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Chapter501

 

Letter of invitation


それは、一通の招待状。

 

 

 

 

<梅水花園 フロント>

月曜の夕方。
フロントに立つライは予約表めくりながら大あくびをしていると、入り口から軽快な足音が聞こえてきた。

真っ白なスーツを着た中年男性が入ってくる。
長身にひょろりとした体格、いつも真っ白な服でやってくるこの男性は
名前もシロノという。ライが密かに面白い人だと思っている客だった。


「いらっしゃいませ。シロノ様、本日は・・・」

「ああ、ライ君。Mr.トニーはいるかな」

「は。フロントのですか」

間抜けな質問をしつつも、トニーを内線で呼び出す。
トニーは休憩中だったが、数分でフロントに現れた。

シロノはトニーとにこやかに挨拶すると、すぐに「話があるんだが」といいながら
二人とも応接室に入っていった。


 

「・・・いったい何の話?」

トニーとシロノの姿を見送りながら、ライはシロノの顧客データを引き出した。
彼は先月訪れた時、眠り姫を指名している。

「ねこの話かな」

ライは顧客帳を閉じ、お茶の用意にかかった。

 

 

<シェルの働く店>

「ええ、そうでございますね。はい、ええ・・・」

店長が奥の控え室で電話している。
猫なで声でしゃべっているときは、大概上客相手だ。
もう10分ほど話している。
シェルは時計をながめて店の外灯のスイッチを切った。


”店長、時間なんで上がります”

手振りで彼に伝えると、こっちへこいと手招きされた。


「梅水花園のトニー様からおまえに電話だ」


ホラ、と受話器を渡される。

「俺ですか?」

「そう、シェルに。おまえが閉店の作業してるから
僕がトニー様とお話していたのだ。」

「・・・俺あての電話であんたそんなに喋り続けてたのか」

それが何か? 店長はそんな顔をしているので
これ以上相手にせず受話器をとった。

「あー、おっさん。俺だけど」


『シェル、話があるんだが仕事が終わったらこれないか』

「ハナシ?」

 

とにかく来てくれ、と言ってトニーは電話を切ってしまった。


 

 

<梅水花園 フロント>

シェルがフロントに姿を現すと、すぐさま警備の男が近寄ってきた。

「トニーさんが応接室でお話中です」

案内されるがままに中へ入ると、トニーと、上座に白いスーツを着た男がいた。
その男はシェルを見るなり立ち上がり、スッと名刺を差し出した。

「君が眠り姫の保護者のシェル君だね。私はシロノと言います。
 こういう者です」

怪しげなセールスマンの口調で軽快に挨拶し、握手までしてきた。
シェルはいぶかしげに名刺をみると、そこにはこう書かれている。

”学園法人 理事長  白野真人”

  学園?

「シェル、座って。実はシロノ様は眠り姫の顧客なんだ。
先日東水学園の理事長に就任された」

  ふーん・・・、それと俺に何の関係が?

シェルがソファにすわると、シロノはごそごそとカバンを引っかき回し
パンフレットを取り出し机にポンと置く。『入学案内』と書かれている。

トニーをみると、いつも以上に真面目な表情で同じパンフレットを熟読している。
いつのまにかライがお茶を持ってきて、シェルの前にカップを置いた。
軽く礼を言うと、ライは困った顔で何か言わんとしていたがよくわからなかった。


ライが出て行き、シェルは出された紅茶に手をつけながら
シロノに聞いてみた。


「あの、俺に何の用ですか」

「実はですね、先日私が理事長に就任したことで
決意したことがあるんです。前々から思っていたんですが」

シロノは身を乗り出して、机の入学案内を広げた。

「我が学園に眠り姫を入学させてはいかがでしょうか?」

「はぁ??」

飲みかけの紅茶を思わずこぼしそうに、なる。

 

 

<黒十字病院>

 

ねこの第一声は「ええー?」だった。
ものすごく嫌そうに。

 

