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04

<東水地区 警察局 AM7:30>

シェルは留置場にいた。

雨の中、何台もの警察車両にとりかこまれ抵抗する隙すらなかった。

二度と呼ばれることの無い筈の名前を、なぜ刑事が叫んだのか。

それだけに気を取られ、気付けば留置場に押し込まれていた。

「君は仮釈放の観察期間中に姿を消した。なので有罪は確定、刑務所送りだ。
ただ別件の取り調べを行うのでここにしばらくいてもらう」

梨刀と名乗った刑事は、昨夜そんなことを言っていた。

その時はどの言葉についても肯定も否定もせず、黙って聞いていたが
刑事の呼び上げる罪のどれも、シェルの記憶には無いものだった。

  ・・・仮釈放も何も、俺は一度だって刑務所になんか入ってない。
  他の罪も全てでっち上げだ。けれど、

留置場の鉄格子を握る。ひんやり冷たい感触が、シェルの思考をだんだんと
現実へと戻してきた。

  俺の名前を知ってるのに、どうして嘘の罪で俺を捕らえるんだ?

 

  警察局の思惑がわからない。


 

 

薄暗い留置場に、徐々に朝日が差し込んだ。
小さな小窓から空を見上げる。

  ダリアは どうしたんだろう

雨の中、捕らえられた時気付けばダリアの姿は無かった。
人目に晒されることを厭う職業柄、すぐさま身を隠したのだろうとは思った。

  あの名はダリアも知らない

気付いてはいないと思う。だが、一抹の不安が残った。

 

 


「ギミット刑事、困ります」

遠くから誰かの声が聞こえてきた。
足音が二つ。

「うるせぇなー。何か問題あるかぁ?
俺がお忙しい梨刀の野郎に代わって、尋問してやるだけだろ」


足音が目の前で止まる。
見上げると、ぼさぼさの無精髭をはやした黒髪の中年男性が、
制服の女警官と共に 格子の前に立っていた。


男は、シェルの顔をみるなり、気色の悪い薄笑いを浮かべる。


「おい 尋問の時間だぜ?」

酒臭い息を吐き、さも楽しそうに笑った。

 

男のその笑みに、シェルは嫌悪感を感じた。


 

 

 

 

<黒十字病院 AM 9:00>

 

「シェルが逮捕?」

黒医師は手渡された調書を見て眉をしかめた。
早朝、病院にやってきたねことダンから昨日の経緯を聞く。


「”脱走罪で保護処分を取り消された上、窃盗・暴行を繰り返していたセイシェル・ラウフレアを
逮捕し、拘留する。なお、 現在別件の傷害容疑で逮捕、取り調べを予定”。 ・・・まるでチンピラだな」

吐き捨てるように、黒医師は調書を読み上げた。

「先生!やめて」

ねこが怒って制止した。
黒医師は黙ってうなずく。

「わかってるよ ねこ。
誰かが、シェルをこんな犯罪者に仕立て上げてる。
過去の無い彼の経歴を無理矢理作って、だ。」

「経歴を無理矢理?」

黒医師は調書をねこに見えるように机に置いた。
そこには履歴書のように、年代順に罪状が羅列されている。

「シェルの罪は10年前から書かれてる。しかも、どれも大きな事件じゃない。
2年前にも窃盗と書いている。この頃、シェルは俺やねこのそばにいただろ?
それ以前の事件も、名もないよくある強盗事件だ。
こんな小さな事件の容疑者を、腰の重い警察がわざわざ捕らえにやってくるか?」

ねこは難しい漢字は読めない。

黒医師が一つ一つ説明すると、ようやく意味がわかったようだった。


「今更そんな男を捕まえるために 雨の中はっていたとは思えない。
もっと、他に目的があるような気がするんだ」

沈黙が、診察室に響く。

 

 

 

 

「ねこ、あいつを信じてやれよ」

ぽつりと黒医師がつぶやく。

「うん。わたしはシェルを信じる。これは濡れ衣だよ。
シェルの唯一の罪は…先生も、知ってる」

ダンがそばにいるからか、ねこはこれ以上その話には言及しなかった。
ずっと黙って事態を眺めていたダンだが、ようやく口を挟んだ。


「先生よ、シェルはそういう名前なのかい?」

「俺もしらん」

黒医師はもう一度調書に書かれた名前を見た。

「”セイシェル・ラウフレア”」

   シェルという名はそこからつけたか。
 
   姓のラウフレア・・・は変わった名だ。聞いたことがない。


黒医師はその名が少し、気にかかった。
ダンも一点を見つめて黙っている。何か考えている様子だ。

「シェルを捕らえて、一体誰が得をしているんだ?」

黒医師の問いに、答えは無かった。

 

 

 

 

<東水地区 警察局 AM11:45>

梨刀は役所によってから警察局に出勤すると、
時間は もう昼休みになる手前だった。

自分のデスクに荷物を置き、昼からの取り調べ資料を黙読しようとした。
すると部下の警官が駆け寄ってきた。

「梨刀刑事、マズイです。あなたが留守の間にギミット刑事が
あの容疑者の取り調べを勝手に始めてしまって」

あの容疑者、とは今日の午後から梨刀が取り調べを行う予定のシェルのことだ。


「ギミットが?」

「私に止める権限が無くて。
 でも、朝からずっと、取り調べ室に籠もっています。
 書記も入れてくれなくて」

部下は困惑しきった表情をしている。

「ギミットの尋問は局長からも止められてるだろう!
あいつが今までどれだけ内部で事件を起こしたか、君も知っているだろう」

ギミット刑事の評判は局内で殊更悪い。

容疑者の取り調べでは、殴る蹴るの暴行で何人も病院送りにしている。
ギミットの親が都市議員の血縁であることから、誰も彼を解雇できないことにつけこみ
刑事とは名ばかりに暴力をふるうような男だった。


