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08

<書斎>

  

 

    赤い色の夢を見ていた。


 

「起きてください」

 

    声が聞こえる。

 

「聞こえてますか?」

 

 

   ・・・だれ?

 

「起きろ ガキ」

 

 

強く体を揺さぶり起こされた。
ぼんやり目を開けると、そこには見知らぬ男の覗き込む顔。
ねこはその状況に驚き、飛び起きる。

直後に強烈なめまいでバランスを崩した。
床に手をつき、その絨毯の色が深紅だと気づく。
さっきまで、 赤い夢を見ていたことを思い出した。
視界にうつるものは全て赤で、 この絨毯の色に似ていた。

「大丈夫ですか?」

夢の中と同じ声だった。
頭上から聞こえる声に、顔をあげようとしてフラつく。
体を支えたその手の指先に、何本も散らばった髪の毛がからみついていることに
ギョッとした 。

「?」

ねこは手を自分の頭を触った。
右側の髪が、バサバサに切り取られている。

「立てますか」

そう行って手をさしのべているのは見たことのない青年だった。
シェルと同じくらいの年格好で、真っ黒なスーツを着ている。

   誰?

差し出された手はとらず、吐き気をおさえて絨毯から立ち上がった。
かがみ込んでいた男も、一緒に立ち上がる。冷たい表情でこちらを見ている。


そこはどこかの書斎のようだった。
男の後ろには大きな絵画が飾られていて、そばには豪華な家具や置物が目に入った。


「だれ? ここは・・・」

やっとの思いで出た言葉はそれだった。
言葉を発するたびに頭がグラグラと響く。体中も痛い。

「私はクラタと言います。この家の執事をしております」

「クラタ?」

その名を聞いても、誰かはわからない。

「気分がよく無さそうですが、じきにマシになるでしょう。
ここで5日ほど眠って頂きましたので、その為だと思います」

そう言って、クラタと名乗る青年は錠剤を差し出した。
ねこはそれを受け取らず、一歩後ろに下がった。

「5日ほど眠る・・・って」

「あなたを薬で昏睡状態にしておきました。・・・そのせいで気分が悪いかもしれません。」

平然としながら”どうぞお薬を”と続けるクラタを、ぼんやりする意識の中で睨んだ。

「あ、あなたの目的は何・・・?」

力を振り絞っても、言葉にならない。 クラタはねこの腕を掴んで廊下へと歩きだした。

「言っておくが、俺はあの馬鹿の指示に従っただけだからな」


突然口調が変わった。一体ここはどこなのか。視界がぼやけつつも何とか把握しようとした。
赤い絨毯が続くだけで、全くどこかわからない。

引きずられるようにやってきたのは、先ほどの部屋の数倍も広い大きな洋間だった。


 

 

<フォーラムハウト邸 レオンの書斎>

連れてこられた部屋には、大きな窓があった。
天井から続いている一枚のおおきなガラス窓。青々とした木々の姿が見える。

クラタはねこを部屋に案内した途端に姿を消した。
ねこはぐったりとソファーにもたれながら、自分に何が起きたか思いだそうとしていた。

   学校の帰りに・・・誰かが・・・

吐き気がこみ上げてきた。
洗面所は無いかと、部屋を見渡すと扉に誰かがもたれているのに気が付く。

「・・・やあ こんにちわ」

クラタとは別の男が立っていた。その男もまた、シェルと同じくらいの年だった。
真っ黒なスーツに、透けるような金髪が映える。ライオンのたてがみのように
ふわりと立ち上げた髪型が、その男によく似合っていた。

