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02

 

<東水地区 警察局>

「梨刀(りとう)刑事、ちょっと」(※Chapter2登場の刑事)

昼休みから戻ってきた刑事の梨刀は局長に声をかけられた。
手にしたテイクアウトのサンドイッチを持ったまま局長室に入る。
局長は大きな体を揺さぶりながら、どすんとソファにすわった。

局長は空調のきいた所内で一人いつも汗をかいている。
今日も額をおさえながら梨刀にノートサイズの封筒を差し出した。

「来週末は忙しいかね?」

出された封筒を開くと数枚の書類がファイルされている。ご丁寧に「守秘義務対象」のシールで封がされていた。

「暇ではありません。子供と釣りに行く約束をしていますから。しかし急ぎの事なら」

そこまで言うと、局長は首を振った。

「いや、いいんだ。人数が欲しいだけだから。無理は言わん」

そう言われ、守秘のシールをはがすのをやめた。もう見る必要が無いと思ったからだ。
ファイルを局長に返すと、彼はシールをベリリと破り梨刀に戻した。

「・・・私も参加ですか?」

通常、守秘書類を見ればその責務を全うしなければならないものだが
局長はそれをあっさりと否定した。

「見たことを忘れればいい。私が気になっているのはこれだ」

局長は書類の中に載せられた顔写真を指さした。
梨刀はその顔にどことなく見覚えがあるなと思った。

「・・・こいつは・・・」

局長の丸メガネがキラリと光る。

「梨刀、君も見たことあるだろう?」

「ええ」

梨刀は書類に目を通しはじめた。

 

 

<東水地区 東水学園>

東水地区はこの都市の中で行政中心の場所である。
警察や役所、学校や美術館といったもののほとんどがこの地区に存在する。


その中で、 東水学園はこの都市唯一の私立学園だ 。
この都市の就学率は45% 半数以上の子供が学校へは行かない。

義務教育を提唱していない理由もあるが、学費が不相応なほど高額で
行きたくても行けない子供が山ほどいる。

”低所得者には学問を推奨するよりも労働を”

そんな主張をする代々の市長の市政から、学校の数も少なく
専門的な教育は私立に任せっきりな状況だった。

もっとも、学校に行かずとも独学で学び知識を得ている子供もたくさんいる。
キジも自力で学んだうちの一人だ。

 

 

「シロノ、来たよ」

秘書に連れられて、ねこが理事長室に入ってきた。
シロノはにっこり微笑み、 ねこを招き入れる。

「やぁねこ ようこそ我が学園へ」

「ヨウコソじゃないよ。いきなり入学なんだものー」


「・・・前から君には外の世界を体験してもらいたかった。
花園だけでは世界が狭すぎるからね。
無理強いはしないよ。お試し程度に通ってごらん。」

シロノはそう言ってとても優しく微笑むのだが、断り切れない圧迫感のような
ものがある。学校案内を熟読していかに勉強が大切か説きだしたトニーと
同じような表情をしている。

   ・・・しかたない。しばらく大人しく通っておこう。

半ば諦め顔でねこは頷いた。

「ところで名前はねこで通すのかい?」

「トニーがね、”ねこ”だと素性がバレるかもって。
梅水花園の眠り姫であることは伏せておいたほうがいいって言っていた」

「そうだね。私もそう思う。」

「だから、キティ・クリムズ。トニーの姓と、私の本当の名前。」

言いにくいけどね、とねこは付け加えた。

 

 

<教室>

 

「今日から編入するキティ・クリムズさんだ。」

担当教師の素っ気ない紹介で、ねこは後ろの席に座った。
『1クラスには30人くらいの生徒がいて』・・・キジの説明による教室はそんな描写だったが、随分と生徒の数が少ない。
階段上になった長机には一列に2,3人しか学生は座っていなかった。

案内された席は教室の一番奥で、左右の隣は空だった。

隣の席は空のまま授業ははじまり、ねこはなんとなく教師の話す内容を聞いていた。
もちろん、あまり意味もわからずだが。

   よく考えたら 私って同年齢の人たちとあまり接したことが無いんだわ。

そんなことをぼんやり考えていると、後ろのドアがそろりと開き女の子が入ってきた。
真っ黒なストレートの髪がさらさらと揺れ、強い目が印象的な少女だ。
彼女は教師に見つからないようにこそこそと移動すると、ねこの隣の席にすわった。
どうやらこの少女の席のようだ。