「はっはー ねこが学生にか。笑えるっつうか、想像わかんな。
制服姿」

黒医師の第一声はこれだ。

「黒先生、笑い事じゃないですよ。
シロノさんのご好意なんですから」

トニーが笑いこけてる黒医師を制している。
ねこの様子を見て、やっぱり断ればよかったかな、とシェルは思った。

「つまり何だ、シロノっていう理事長は
ねこに学生体験でもさせたいってことだな」

「黒先生、違いますよ。シロノさんは気付いたんです。」

「何に」

「ねこが漢字の読み書きがあまりできないことに」

   ・・・俺も知らなかった。

「読み書きなんていいじゃない、生きていけるもん」

ねこが横ヤリをいれると、トニーはキッとにらみつけた。

「ねこに読み書きをまともに教えなかったのは
親代わりの私の責任でもあるんだよ。
ねこ、学校へ行っておいで」

「うぇぇ・・・・」

そんなトニーの様子を見て、やっぱり断るのは無理かな、とシェルは思い直した。
シロノに教育不足を指摘されたことが相当ショックだったらしい。
トニーは断固としてねこを学校に入学させる気になっている。

花園を出るときに『ああなったらトニーさんは誰にも止められないんだよ』とライが言っていた。
本当にその通りかもしれない。

 

 

 

<西大寺路 Bunch of Pigs>

次の日の午後。ねこはランチタイムが終わった頃に店に訪れた。
中ではいつも通りダンとキジが喋っている。


「ダリアいる?」

「まだ来てないヨ。夜には来るんじゃないカナ」

「そっか・・・。ねぇ、私大変なことになっちゃったよ・・・」

いつになく遠い目になっているねこの様子に、キジとダンは顔を見合わせた。

 

「また変な展開ダネ。今更学校に通うのかぁ」

「東水学園・・・て東水地区にあるやつだろ。この都市で唯一私立の」

キジは入学案内のパンフレットをつまらなそうにめくった。

「学校ってみんな同じ服を着て行く場所でしょ。私なんだか嫌だなぁ・・・」

「まぁ全てが楽しい場所じゃないケドね。出会いもあるんじゃないカナ」

ダンが小さい子に言い聞かすように話している。

「いつから行くんだ?それまで勉強みてやろうか。学校で出そうな勉強。」

キジが助力を申し出ると、ねこは「本当?」と嬉しそうな顔をしたあと、思い出したように顔を曇らせた。

「来週からなんだ、学校・・・」

「それまた急な展開ダネ・・・」

三人はパンフレットに写っている学園写真を眺める。


   学校なんて、私には縁の無い場所だと思ってたのに・・・

写真の右上に載せられたシロノの紹介写真が目に入り
なんだか恨めしい気持ちでそれを眺めていた。

    シェルは学校なんか行ったことない、って言ってたけどダリアはどうかな。
    経験のある人に学生のコツを聞かなきゃ・・・

ねこはダリアがやってくるのを今か今かと待っていた。

 

 

 

 

<ダリアのアパート>

アツシが殺された事件から1ヶ月経った。

ダリアは一時は放心して生活もままならなかったが
ダンの店にバイトに行ったり、ねこがやってきては絶えずそばにいてくれたので
徐々に落ち着きを取り戻してきた。

ただその日以降一度も花蓮のオフィスには顔を出さず
再三ローズから呼び出しの連絡がきたが、一度も受話器をとることもなかった。

全てが信じられない。

陳腐な表現だが、事実そうだった。
アツシが最期にくれた写真だけが信じられる証拠。

篤志はどこかで生きているということ。

反対に、篤志の情報は全くわからないと言っていたローズ。

相対するその言葉に、何を信じればいいのかわからない。

 

 

   ・・・手段が欲しいな。信頼できる情報が欲しい。
   そのルートがほしい・・・。

ふと時計をみると、ダンの店に行く時間になっていた。
部屋の戸締まりをして、アパートの階段を降りる。

外は肌寒い温度だった。
階段下にある集合ポストをのぞくと、山積みになった広告を取り出す。
広告に混じって、一通の封筒があることに気がついた。

   私に手紙?珍しい。

散乱する広告の薄っぺらい紙にくらべ、
丈夫な紙の封筒は金色の花模様のシールで封されている。

開けると一枚のカードが入っていた。

”あなたを招待します。”

その一言だけが、印刷されている。

 

「招待・・・?」

意味もわからず、時間もないのでとりあえずバッグに封筒をしまった。
ダリアは西大寺路へ向かって早足で歩き出した。

 

 

 

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