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05

<梅水地区>

午後の休憩時間が終わり、ライは梅水花園への坂道を登っていた。
今日の客を頭に浮かべて、用意するものは何だったか、と考えている。

   あとで花を注文しなくちゃな トニーさんは仕事が上の空だから

シェルが逮捕されたと聞いて、トニーは方々に手をまわしているようだった。
職業柄、権力を持つ立場の人物をよく知っている。
警察局に縁のある人物から逮捕の事情を探ろうとしているらしい。

   ねこの客にいたんだよな そういう人が

その人に頼めば、釈放も苦労せずできるのではないか。
ライは楽観し、トニーは実行に移そうとしていた。
今晩、その人物が梅水花園にやってくる。


 

坂を上り梅水花園が見えてくると、門の前に誰か立っているのが見えた。

   ん、なんなの あの人たち・・・

よくみると何人もいた。みな、パステルカラーのスーツをきた身なりのいい中年の女性たちだ。
優雅にティータイムなどを開きそうな、老婦人たち。
彼女らは大きな白い布を広げ、手にはマイクを持っている。

ライは、その白い布に書かれた文字に目を丸くした。

 

 

<梅水花園  庭の温室>

「トニーさんっ!!」

トニーの裏庭に、ライは駆け込んで入ってきた。
走ってる姿をあまり見たことが無いので、息も切れ切れなライの姿にトニーは驚く。

「ライ?どうした」

「へんな人たちがいるんです。花園の前に!」

「変?何が変なんだ」

その時、門の方向からマイクの声が聞こえた。
ライはトニーの手をひっぱって門まで走っていく。
門の向こう側にはパステルカラーの集団。

その一人が、マイクをもって高々と宣言した。

「わたくしたちは 梅水地区の売春行為に反対します!
 いますぐ営業を停止し、梅水花園を廃業しなさい!」

集団が広げた白い布には『売春を容認する梅水地区を廃止せよ』と文字が書かれていた。

「なんなんだ、あの人たちは・・・?」

 

 

 

<取調室>

「私の息子は君と同じくらいの年なんだがね」

「俺27だけど」

「私の息子は24だ。ところで君は釣りが好きかな。息子は釣りが好きで・・・」

「・・・」

 

シェルは梨刀の腕時計をちらりと見た。さっきからまだ10分と経っていない。

  ・・・また昼休みまでコレが続くのか・・・

わざとらしくため息をはいたが、梨刀は一向に気にする様子は無い。
”絶好の釣り場”の話をし始めた。

留置場に入れられて4日目。最初の尋問こそ暴力刑事のギミットのおかげで
散々な目に遭ったが、それ以降は目の前の刑事、梨刀が担当している。

梨刀とは、ねこの姉が殺された時の事後処理で少し接触したことがあるが
こんなにも饒舌な男だとは思わなかった。

取り調べの類のような質問は一切行わず、ただ延々と世間話を続けていた。
始めは無視を決め込んだシェルだったが、黙っていることすら疲れ
適当に相づちをうっている。

まるでトニーや黒医師の相手をしている時と同じような会話だった。

   

「梨刀刑事」

扉がノックされ、制服の女警官が彼に耳打ちする。
梨刀は腕時計を見て席を立った。

「セイシェル君、君に面会だよ。私は少し早いが昼休みとさせてもらうよ」

「俺の名前はシェルだ」

梨刀はニッコリ笑いながら、部屋を出て行った。

 

 

 

<面会室>

面会人、とはダン・ヴィ・ロウだった。
昨日ねこに頼んで、シェルが呼び出したのだ。

ダンは面会室に入ってきたシェルを見て驚いた顔をした。


「オオァ、これまた酷くやられたもんダネ」

ダンはガラスに顔を近づけシェルの顔をまじまじと見た。
シェルは顔を遠ざけて、頬の傷を隠す。


「たいしたことじゃない。見た目は酷いけど。それより」

「ネコちゃんなら学校帰りに来るって言ってたヨ」

「いや、そうじゃなくて」

見舞いの品はナイヨ、とダンは付け足した。
シェルが2度目の「そうじゃなくて」を言おうとすると、ようやくダンは話を聞く態度になった。


「シェルはいつ刑務所に入るんだィ」

「さぁな。俺は黙秘してるし、刑事も世間話ばかりでロクに調べようとしないし。
 当分ここにいるかも」

「おかしくないか?あんたサ、一度刑務所脱走した罪も含まれてるんダロ?
下手な窃盗事件調べるよりも、さっさと刑務所に放り込むほうが警察も楽じゃないのかい」

シェルが考えていることを、ダンも思ったようだ。
少なくとも梨刀は、シェルを今すぐ刑務所にいれるような姿勢には見えない。

シェルが黙っていると、ダンは身を乗り出して続けた。


「俺はネ、なんだかとっても不自然な気がするんダヨ。
黒先生も言っていたけど、今更あんたを捕まえるのは
何か裏があってのことじゃないか、と」

サングラスを外す。天青劇場以来ダンの素顔を見たことが無かったが
坊主頭でも奇妙なTシャツを着ていても、その顔は美しかった。


「シェル、何か心当たりがあるんじゃないのカナ?」

「・・・・」

探るような目でシェルを見ている。

「俺をわざわざ呼び出したのはどうしてダ?
 黒先生や、ネコちゃんには頼めないことでもあるのかィ」

 

   その通りだよ ダン

勘のいい男だ、とシェルは思った。
自分に自由がきかないこの状況で、ダンが一番適役だと思った。

「・・・ダン」

面会室の裏の廊下から足音が聞こえてきた。
終了時間を知らせる、警官の足音。

「ダリアを見守ってくれ」

その言葉に、ダンは意外そうな顔をした。


「俺が頼むことじゃないけど、あんたに頼むことでも無いけど、
あんたが一番適役なんだよ」

面会室の扉が開く。警官が立ち上がり、ダンに部屋を出るよう促した。


「もしかして、ダリアに何か起こるかもしれない。だから、」

頼む、と言い切れないうちにダンは部屋から出て行ってしまった。
すぐに部屋の外から奇妙な鼻歌が聞こえてきた。
「お静かにお願いします」と警官の制止に対し、「俺にお願いとは高くつくヨ、オニイサン」とダンの声。

「借りは返すさ」

シェルもつぶやく。 出て行き際に、確かにダンはうなづいていたようだった。

 

面会室を出て、梨刀の待つ部屋へと戻る。
延々と続く世間話を思うと足取りは重くなるが、それでも少し心が軽くなった。

その時、俺はあの男のことで頭がいっぱいだった。
ダリアと、自分にだけ何かが起こるものだと思っていた。

その読みの甘さが、後で死ぬほど後悔することになる。

 

 

その日、いくら待ってもねこは面会に来なかった。

次の日も、その次の日も。

 

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