「私はレオン・フォーラムハウトだ。梅水花園の眠り姫・・・だね?」

男は眉ひとつあげず、口元にだけ笑みをうかべ挨拶をした。
フォーラムハウト。その名前は聞いたことがある。

「フォーラムハウト?」

「ハインツ・フォーラムハウトは私の弟だ」

レオンと名乗ったその男は、ゆっくりと近づいてくる。

「ハインツのお兄さん?あなたが私をここに?」

「私が用があるのは、制服を着た学生の少女じゃない。
 梅水地区の眠り姫であり・・・」

レオンは顔を歪めるように微笑む。
ねこはその表情に、何か怖いものを感じた。

「花の暗殺者が気に入っている少女だ、そうだろう?」

ねこの目の前に立つと、一枚の写真を掲げた。
ダリアが写っている。背景は西大寺路だった。

「ダリア・・・?」

写真を手にとろうとすると、それを握りつぶされる。
くしゃくしゃになった写真を床に投げ捨て、レオンは更に一歩近づいてきた。
後ずさるねこの肩を強くつかむ。その手の強さに、ねこは動けない。

「君を跡形無く連れ去るには、周りから攻めるのが得策だった。
君の保護者は警察に引き渡し、梅水花園は世間の好奇の目に晒した。
西大寺路の青年にも、消えてもらったよ」

口元は微笑んでいるのに、目に凍り付く冷たさを感じる。

「まさかシェルを警察に捕まえさせたのはあなたなの?」

ねこの問いに、レオンは何も答えなかった。
肩を掴む力が更に強くなる。

「どうしてだろうか、君の存在が気にくわない
見てると苛つくんだ。聖人のような眠り姫ー…
君は本来娼館の女なんだろう? それなりに私を楽しませてくれるのか?」

そう言った途端、レオンはねこを殴りつけるように傍のテーブルに押し倒した。
背中が痛い。 机の上に置いてあったペンの感触がごろりと伝わったくる。

「いた」

痛みに顔をしかめても、机に押しつける腕の強さは変わらない。
そのまま首をつかまれ、 息がつまりそうになった。


レオンは迷い無く、制服のブラウスのボタンに手をかける。

  !!

「いや!やめて!!」

その言いようのない嫌悪感から必死で逃げ出そうとした。
だが、押さえつける力にはかなわない。
レオンの手がスカートの中に入り、手のひらの熱が脚につたわった。

「やだ やめて!」

叫ぶと同時に、頬を殴られた。


「うるさい。落ち着かない聖母サマだな」

レオンは本当に楽しそうに、そう言った。


「私に触らないで」

ねこの目には涙がうかんだ。
その様子を見て、レオンは笑う。
まるで雑草を踏みつけるかのような、ただ突然に湧いた悪意のような表情をしている。

 


  わたし・・・

 

体が震える。

 

  今までこんな怖い人に会ったことがない。

 

レオンの手が足に触ったが、ねこは逃げられなかった。
涙を浮かべ、助けを願う。

  

  嫌だ 助けて

  シェル

 

  シェル助けて!!

 

「レオンさま」

いつのまにか、クラタが入り口に立っていた。


「眠り姫を傷つければ、花の暗殺者は手に入りません」

クラタの声に、レオンの動きが止まった。
体を押さえつけている力がゆるみ、ねこはレオンの腕の中からすぐに抜け出た。
部屋の隅まで逃げる。おびえるねこの様子を見て、レオンは満足げに微笑んだ。

「ああ、そうだった・・・。やっぱりやめておこう。
あとは君が面倒見ていてくれ。私は仕事に戻る」

レオンは投げ捨てた写真を拾い、部屋から出て行こうとした。
すれ違いざまに、クラタは鬱陶しそうなまなざしでレオンににらむ。


「あんな子供に手をだそうなんて、馬鹿か?おまえは」

「それが主人に対する言葉かな。クラタ」

レオンは笑いながら部屋を出て行った。残されたクラタは、ため息をつく。
部屋の隅にうずくまるねこをみて、足早に部屋を出て行った。
また一人残されたねこは、そこを動くことができない。

数分して、クラタが部屋に戻ってくる。
ねこの足元に、何かを置いた。

「着ろ。持ってきた」

赤いワンピース。ねこにピッタリのサイズだった。


「大人しくしとけば、ハインツでも連れてくる。
しばらくここにいろ」

そう言ってクラタは部屋を出て行った。

 

 


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