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03

 

<Bunch Of Pigs 夕刻>

”今日はネコちゃんの入学記念パーティだからナ”

夕方、ダリアが店の前に来ると、ドアには汚い字で「臨時休業」と貼られていた。
中で騒ぎ声がするので覗いてみると、ダンが少年達とテーブルを囲んで遊んでいる。


  またカードか。飽きないなぁ・・・。

ダリアがこの店に来るようになってよく見かける光景だ。
ダンは賭博事が異常に強い。8割イカサマだと公言し、その勝利の方法を
よく少年達に教えている。

奥のカウンターではキジがぽつんと座っていた。いつもパソコンを使っているか、本を読んでいるのに
今日のキジは何もせず、ぼんやり座っていた。

「どうしたの?参加しないの?」

カウンターの中に入り声をかけた。キジはダンの方向を一瞥したが、首を振った。

「天気が悪いと、調子も悪い。」

「パソコンの?」

「違うよ 姉の体調がすぐれないんだ。屋敷に戻ろうかな」

ダンと一度訪れたキジの館には、姉がいた。
深く事情は知らないが、地下に籠もってくらしているようだ。


「今日は雨が降りそうよ 早めに帰ってあげなよ」

キジはそう言われて店の小さな窓から空を覗いた。
今にも降り出しそうな曇天だった。

 

 

 

 

<梅水花園 庭の温室>

 

「学校は順調かい?もう1週間は経っただろう」

開花したばかりの赤いクレマチスを覗き込み、トニーは満足そうに一人うなづく。
おそらく手塩にかけた温室の住人が美しく咲き誇るこの季節が
一番楽しいものなのだろう。

「思ったより楽しいよ。勉強はわからないけど、友達ができた」

ねこも一緒に花を覗き込み、「きれい」とつぶやいた。

「それは良かった。何か困ったらすぐに言うんだよ」

トニーはねこの頭を撫で、温室を出る。ねこも後につづき
庭のベンチに座った。

「トニー、この花園を作った人を知ってる?」

「梅水花園を作った人かい?もちろん知ってるよ。
 梅水蒼次朗さんだろう。ねこも会ったことあるじゃないか」

「え、そうなの?」

トニーの答えに驚くねこ。ねこの記憶の中にそんな人物はいなかった。

「ねこがまだ小さかった頃だな。
私が蒼次郎さんのお屋敷にねこを見せに行ったんだ。」

「覚えてないなぁ。そうなんだ。
今の学校ね、その人のお孫さんがいるのよ」

梅水蒼次郎の孫・梅水蒼子がねこと同じ学校にいる。
奇縁のなすわざに、トニーも驚いた顔をした。

 そうか。そうなのか・・・。ねことあの方の孫が・・・。

 

 

「梅水蒼次郎」

トニーをフロント係として雇ってくれたのは、梅水蒼次郎だった。
今は亡き恩人の名を、トニーは懐かしい気持ちでつぶやいた。


 

 

 

 

<Bunch Of Pigs 夕刻>

 

「オイオイまずいよ オネェサン」

「もうすぐ主役が来ちゃうのに、カードで遊ぶダンが悪いわ」

店の冷蔵庫を開けると、あるはずのケーキがない。
祝入学、と書いたケーキを注文しておきながら
ダンはそれを取りに行くのを忘れていた。

「私が取ってくるから、あとお願いね」

エプロンを放り投げ、ダリアは店を出た。
時計を見ると6時を少し回っていた。

  もうすぐねこが来るだろう。
  久しぶりにシェルも来ると言っていたっけ。

あの日以来、ダリアはシェルに会っていなかったことに気がついた。


 

 

 

 

シェルが西大寺路の駅を降りたとき、雨の匂いがした。
地下鉄から地上に出ると、灰色の雲が空を覆っている。

持っていた傘を取りだしたが、道行く人をみれば誰も傘はさしてなかった。

  まだ降ってないのか

傘をもったままBunch Of Pigsへの道を歩き出す。
足取りは重い。
ここを訪れるのは 一ヶ月ぶりだった。
今日はダンがパーティを開くので渋々出てきたが、
本当なら来たくなかった。

