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08

あの時弟を守れるのは私しかいなかったのに

永遠に夜も来ない ましてや 朝も迎えられない

そんな悲痛な瞬間を共にした弟を

私はどうして 最後まで守れなかった?

 

 

 


 

8.                                                  

<路地裏の倉庫>                                                

天青劇場からの騒ぎから逃げ出し、一旦隠れた場所が古びた倉庫だった。
アツシは息を切らしながら倉庫に入り、ポケットにあった煙草を手に取る。

数分と経たず、足音がバタバタと聞こえてきた。


アツシが振り向くと、倉庫の中に入ってきたのはシェルとダリアだった。
二人の顔を見て、アツシは半ば呆れ顔で彼らを出迎えた。

「どうしてついてくるのかなぁ・・・」

本当に意外そうに、彼は言う。

 

 

息も切れ切れに倉庫に入ってきたダリアは、アツシの不思議そうな物言いに眉をひそめた。
アツシのその表情には罪悪感のかけらもなかった。
ついさっき、銃口を向け誰かを殺そうとしていた人間とは思えない。

「アツシ、何をしようとしてたか判ってるの?
どうしてあの人達を殺そうとしてるの。
何が狙いなの?」

ダリアが声を荒げるのに反し、アツシは平然としていた。
その様子を脇から見ていたシェルは、一人小刻みに首を振る。

   ・・・・似ている。

自分の犯そうとした罪の重さも分かっていない。
そんなアツシの様子が、あまりにも昔の自分に似ていた。

 

詰め寄るダリアを鬱陶しそうな顔で見ながら、アツシは口を開いた。

「姉さんだって殺したじゃないか」

その言葉に、ダリアはギクリとした。・・・自分のしたことを、弟は知ってる。?

「天青劇場で、姉さんも人を殺した。僕が同じことをしても、姉さんに咎める権利は無い」

「・・・・私は!・・・やりたくてやったんじゃない。あなたを探す為に」

「僕はアツシじゃないよ」

ダリアの必死さを軽く払いのけるように、けろりとアツシは言った。

 

その言葉に戸惑うダリアから目を移し、アツシは物言いたげな目でシェルを見た。
手を広げて見せて、薄く笑う。

「 あーあ、姉さんはどうして劇場にいたのかな。
 あなたがあの場にいなければ、もう少し長く姉弟ゴッコが続けられたのに。
 それももう終わり。・・・話してもいい頃か」

そう言うと、服についたホコリを払いのけ、倉庫に転がっている木箱に腰掛ける。
持っていた煙草に火をつけ、一息おいてアツシはしゃべり出した。

 

「姉さんは状況がわかってない。
自分のいる場所も、自分のその価値も」

「価値・・・?」

シェルは二人の会話を聞きながら、何故、と思う。

   どうして偽弟とバレてもまだ姉と呼ぶ?

シェルはアツシの行動が不可解だった。容姿を似せるまで用意周到な準備をして
偽弟として姿を現したのに、すぐに自分の正体を明かす。
さらに、これ以上何を話す気なのか。

   ・・・まさか・・・

アツシはシェルと目があうと、またニコリと笑った。

   ・・まさか、俺のことを話す気なのか。   

「これからも僕のような奴が現れるよ
あなたは今注目の的なんだ」

「アツシ、意味がわからない」

「僕はあなたをずっと観察していたから、よくわかる。
姉さんは自分の立場が嫌なんだ。だから、どういう状況にいるかわかろうともしていない。
だからあなたはそのままなんだ。花蓮を疑いもせず、自分の存在価値も知らない。」

「私の価値?」

    −やめろ、言うな!

「姉さん、あなたのそばには」

    −聞くな  聞いちゃいけない

シェルは、アツシの言葉を遮ろうとした。だが、その時。

風を切るような音が、耳をつく。

天青劇場で聞いたような、微かな発砲の音と似ている。
ダリアもそれに気づき、あたりを警戒する。

入ってきた倉庫入り口を振り返ると、背後でドサッと音がした。
音の方向を見ると、さっきまで木箱に座っていたアツシが床に転がっている。

「アツシ? どうした・・」

アツシの背中から、血があふれていた。

「!!」

「シマッタ・・・俺不合格なん・・だな」

アツシはうずくまりながら、諦めたように言った。

 

 

アツシに駆け寄るダリアをその場に置いて、シェルは入り口から外へ出た。微かに足音が聞こえる。
走って倉庫の裏に回ると、塀をよじ登る人影が目に入った。
シェルの足音に気付いてか、人影は急いで塀を乗り越えようとしている。

「待てッ動くな!」

シェルは地面の小石を拾い人影に狙いさだめる。
5Mくらいの間合いをつめたが、電柱のライトが逆光して塀の上の人物は誰かわからなかった。

「この距離なら確実に頭部に当てる。怪我をしたく無ければ、おとなしく降りてこい」

塀の上の人物は、微動だにしない。手に銃も持っていないようだ。


「聞いているか?今すぐ降りろ」

人影は塀の上から一歩も動かなかった。
だが、ゆっくりと手を持ち上げ大振りな拍手をし始める。

   なんだ こいつ?

