつけて」

見送るねこを背に、ダリアは天青劇場の門をくぐりぬけてホールへ歩き出した。
それを、「待って」とねこが呼び止める。
ダリアが足を止めると、ネコも近づこうと二歩ほど進んで歩みをとめた。
ダリアの目を見ながら迷ったように。、だが決めたようにねこはこう言った。


「アツシは、・・・ダリアが彼を弟だと思うなら、
あの人はきっと篤志だよ。たとえ
そうでなかったとしても 」

 

   たとえそうでなかったとしても

   彼は私の弟?

 

 

 

<天青劇場 大ホール>

 

ダリアがホールに入ると、中は着飾った人達であふれかえっている。
ホール1階でアツシがいないか探そうとしたが、とても人一人見つけられる状態ではなかった。

どこか見下ろせる場所はないかと天井を見ると、ホール全体を包むように二階が回廊になっていることに
気づいた。 二階への階段をのぼり人気のない回廊を歩くと、確かに下の様子が良く見えた。

ダリアは回廊を真ん中ほど進み、そこで壁にもたれながらアツシがいないか探し始めた。

  ・・・アツシ・・・

階下では誰かがステージで挨拶をしている。人々の視線がステージに向いているので
ダリアの位置からよくみえた。


  ”ローズ、私の弟に関する情報はまだ一つも無い?”

             ”そうね”

     ”黒十字の医者は、あんたの弟を見て
      整形してるんじゃないかと言っていたぞ”

  何人もの言葉を思い出し、混乱し始めている。
  彼が弟なら、どうしてローズはその情報を知らない。
  彼が弟なら、どうして整形して私に会いに来るのだ。

  弟なら・・・・私の弟の篤志なら、 ・・・どうしてあんなに穏やかな顔をしている。

突然、会場内に拍手がわき起こった。


「時間だな」

急に、隣に立つ男が話しかけてきた。
いつのまに傍にいたんだろうか、まったく気がつかなかった。
そちらをチラリと見て、ダリアは思わず目線を止めた。
予想外に綺麗な青年がそこには座っている。 潤んだ青い目、すっきりとした顔立ち。
美術館に飾られる絵の中にいそうな青年だった。

   ・・・誰?

こちらと目があいそうになったので、ダリアはさりげなく目をそらした。
青年は、ダリアをじっと見ている。

    ・・・何・・・なにか 怪しまれることでも したかな・・・

とにかくここを離れたほうがいいな、そう判断したちょうどその時、
パーティ会場の入口にアツシの姿が見えた。

「ホラいたぞ」

また、金髪の青年が話しかけてくる。
ダリアはその場を立ち去ろうとした。が、 ダリアの腕を青年が掴んだ。
すぐさま彼の手に攻撃をくわえようとしたが、その手を軽く払いのけられる。

    この男 何者・・・?

ダリアがたじろぐと ニヤニヤして青年はしゃべり続けた。

「おっと、ここでノックダウンされたら俺の恥だからな。 
 いいのかよ、俺ばっか見てて。弟を見に来たんだろ」

どこかで聞いたことのある声だ。

「マダわかんないの?俺様だってば」

青年は胸ポケットからサングラスを取りニヤリとしながらかけてみせた。

「・・・・アッ??」

思わず顔をしかめたダリア。

  嘘。信じられない。


目の前の美形の青年は、サングラスをかけるとよく知った顔に変身した。

「ダンー!?」

「俺様のカッコよさに言葉もねぇな。この金髪はカツラだぜ。じゃあ行こう」

「行くって 何 あんた何する気よ・・っ」

わけもわからずつかまれた腕を引っ張られ、ダンとダリアは会場の外へ出た。
連れてこられたのは会場入り口。そこまできて、ダンは「あれ?」とつぶやいた。

「シェルが消えちったな。あらら」

  シェルも来てるのか

「ダン、離して。だいたい何よ、その格好。
私がバイトしなくてもダンの素顔で客寄せできるじゃない」

今言うべきことでもないが、ダンが何か余裕そうなところが気に入らない。


ダンは回廊奥にもたれかかりポツリと話した。

「俺ねぇ、ダメなのよ。この顔。
自分で見ると吐いちまう。」

「え?」

そう言いながらダンはサングラスをかけ直した。深く、しっかりと。
何か戒めるように、ぽつりとつぶやいた。

「もう何年も自分の目を見てないのサ」

 

 

<天青劇場前 コーヒーショップ>

 

ダリアを見送ってから時計を見ると、まだ8時にもなっていなかった。
1時間も外に立っているのもねこは退屈なので、何か飲もうかと思い
近くのコーヒーショップへ入ろうとした。

「あれ」

ねこは前を歩いているのがシェルだと気付いた。


「シェルー!!」

後ろから呼ぶと、シェルは歩くのを止めゆっくりこっちを振り返る。
その表情は、すこし疲れたように見えた。

「・・・ねこ」

「シェルここでどうしたの?」

「ああ、ダンと今ここに来てて・・・それで」

  ・・アツシの偽物に会って・・・

正直には伝えられなかった。

「それで?」

「・・・ああ、コーヒー飲みたかったんだ」

そう言うと、ねこは「OK」と言ってにこにこしながらコーヒーショップに入っていった。

「もうすぐさ、ダリアが帰って来るから、そしたらウチに帰ろうよ」

ウチという言葉がなんだかとっても暖かいものに感じた。


 

「なんだか会うのが久しぶりだね」

ねこはそう言いながら、コーヒーカップを持ってきた。
自分のキャラメルミルクを飲みながら、ブラックをシェルに手渡した。
カップをもって奥の席に座るとシェルは心底ホッとしてしまった。

さっきまで呆然とこの街を歩いていて、
どうすればいいのかも わからなず放心していたのに。
なんのためらいも無く隣に座るねこを見て
暖かい気持ちがよみがえってきた。

「ねこに会うのは二日ぶりだなぁ・・・」

 

その二日は長い時間だった。
その間にアツシと会い、
あの男の存在までが現実のものとなった。


願わくば、知りたくはなかった。
で も現実として知ってしまった。

”みつからなければ”、”逃げおおせば”、そんな方法を考えたけど
あの男と出会わずして生きていくことは不可能だと思った。
活路が見いだせないでいる。

どんなに時間を戻せたらと願う

あの罪を起こす前に戻って

あの時の俺を止めて欲しい。


でも俺は知っている。
どんなに願っても、一度起きてしまったことは戻すことはできないのだ。
ねこがカップからこぼしてしまった大好きなキャラメルミルクでも。

こぼれれば、二度と同じ形にはならない。
コップだって人間の罪だって同じ。


壊れれば、前ある状態になんか
戻るはずもないのだ。

 

 

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