back next

10

<東水地区 交差点>

 

 

 

”眠り姫や他のつながり全てを捨てて
 フォーラムハウトへ来ませんか?”

 

 

さっきの男の言葉が頭の中で囁き続けている。

”姉さんは状況がわかってない。
自分のいる場所も、自分のその価値も”

死んだ篤志の最後の言葉が、叫びのように聞こえてくる。

”100%賭けてもいい。花蓮ホワレンはおまえの望むものをけして与えちゃくれない。
殺させて、殺させて、最後は殺されるのが花蓮ホワレンの花だ。”

・・・私にこう言った人は誰だった? 
ああ そうだ 花連を抜けた女だった。

”私も手をさしのべていれば、あのアツシを救えていたと思う?”


この言葉は私だ。篤志が死んだ夜に泣きながら後悔していた気持ち。

 

 

 


「そうか・・・」

信号が青に変わった。途端に車の行き交う音が鳴り出す。
いつのまにか駅前の繁華街まで出てきていたらしい。
ダリアはフラフラと、車道の脇を歩く。

「花蓮ホワレン以外にも、篤志を探す方法はあるんだ」

車道をこえて、路地に入る。アパートの階段を登る。
まだ遠くから車の行き交う音が聞こえていた。

かばんから鍵を取り出すと、さっき手渡された名刺が出てきた。


   『レオン・フォーラムハウト』

それだけが書かれた名刺。裏には手書きの電話番号があった。
ダリアはそれを持ったまま、自分の部屋へ入る。


「すべてをすてて、フォーラムハウトへ?」

一人、つぶやいた。
誰も聞いてくれる人はいない。
ダリアはそのままうずくまった。

   

   捨てるものなど、私は何も持ってないけど

   取り戻すことだけ考えていたけど

 

ねこの顔が浮かぶ。
長い間、目にしていない。

あの男はねこを開放すると言っていたけれど
まだ確信できない。それ以上の切り札すら、彼は持っていた。

「ねこ」

小さくつぶやく。

「私が助けるね」

ダリアは電話を手に、名刺の裏にある番号にダイヤルを回した。

 

 

 

 

<西大寺路>

 

『西大寺路にある、飲食店が燃えている。
 店の名はBunchi Of Pigs。あのダン・ヴィ・ロウの営む店だ』

帰宅間際に連絡が入った。この街で火事とは、珍しい。
急遽かり出された梨刀 は現場に着いて、その炎の勢いに驚いた。
台風が近づいているのが不幸にも火の勢いに拍車をかけている。

通行止めのテープを貼りながら火の勢いに目を奪われる。
燃えつきるまで、火は止まらなさそうだと思った。


消防士が慌ただしく動く中、見せ物のように眺める人々の奥に、
一人でぽつんと立っている男がいる。

「おい、ここで何をしている」

梨刀が声をかけ近づくと、それは見たことのある少年だと気が付いた。


「なんだよ 見てるだけだ」

「君は・・・」

たしか、西大寺路のダン・ヴィ・ロウとつるんでいる少年だ。

何度か写真で見たことがあった。

「ダン・ヴィ・ロウも一緒か?」

梨刀の問いに、少年は首を振るだけだった。
ニット帽を深くかぶって、火の勢いに視線をもどした。


 

 

 

<西大寺路・Bunch Of Pigs 全焼後>

炎の勢いが静まり、真っ黒になった店の痕跡が現れたのは
夜中の3時過ぎだった。
ぽつぽつと見物人が去る中、キジはぼんやり鎮火作業を見守っていた。


   この火の中に誰かいたら、助かるかな

放火ではないのか、と消防士や警官の会話が聞こえる。
死体があったとの声は聞こえない。


   ”・・・キジ  当分ここには近づいたらいけないヨ”

   ”俺が迎えに行くまで、この店には絶対来ちゃいけないヨ”


あいつは何か異変に気づいていた。

しかし、あのダンが誰かに殺されるわけがない。
何かがあって、結果店は燃えただけだ。ダンはどこかで生きている。
キジは自分に言い聞かせた。

   諦めるにはまだ早い

キジはその場を立ち去ろうとした。


 

「・・・キジ?」

 

ふりむくと、ダリアがいた。

 

 

 

<黒十字病院 明け方>

新聞配達の足音で、珍しく黒医師は目を覚ました。
病院入り口に投げ込まれた新聞を拾い、一面に書かれた
火事の記事を読む。ため息をついて、それを台所の机に放り投げた。

  あいつは起きてるのか

黒医師は奥の病室の戸を静かに開けた。
部屋の中央にあるベッドは空のままで、病室の主は
窓際においてあるソファにいた。


「おっさん、珍しく早いな」

「シェル、一晩中起きてたのか」

「夢を見るよりマシだろ」

どんな夢を見るというのだろうか。
黒医師はそれ以上聞かなかった。


「おっさんが起きたし、俺も起きようかな」

シェルはソファから起きあがると、病室を出て台所に行った。
黒医師も台所に戻ると、シェルは朝刊を広げ記事を眺めていた。

「おまえ、探さないのか」

紙面をめくる手がとまる。

「おまえが探さないで、誰があの子を見つけられる」

黒医師はシェルから新聞を取り上げ、紙面を一面に戻した。
ダンの店が全焼した写真をシェルに突き出す。

「これも関係があるのか?」

「俺は三週間近くも警察に拘束されていたんだぞ。
 ねこの居場所すらわかっていないのに、ダンや梅水花園で起こったことの
 何もわかるわけないだろ・・・」

「ならなぜ探さんのだ」

「・・・」

黒医師は新聞を持つ手を下ろした。
少しの沈黙の後、シェルは火事の紙面を閉じる。

「昨夜ずっと考えていた。どこへ行ってどこを探すべきか。
でもその先を考えてしまう。探して、見つけたらどうする。
無事じゃない姿を見つけてしまったら、どうすればいい」

三週間も経っているんだ、と力無く付け足した。


「諦めるには早すぎるだろう。まだ三週間だ」

焦るな、諦めるな、と黒医師は何度もその言葉を繰り返した。
うつむくシェルの肩に軽く手を置く。

その言葉すら、シェルにはすり抜けて落ちていくように見えた。


  

 

 

back next


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送