「あと、その容疑者に面会人が来てるんです」

部下の呼び止めも聞かず、梨刀は急いで取調室に向かった。

 

 

<取調室>

 

扉を開けると、埃っぽい空気と、微かな血の匂いがした。
中ではギミットの姿しか見えない。向かいの椅子にはシェルの姿は無かった。

「おぃ 起きろー。おまえを捕まえた刑事さんの登場だぜ?」

ギミットは梨刀を見てニヤりと笑い、床に転がっているシェルの腹部を蹴りこむ。
あまりにもビクともしないので、死んでいるのではと梨刀は青ざめた。

駆け寄ると、かすかに息をしている。意識を失っているようだ。
その顔は肌色が見えないくらい、血に染まっている。

「なんてことを」

ギミットをにらみつけるても、 ただ薄笑いを浮かべるだけだった。


「梨刀、コイツさー、拷問の訓練でも受けてんじゃねぇの?
殴ってもすーぐ気絶しちまうんだよ。気絶したら俺が心配するとおもってんのか?アァ?」

そう言いながらもシェルの胸ぐらを掴み、また殴ろうとした。
梨刀は必死でそれを止める。

「やめろ、ギミット!局長に報告するぞ。これは尋問じゃない、ただの暴力だ。
 今すぐ出ていけ!!」

「心配すんなってー。ほら、こいつ目ぇ開けた」

そう言われ、シェルをみると確かに薄目をあけていた。
意識を取り戻したらしい。
ギミットが「さっさと自白しろ」と言うと、目線だけギミットに向ける。

 

 

「俺は・・・考えている」

押し殺した声でシェルは呟く。
梨刀はギョッとした。
昨夜彼を捕らえた時に少し話した時と、声のトーンが全然違う。

「自白したほうが楽だぞ?考える必要も無いんだぜ?」

面白そうに告げるギミットに、シェルも薄笑いを浮かべた。
低いトーンの声音でギミットに告げる。

「全部で58だ。あんたが俺を殴った回数。
殴られた分、あんたにそっくりお返しするよ」

予想に反したことを言われ、ギミットは高笑いをあげた。

「面白ぇな。おまえ、立場わかってるのか?
これから刑務所に入る男がどうやって俺に立ち向かう気だ?」

シェルは右手でこぶしをつくり、ゆっくりとギミットの顔面によせた。


「あんたは手加減を知らない。力任せに殴りつけるだけしか能がない。
でも、 俺は知ってるよ。あんたの鼻を砕くような殴り方や失明させる殴り方もね。
それを58回、返すよ」

ギミットの表情が引きつる。
こぶしを払いのけ、またシェルに殴りかかろうとした。

「これで59か。
 近く、必ず返すよ」

嘲るような笑みで、シェルはギミットに告げた。
その言葉に、ギミットの動きは止まる。

 

 

 

沈黙を破ったのは梨刀だった。

「君、面会人が来ている。血を拭きなさい。立てるか」


梨刀がシェルの肩を支え取調室を出て行ったときも、ギミットの顔から冷や汗を流しているように見えた。

 

 

<面会室>

 

”面会室”とネームプレートを貼られた小部屋は、確かにその目的に
作られた部屋だった。
部屋の中央が机とガラスで完全に遮断されている。

椅子に座ると、目の前の位置だけガラスに丸い小さな穴がいくつも開いていた。
どうやらこれで相手の声が聞こえるらしい。

「どうぞ、こちらです」

ガラス越しに、一人の警官とねこが入ってきた。
警官はねこに座るようにすすめると、部屋の隅にある椅子に静かに座った。

ねこは、入ったその場から動かない。
シェルをみて立ちつくしている。    

「ねこ どうした」

声をかけると、ようやく椅子に座った。
ただ、黙ってシェルの顔を見ている。

  俺の逮捕にショックを受けている?
  もしかして・・・俺を怖いと思っている?

そんな考えにとらわれた。
恐る恐るねこの顔を見上げると、ねこは涙を浮かべていた。


「ねこ?」

ねこはガラスに手をあて、シェルに顔をよせる。
そして震えた声でこう言った。

「シェルが痛々しいよ。悲しい。私はそっちに行って手当もしてあげられない」

「・・・」

目の前のガラスが、もどかしかった。
手をのばしても、冷たい感触しか伝わらない。

「私はどんなシェルでも、シェルの味方だよ 負けないで」

冷たいこの部屋で、ねこの言葉だけが暖かかった。

 

 

 

「時間です」

控えていた警官が立ち上がる。

「また来るね」


ねこは涙をふき、笑顔を見せて部屋を出て行った。
その後ろ姿を見送りながら祈るように、思う。

  どうか離れていきませんように

取調室のドアが重く閉まった。

  君が離れていってしまうこと
  
  どんな暴力よりも、それが一番痛い 苦しい

  

 

 

 

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