拍手をし終え、場に静けさが戻ると突然人影が喋った。

「 『その場にあるものを全て駆使せよ』
 いい子だ。今も私の教えを守っているみたいだな。」


その声を聞いた途端、シェルは全身に悪寒を感じた。
体中の体温を奪われるかのような、ぞわりとした感覚が彼を襲う。

「残念だが、まだ君と会う時では無い、今はまだ」

そう言い残し、人影は塀の向こうへ姿を消した。
その場に一人残されたシェルは、ぺたりと地面に座り込む。
持っていた小石を固く握りしめ、それでも手は震えていた。

 

<路地裏の倉庫 付近>

「キジ、どこかわかる?」

『そのまま北上して、広い建物だ。それ以上はわからない』

ねこは公衆電話の受話器をおろした。アツシの居所を追えば、シェルとダリアもいる。
ダンとともに、彼らを捜していた。

「北の広い建物にいるって」

「広い建物・・・アレか?」

ダンは路地奥の大きな倉庫を指さした。ねこもうなずき、二人は倉庫に向かって走り出した。

「ネコちゃんは気にならないかい?」

走りながらダンはねこに尋ねる。「なにを?」とねこが聞くと、少し考え込んでからダンは続けた。

「シェルさ。いつも我関せずなあの男が、妙にアツシに関しては食いつきがいい。
怪しいと思わないかい」

「・・・」

ねこは答えずに走り続けた。

 

 

 

<路地裏の倉庫>

ねことダンが倉庫に入ってきた時、ダリアは地面に座っていた。
何か、膝に抱えている。

「ダリア?」

ねこの呼び声にゆっくりと顔を向ける。その頬は血がべったりとついていた。

「ダリア!?怪我したの?」

ねこが駆け寄ると、ダリアが抱えているのはアツシだと気がつく。
アツシの周りに血だまりができているので、即座に傷を負ったのはアツシだとわかった。
そして、もう虫の息だということも。

 

「・・・いい・・か、姉さん。ほ・・花蓮を・・・信用するな。」

途切れ途切れに発せられるアツシの言葉が暗い倉庫に響く。

「 花蓮は・・・アツシの情・・・報は
 か、皆無だと、言ってない・・・か?
 僕はアツシの写真を・・、それを見て顔を変えた。
 アツシは、きっと今も・・・生・・・きてる。」

血まみれの手でポケットを探ろうとする。ダリアはその手を握りしめ、
彼のポケットに手をいれると、一枚の写真があった。

ボロボロになってはいるが、それは篤志が映っている写真だった。
ダリアの記憶よりも年を重ね、成長した篤志。
目の前にいるアツシと、そっくりな篤志の写真。

「裏に・・・住所・・ここに、俺をアツシに仕立てあげた奴が・・」

  ”ローズ、、私の弟に関する情報はまだ一つも無い?”

  ”そうね。何も無いわ”

確かに、ローズは言っていた。アツシの情報は一つも無いと。
ならばどうして成長した篤志の写真がある?

「花蓮を・・信用しても・・・無・・駄」

「アツシ、しっかりして!」

その目が虚ろになっている。ダリアは必死に彼を揺り起こした。


  死なせちゃいけない。もう二度と 弟を手放しちゃいけない。

「アツシ、アツシ!!」

宙を泳ぐその目は、次第に動かなくなっていく。


「忘れるな」

そう、唇が動く。そのまま彼は静かになった。

 

 

 

 

入り口から足音が聞こえる。シェルが静かに倉庫へ入ってきた。
無言でアツシのそばへ歩み寄ってきた。

頭をかかえこみ動かないダリアの肩を、ねこがそっと抱き締める。
小さくうなずいて、肩に添えられた手に手を重ねた。

「ねこ、彼を黒十字病院へ運んでくれる?」

「え、ダリアは」

「私はこの住所へ向かう」

抱えていたアツシをゆっくりと床に寝かせ、ダリアは立ち上がる。
スカートから染みついた血がポタリと落ちた。

「ダリア」

ダンが声をかけたが、見向きもせずに倉庫から出て行った。
その姿が見えなくなりかけたころ、畜生、とシェルは吐き捨てるように呟く。


「ダン、ねこを頼むぞ」

「お、おい、シェル!!」

シェルはダンの呼び止めも聞かず、ダリアを追いかけ走り始めた。
アツシの示す場所に、彼女を一人では行かせられない。

 

 

 

 

< 写真の裏の住所 小さな古ビル >

写真の裏に書かれた場所は、小さなアパートだった。
シェルがダリアを追いかけてその場についた時
既にその部屋はがらんどうだった。

もともと何も無い部屋なのか、即座に痕跡を消されたのか。

ただ小さな部屋に残されたパイプ椅子には
一枚のメモが残されている。

ダリアがそれを手にし、目を通してから投げ捨てた。
それを拾うとメモにはこう書かれていた。


”再会を楽しみにしている”

見慣れた文字と、その言葉。
自分に向けられたメッセージであるということが、シェルには嫌というほどわかった。

 

「一体誰が・・・。こんな・・・こんな手を使ってまで・・・」


呆然とするダリアと、苦い表情で立ちすくむシェル。

空虚な部屋に、それと反した暖かい西日が差し込む。  
シェルのその手は、まだ震えていた。  


   

 

(NEXT ---> CHAPTER 4 LAST STORY)

 


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