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06

<東水学園>


  やっぱり授業始まってたかー

梅は教室の中をのぞいた。教師が黒板に板書を始めるタイミングで
いつものとおり、教室の後ろの戸を静かにあけて自分の席に移動した。

ノートを開いてから隣を見ると、そこは空席だった。

  キティ 最近どうしたんだろ。今日も来てない。

担当の教師に彼女のことを聞くと、「用事でしょう」と取り合ってくれなかった。
梅の知る限り、彼女は一度も遅刻や欠席をしていない。

カバンからスケジュール帳をひらき、アドレスのページをめくる。
知り合った時に、連絡先を書いてもらっていた。

「キティ・クリムズ 住所:天水地区・・・」

そのメモを頼りに学校の帰りに寄ってみよう、と決めた。

授業が終わると、久しぶりに学校にきたハインツが近づいてくる。
いつも鬱陶しそうな表情をしているハインツは、今日も変わらず
眉間にシワがよっていた。

「梅水、ノート貸せ」

ぶっきらぼうな物言いに、梅はおおきなため息をはいた。


「さっきの授業なら一言も聞いてないわ。たまには自分で聞きなさいよ」

そう言って席を立ち、廊下から校門へ歩き出す。
「待てよ」とハインツも後ろからついてきた。
校庭に差し掛かった辺りでふと気づいたように梅に尋ねる。


「あれ、クリムズは?」

「最近全然来ない。
 ねー、あんたも様子見にいかない。キティの家」

なんで俺が、とハインツは首を振る。
自分には全く関係無い、そうにじみ出る彼の態度に梅はカチンときた。


「あたし以外に友達作りなさいよ。
いつも一人顔をしかめてるから友達できないのよ。
それ、お兄さんにも言われてるんでしょ」

「兄さんは関係無いだろ。
うるさく言ってくるのは兄の執事だ。あいつがー 」

「執事って、あの門前に立ってる人?」

梅が指さす方向に、”兄の執事”が立っている。
背の高い、生真面目そうな顔をしたその青年はハインツを見つけた途端
こちらにやってきた。

「クラタ!!なんで学校にまで」

「ハインツ、レオンさまがお呼びです。戻りましょう」

言い合っているハインツとクラタを見ると、兄弟喧嘩のように見えるだろう。
執事と言ってもクラタはまだ若い。
梅はクラタに何度か会ったことがあるが、いつも執事らしく見えないなと思っていた。

渋々車に乗せられるハインツを見送り、梅は天青地区へ向かった。

 

 

 

<警察局>

 

「黒医師殿、こっちだ」

ロビーのソファから腰をあげ、黒医師は梨刀の後をついていった。
小さな応接室に入り、梨刀は扉を閉める。

「シェルはねこがいなくなったことを知ってるのか」

黒医師の問いに、ただうなずく梨刀。


「梅水花園の眠り姫の手がかりは、警察側にも何一つ入ってきてない。
 五日前、シェルに会いに来るはずだったが彼女は警察局に姿を現さなかった。
 それ以降の情報は、何も無いんだ」

黒医師はカレンダーを見た。

  ・・・梅水花園に変な集団が現れたのも五日前。同じ日だ。

「同じ頃に梅水花園の前に抗議団体が現れている」

梨刀は新聞記事を机に広げた。
そこには梅水花園に抗議する人々の写真が大きく載せられている。

都市公認の梅水地区でそんな行動自体は無意味だ。
しかし事態を伝える新聞記者やTV局が梅水花園に詰めかけた結果、
花園に訪れる客が自ずと減った。
場所が場所だけに、公に顔を晒されたくないのはもっともだろう。

「こいつらのおかげで、梅水花園は営業中断になってるんだ」

「そうは言われても、一刑事ごときには何も力になれん」

その時、梨刀の内線電話が鳴った。
受話器を取り一言頷いた後、腕時計を見て立ち上がる。


「すまない。もう時間が無い」

黒医師も仕方無く席を立ち、梨刀と共に面会の申し込みに向かった。
警察局の薄暗い廊下を歩きながら、再び梨刀に尋ねる。


「・・・梨刀刑事、何故いまごろシェルを逮捕したんだ?」

「容疑者が見つかれば逮捕は必然だろう」

面会室の窓口で書類にサインをしながら黒医師は続けた。

「ダン・ヴィ・ロウから聞いたぞ、あんたはまともな取り調べをしていないらしいな」

ペンを置き、書類を係の警察官に渡した。
受け取った警察官は、淡々と許可印を押している。

梨刀は黒医師の言葉に黙り込んだ。
係の警察官が「こちらです」と黒医師を先導する。

「医師殿!」

その後ろ姿を呼び止める。


「私自身、この逮捕劇に納得していないからだ」

そう言い残し、梨刀はもと来た廊下を戻っていった。
その一言で、黒医師は確証を得る。

 

