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09

世界の全てがどうでもいいんだ。


<夕方 フォーラムハウト邸 駐車場>

 

    

 

「レオン様、眠り姫はどうします」

クラタは荷物を後ろの席に投げ置いて、後ろから歩くレオンを振り返った。

「あれは置いていく。ここから近いし二人でいこう。
 天青劇場は天水地区だ」

その答えを聞き、クラタは後部座席の扉を閉める。
手にもっていた地図をレオンに差し出した。

クラタから地図を受け取り運転席に乗り込むレオン。
バックミラーをあわせながら「納得いかない」と呟く。


「だいたい今時主人に運転をさせる執事がいるかい?
 そんな無能なものを私は見たことがない 」

「良かったな。珍しいものが見れて。
・・・執事の免許が剥奪されるまで無茶な運転をさせた主人がどこにいる?」


ため息まじりにそう答えて、クラタは助手席にふんぞり返った。


「さ、行きましょう レオン様」

レオンは眉をしかめたまま、地下駐車場を出発した。


 

 

 

 

<警察局 職員専用食堂>

 

   ・・・ったく 食えたモンじゃねぇなー

スプーンをくるくる回しながら、ギミットはため息をはいた。
当直の晩だけ夕食をここでとるのがギミットの習慣だった。

食堂の中央に置かれたTVに目をやると、野球中継がやっている。
それをぼんやり眺めていると、画面の上にテロップが流れた。

   なんだ?事件か?

目を凝らすと、西大寺路と文字が見えた。


「ギミットさーん!!」

部下の女警官が慌てながら走ってくる。
息をきらせて、メガネがズレ落ちそうに なっている。


「んだよ うるせぇ。メガネ落ちるぞ。俺はTVを・・・」

「お客様です!お早く!」

部下に引きずられながら、食堂を出て行った。

「おい、待てよぉ。ニュースが」

「知ってますよ。西大寺路が火事なんです。梨刀さんは既に向かってます。
 でも、それより」

   火事?

「隣国から、あの容疑者を引き渡せってお達しが〜」

部下はそこで言葉を切って、階段を駆け上っていった。
しかたなくギミットも後を追うと、 ロビーがざわめいていることに気が付いた。

   火事のせいか?

人だかりの中心を覗き込むと、老人とそれを囲む男たちが何人もいた。

   なんだ くたびれたジジイと、ボディガードか?

ギミットはそばの警官の襟を引っ張り、あれは誰かと尋ねた。

「あの方は隣国の国会議員ですよ」

シャツの襟をなおしながら、不機嫌な顔で警官は返事をする。
その老人は、署長に連れられて奥へと入っていった。

「あの容疑者・・・?」

ギミットは、それが誰のことか気づかなかった。

 

 

 

<天青劇場>

 

約束の時間どおり、ダリアはそこにいた。
演目の無い夜の劇場は閑散としている。

何度目かの深呼吸をした後、その車は現れた。
中には男が二人。ねこの姿は無い。

髪にしのばせた針を指先に絡め、その時を待った。

 

 

「やぁ こんばんわ 招待状を受け取ってくれたかな」

運転席から降りるなり、レオンはダリアに声をかけた。
車道をわたりながらダリアに歩みよっていく。

クラタはその後に続き、ダリアの顔を遠目に眺めた。
ずっとここ何週間ほど、この女の動きを実際に探っていたのはクラタだった。
シェルを警察に捕まえさせる為に動き、ねこを誘拐し、ダン・ヴィ・ロウの店を襲ったのも
すべてクラタ。レオンはその手を汚すことはない。

ようやくこの女を目の前にして、妙な緊張感を持った。
一ヶ月前に、ハインツの暗殺を防いだ女。


  その時彼女がいなければ、今俺とハインツはこの世にいないだろう。

  ある意味恩人ともいえる彼女に、
  レオンは無理矢理難題をおしつけようとしている。

「あたなにお話があるのです。これはけしてデメリットだけではなく、良い・・」


レオンの言葉が途切れる。
いつのまにかレオンの目前までダリアが近寄ってきていた。

クラタが「近づかないように」とレオンに耳打ちしようとしたその時。

背中まである長い黒髪が、揺れた。

 