彼女はカバンから本を何冊か出して、ふぅ、とため息をつく。
そしてようやくねこの存在に気付いたらしい。

「あれ?外部の生徒?」

静かに教室に入ってきたわりに、はっきりとした口調でねこに話しかけた。

「外部・・・?今日から編入したんだけど」

少女はふうん、と言って本を開く。パラパラとページをめくり、それをねこに見せた。


「今やってる授業はこの章だよ。
 よろしくね。私のことは梅って呼んで。あなたは?」

「ね・・・いや、キティで。よろしく、梅」

ねこがそう言うと、梅は大きな目を細めてニコッと笑った。


 

「この学校は義務教育じゃないからさ、生徒も毎日来ないよ。
みんな家の用事とかでしょっちゅう休んでる」

授業の休み時間になると、梅は丁寧に東水学園のことを説明しだした。
それを聞きながら、 なるほど、と思う。

「だから人が少ないのね」

「うん。一ヶ月くらい来ない人も普通にいる。私は毎日来てるけど」

どうして家の事情でそんなにも来れないんだろう、と思ったが聞くのをやめた。
いつのまにか梅のそばに金髪の少年が立っていたからだ。

「梅水、ノート貸せ」

少年はぶっきらぼうに一言だけはなす。


「人にモノを頼む態度かなー」

梅はそう言いながらも授業のノートを彼に渡した。
少年はそれを受け取りながらねこの方をちらと見たが
無言で自分の席に戻っていった。

それよりも少年の読んだ梅の名が気にかかる。


「うめみず・・・?」

それは、梅水花園と同じ名だ。

「そう、わたし梅水蒼子。名字も、名前も好みじゃないの。だから”梅”」

「梅水・・・?梅水花園の?」

梅は「そうよ」と軽く頷いた。

「梅水花園は祖父の悪しき遺産よ。
祖父が梅水花園の経営を始めたのが昔。
あの娼館辺り一帯が梅水地区なんて呼ばれてるのは、祖父の名から取られたのよ」


意外な場所で梅水花園に関係する人に会い、驚いた。
ただ、自分もそこで働いている・・・とは簡単には言えない。

話題を変えようと、言葉を探していると先ほどの少年がまた梅の席にやってきた。

「法科のノートも貸せ」

梅は彼の不遜な態度にも気を留めず、カバンから数冊のノートを取り出し彼に渡す。


「キティ、こいつね、クラスメイトよ。ハインツっていうからね」

梅が紹介すると、少年はようやくまともにねこの顔を見た。

「俺はハインツ・フォーラムハウト。よろしく」

”フォーラムハウト”   

梅水という名にも驚いたが、少年の名もまた聞き覚えがあった。
一ヶ月前の、アツシの事件があった天青劇場のパーティ。

・・・確か主催者の名前がフォーラムハウトではなかったか。

「私はキティ・クリムズ。よろしくね」

ハインツはニコリともせず、「ああ」とだけ言ってまた席に戻っていった。

 

 

 

 

<シェルのアパート>

 

初めて学校へ行ったその日は、病院にも花園にも立ち寄らずまっすぐ家に帰った。
キッチンではシェルが珍しく夕食を作っている。

「今日はどうだった?」

煮込んだスープをよそいながら、シェルが学校の様子を聞いてきた。
皿を受け取り、ねこは今日の出来事を話した。


「授業は全然わからなかったー。でも二人友達ができたよ」

二人分のスープを机に置き、シェルも椅子に座る。

「一人はね、梅水花園を作った人のお孫さんだった。梅水蒼子って言う子」

「梅水花園を?ヘぇ・・・」

「あと一人はね」

そう口にして、ねこは言葉を止めた。
ハインツのフォーラムハウトという姓からして、あの天青劇場のパーティの主催者と
何か血縁があるのだろう。

あの事件以来気落ちしてしまったダリアや、どこがぼんやりしているシェルに
その名前を出すのはやめようと思った。
不用意に事件を思い出させたくない。

「金髪の男の子。ハインツって言う」

そうか、とシェルは頷きスープに視線を戻した。
彼がスプーンを口に運ぶ様子を見ながら、やっぱり変だなとねこは思った。

最近のシェルはどこか元気がない。
何を見ているかわからない目をしている。

冷蔵庫のジュースが一向に減らないのも、ここ最近のことじゃないだろうか。

「シェル」

「ん?」

「・・・来週ダンが入学祝パーティを開いてご馳走してくれるんだって。
 一緒に行こうね」

「あいつ、またあのピザを食わす気か」

そう言いながらも少し笑ったシェルを見ても、漠然とした不安を感じるのはどうしてだろう。
ねこはシェルの作ったスープを飲みながら、そんなことを考えていた。


 

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