 

<面会室>

 

黒医師が面会室に入ると、想像以上にひどい表情をしたシェルが座っていた。
その面持ちに、目を疑う。


  ・・・この男は、こんな顔をしていたか?

言葉も無く、シェルの顔をまじまじと見た。
黒医師が入ってきても、眉一つ動かさない。
人形のような気の抜けた表情でシェルはそこに座っていた。

黒医師はシェルのそんな表情に見覚えがあった。
初めて黒十字病院にやってきた時も、そんな空虚な表情をしていた。

「おい、シェル」

声をかけると、視線だけ黒医師に向ける。

「ねこがいなくなったことを知ってるな。何か、手がかりを知ってないか」

シェルは何も話さない。

「ねこがいなくなったことと、おまえの逮捕は関係あるのか?」

聞いているのか聞いていないのか。
なんの反応も無いシェルに苛立ち、面会室を隔てるガラスを叩く。

「いい加減だんまりは止めろ。
  梅水花園にも変な連中が陣取ってトニーは身動きできないんだ。
 トニーはおまえを釈放しようと動いていた。
 ねこも、トニーもおまえに関わりがあるから−」

そこまで言いかけて、ようやくシェルが口を開いた。


「俺をここから出してくれ」

「人の話を聞いているのか!!」

黒医師の強い口調に面会室は静まりかえる。
メモを取ってた付添の警察官も、その手を止めた。

沈黙を破ったのはシェルだった。


「ごめん、おっさんが言いたいことは十分わかってる。
でもここから出なくては、俺は何もできない。
ねこを探すこともできない」

  いなくなったと考えていると、ただただ頭がぼんやりとしてくる

「変なんだ、俺。周りで起こっていることが
 だんだん遠くの出来事に感じてきて、どうでもよくなってきてる。
 ねこがいないことすら、他人事のような感覚が突然襲ってきてわけがわからなくなる」

  だから、早く探しに行きたい

  ここを出たい

シェルは自分の頭を抱えた。
昨日よりも、今日が霞んで見える。
明日になればさらに悪化しているのではないかと思う。

そんなシェルの様子を見て、黒医師は心底危険だと思った。
ここ数年落ち着いていた暮らしが一度に崩れていっている。
その影響が顕著にあらわれているのかもしれない。

「聞け、シェル。一つ方法を考えている。
 トニーがやろうとしていた方法がある。
 ある人物に釈放を頼む。トニーの頼もうとしていた人物とは違うが・・・」

シェルは顔をあげた。

「特権階級の人間だ。非合法だがおまえをここから出すくらい容易いだろう」

予想外の黒医師の提案だった。

「・・・それは誰だ?どうして俺を助けてくれる?」

「その人物は、おまえに借りがあるからだ」

  俺に借り?いつ?

シェルが考え込むと、黒医師はニヤリと笑った。

「人物の名は瀧田修蔵 
 −4年前に隣国の国会議員だった男。
 今は息子も議員になっている」

その名前にシェルは聞き覚えが無かった。


「息子の名前は修二。
 覚えてないか、4年前に毒花をつかってねこが誘拐された事件」

   4年前・・・ 毒の花・・・海辺の小屋・・

黒医師の言葉に、あの時の光景がありありと浮かんだ。
梅水花園からねこをさらって、父を呼び出した息子。
海辺の小屋でたたずんでいた息子。

「タキタ親子か」

そうだ、と黒医師は答えた。    

「タキタ氏に事情を話して力になってもらおう。俺が連絡を取る」

 

 

面会室を出て、留置場に戻ったあともシェルは4年前の事件を思い出していた。
踏みにじられた毒花と、あの親子。
一緒に海辺の小屋にたどり着いた時、タキタ氏はシェルの引き金を止めた。

  『いざとなれば、私が盾になる。君は手を汚さなくていい。』

初めてそう言ってくれた人だった。

 

 

 

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