何故なら店にはダリアがいる、のだ。


  あの日以来、ダリアには会っていない。
  
  アツシが死んだあの日以来 ダリアが何者であるかに
  気付いて以来。
  

  

シェルが重い足取りで西大寺路についたとき、ダンの店よりもかなり手前で
いきなりダリアに出くわした。

道の向こうから 長い髪をゆらし歩いてくる女がいた。
車道越しに見ても、それがダリアだとすぐにわかった。

その姿を見て、シェルは一歩も動けなくなる。
車の隙をぬい、車道を渡るダリアも立ちつくすシェルに気がついたようだった。

 

 

予想外だったのは、自分に気付いた時のダリアの表情。
冷たい表情で道を歩いていた時と異なり、シェルに気がつくと軽く微笑みながら近づいてきた。

「ひさしぶりね。今日は来ると思っていたよ」

そう言われて、シェルははっきりと自覚する。
自分と彼女は知らず知らずに、お互い近づきすぎてしまったことを。

天青劇場でダリアに遭遇したあの日から、
ねこを通じ、何度か会ううちに
ダリアの固い表情は、シェルの前から消え去るほどになっていた。

さらわれたねこを追って戦った都市高速の車上のことを思い出す。
夕焼けを背に、シェルとダリアは笑いあっていた。

あの日はまだ真実を知らなかった。
そして今もダリアはまだ真実を知らない。

 

「ねこのお祝いのケーキを買いに来たんだ。
 ダンたちはもう店にいるわ。シェルも先に行って準備を・・・
 ・・・どうしたの?」

黙っていると、ダリアは話すのをやめ心配そうにシェルを覗き込んだ。


「いや、大丈夫」

目をそらしながらも、唐突に吐き気がしてきた。

   そんな目で見ないで欲しい
   心配などしないでくれ

   俺は 君に心配される資格は無い

 

 

会えばどうなるかわからない。だから会いたくなかった。
ダリアを目の前にすると、この一ヶ月ずっと考えていた答えがあっさりと出てくる。


   これ以上黙っていることは 俺には一秒たりともできないのだ
   

言ってしまおう。それが一番正しい選択だと、シェルは感じた。
一人で抱え込み苦しむより、ダリアに制裁を加えられるほうが
幾分か楽になる。

どこか、諦めと疲れがあったのだろうか。
シェルは 固い決意と相反して弱々しい声でダリアに話しかけた。

 


「ダリア・・・あの」

「・・・なに?」

シェルの戸惑う表情を見て、怪訝な顔をするダリア。
降りそうだった雨が、とうとうポツポツと落ちてくる。
それは 次第に勢いを強めていた。

路地の壁沿いに移動して、雨を払った。
シェルは持っていた傘をダリアにさしだす。

「いいよ、すぐそこのスーパーだから。先に店に行ってて」

そう断ると、大通りに向かってダリアは歩きだそうとする。
シェルは思わず彼女の腕を掴んで引き留めた。
突然のことに驚いて手を払いのけようとしたが、真剣な表情で自分を見ているシェルの
その手をふりほどくことができなかった。

「・・・聞いてくれ。俺は」

  断罪される日を待っている。

「昔・・・俺は、」

  ずっと 罪を償いたかった
  罪は裁かれねばならない。もし自分が裁かれないままだと、
  すべてが間違って見えたまま生きてしまう。


 

 

 

「・・・シェル?」

「俺は、君の・・・」

  

 

次の言葉を口にしようとしたとき、突然周りが明るくなった。
車のヘッドライトが照らしてるのかと思い、光の方を見るとそこには数台の車がある。

いつのまにか何人もの人間が、自分たちを見ている。何かを構えて。
雨でぼやけてよく見えない。

 

「?」

 

目をこらして見てみると、中央に立つ人物に見覚えがあった。
黒十字病院に一度やってきた刑事だ。
雨の中、こっちを見ている。

   あれは銃か?俺たちに銃を構えてる?

ダリアの手を離し刑事の方へ一歩近づこうとしたとき、その刑事は銃を構えながら
シェルに向かって叫んだ。

「セイシェル・ラウフレア!抵抗するな おまえに逃げ場は無い」

二度と聞くはずのなかった名前が、シェルの耳に刺さった。

 

 

 

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