「!?」

一瞬の隙だった。
背後に停めた車のボンネットまで、ダリアはレオンごと飛びかかっていった。
背中を打って動きの鈍るレオンにすかさず殴りかかったが、
ぎりぎりの所でレオンはよけた。

「待てっ」

クラタはダリアにつかみかかったが、即座に蹴り倒された。
そのままレオンのネクタイを引っ張り上げて首を締め上げる。


「レオン様!!」

「動かないで」

レオンの首を押さえたまま、クラタをにらむ。
その手には光る針があった。

「命令しないで。この男を死なせたいの?」

   なんだ この展開は・・・

「この男を死なせたくなかったら、あなたがねこの居場所を教えなさい!」

   ここはレオンが・・・レオンがダリアに脅しかけるはずだ

押さえつけられたレオンはビクともしなかった。気を失っているのだろうか。
クラタはレオンとダリアをにらみつつも、携帯電話を取りだした。

「俺の連絡一つで眠り姫は殺されるぞ。そうしたくなければレオン様を離せ」

ダリアに携帯を見せてみる。嘘じゃない。
どうせ奥からついてきた護衛の車がいる。
ここで何か起これば即効眠り姫は殺す算段になっていた。

ダリアはクラタの言葉に無表情のままだった。


「いいのか?おまえは眠り姫を助ける為にきたんだろう?
 早くレオン様をー」

「そうよ そのためにきたのよ。
だから、こいつを殺した後にあなたを殺す。
連絡を取る間も与えてやらない。その後に、ねこを探す」
 
ダリアはレオンの首筋に針を立てた。

   そんなことが できると思っているのか

光る針先がゆっくりと突き刺さっていく。
クラタはそれを目にしながら 電話を握りしめた。

   どうする? 止めるか?

戸惑ったその瞬間が、長く感じた。
先に動きを止めたのはダリアだった。

クラタを見て、ぽつりと聞いた。

「・・・篤志の偽者まで用意して、私を狙ったのはあなた達?」

 

 

 

 

「・・・違います」

声がした。

「あなたの弟を使ったのは、私ではありません」

そう言うと、レオンはダリアの腕を引き離した。
締め付けられたネクタイを緩めながら、ゆっくり体を起こす。

「覚えていますか。一ヶ月前に天青劇場で起こった騒ぎを」

レオンは劇場を指さした。

「篤志の偽者が狙撃したのは、私の弟を狙ってのことなのです」

「え・・・」

ダリアが驚きの表情を見せると、真摯な表情でレオンは続けた。

「私の弟を狙う者と、あなたに偽の弟を差し向けた者。
 どちらも同じ人物だとは、考えられませんか?」

少し咳きこむ。締め付けられた首が赤くなっていたが、
レオンはネクタイをきちりと元に戻した。そして続ける。

「単刀直入にいえば、共同戦線をはりませんか、ということです。
あなたのその力で、私の弟を守って欲しい。その報酬は、篤志の居場所と」

 

 

「・・・あなたが恨みを持つ男の居場所。どちらも私は掴んでいる」

そういうと、薄ら笑いを浮かべた。


「花蓮も、眠り姫や他のつながり全てを捨てて
 フォーラムハウトへ来ませんか?」

あなたが来ても来なくても、眠り姫は解放しましょう。


そう付け加えて、レオンはダリアに名刺を渡した。
結果的に、全てレオンが組み立てたシナリオ通りとなった。

 

 

    篤志と あの人の居場所?

 

 

「篤志の居場所」の一言が決定打だったのだろうか。
戸惑いの表情を見せて、ダリアは走り去っていった。
その姿を見送ってから、レオンは首をさする。
荒っぽい女だなぁ・・・と呟いた。
そばで棒立ちになるクラタの肩をたたき、車のキーを手渡した。


「私を救うことを迷ったな。この馬鹿者め」

レオンは咳きこみながら、助手席に座った。
クラタも、無言で運転席に座る。

  警察のいない道を帰ろう・・・

クラタは静かに車を発進した。


 

 

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