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11

<フォーラムハウト邸 地下駐車場 午後8時>

 

 

「あれ、クラタさん。レオン様と一緒じゃなかったのかい?」

 

警備室から男に呼び止められた。


「今日は夜から仕事なんです。レオン様は外出を?」

「夕方、坊ちゃんと出て行かれたよ」

「ハインツと?」

クラタは乗ってきた自転車を留め置き、警備室に入る。
警備の男はタオルを持ってきてくれて、それで濡れた髪を拭いた。


「レオン様に置いて行かれるなんて、何かヘマでもしたのかい。」

「ええ まぁそのようなもんです」

ははは、と警備の男は笑った。
クラタが見る限り、いつもこの男は機嫌がいい。
屋敷の中で一番背の高いこの男の名は、ウィルといった。
ウィルはクラタが乗ってきた自転車に目をやりながら、話を続けた。


「あんたも変わってるね。雨なのに自転車とは」

「私は免停なんですよ」

自宅を出るときは小雨だったので、自転車に乗ってみた。
途中から大雨になって、引き返すわけにもいかず
ずぶ濡れでやってきたが、当のレオンは出かけてしまったらしい。

   レオンの野郎、
   昨夜はそんな予定を言っていなかったぞ・・・

「主人が不在で暇があるなら、どうだい一杯」

缶コーヒーを冷蔵庫から出してきた。
クラタはそれを受け取り、軽く礼を言う。

「生憎ですが、ウィル。
 雇い主が不在の時こそ、使用人の隙をつく好機というものです」

それもそうだ、とウィルは笑った。
クラタは缶コーヒーを持って、自分の仕事部屋に入った。

 

<3時間後>

レオンもハインツも不在となると、世話を焼く相手もいない。
たまっていた書類を整理をし終え、時計を見れば夜の11時だった。


  もうこんな時間か いつ帰ってくるんだ

連絡ぐらい取っておこうと電話に手を伸ばしたとき、ちょうど
ベルが鳴った。レオンからだった。

『役立たずの執事はいるかな』

「ここにおります。どこをウロついているんですか、レオン様」

『夜遊びに行ってただけだよ。もう屋敷の目の前だ。
 クラタ、僕が戻るまでに眠り姫を追い払え』

唐突な命令に、一瞬沈黙する。

『あと5分で帰る。
いいな、あの小娘を二度と私の目に触れさせるなよ』

電話は切られた。

   ・・・俺に無理矢理さらわせておきながら、
   今度は追い払えだと・・・
  
なんとなく苛立つものを感じながら、クラタは椅子から立ち上がる。
傘を掴み、眠り姫を軟禁してある部屋に足早に向かった。

 

 

 

 

レオンが暴行まがいの脅しをかけて以来、ねこの顔を見ていなかった。
すっかりおびえきった状態で、まして普通の少女にはこの屋敷から
逃げ出すこともできないだろう。
そう考えたクラタは、屋敷の使用人の女性に世話を言いつけた。

正直言って、顔も見たくなかったからだ。

 

部屋の扉をあけ、使用人を下がらせる。
隅に座り込んでいたねこは、警戒した表情を浮かべていた。

「君はもう邪魔だ。帰れ」

腕時計に目をやる。レオンの電話から、2分は経っている。
疑いながらもきょとんとした表情を浮かべるねこの手を掴み、
無理矢理立ち上がらせた。

「急げ」

手をつかんだまま、駐車場に向かった。
しんと静まりかえった駐車場に、足音だけが響く。
警備のウィルも、クラタに気づいているようだが出てくる気配は無かった。

クラタはさきほど乗ってきた自転車の鍵をつけた。


「俺は運転できないから、一人で、自分で帰れ」

「・・・」

自転車に傘。
それを見てねこにもようやく事態がわかってきた。

  本当に、逃がしてくれるの?

「別に俺は、味方でも何でもないぞ。
レオンがもう眠り姫はいらないと言ったからだ。
言っておくがー・・・」

そこで言葉を止めた。
雨音に交じって車のエンジン音が聞こえる。
レオンが帰ってきた音だった。

クラタは急いで裏口のシャッターを開け、自転車を外へ出す。
ねこに出口を教え、傘を渡した。

「ありがとう」


クラタは首を振るだけだった。


「最初から、君を連れて来たくなかった。
 こんな手を使わなくても、花の暗殺者を手に入れることができたはずだから」

「クラタ・・・」

早く行け、と言い残してクラタは駐車場の中へ戻っていった。
ねこは雨の中、自転車で駆けだした。
傘をさす余裕もなく、ただこの屋敷から離れることに必死だったので
傍らで自分を見つめる人物の存在に気がつかなかった。

 

 

 

 

<シェルのアパート 夜11時>

3週間ぶりにシェルは自宅に帰ってきた。
鍵を開け、中に入る。
しんと静まりかえったアパートに、雨音だけが響いていた。

キッチンに向かい、コップに水をくむと
黒医師からもらった薬瓶を開けた。強い効き目の睡眠導入薬。


   疲れたな・・・

TVも、部屋の電気をつける気にもなれない。
ソファに座り、ただ雨音を聞いていた。
そうしていると、意外に薬が効いてきた。
ぼんやりとした眠気に誘われながら、ソファに寝転がる。

  どうせ すぐに目が覚める

シェルは強まる雨音を聞きながら、目を閉じた。

 

 

 

 

 

カン カン カン・・・

 

雨の音に混じって、螺旋階段を上る音がする。
カカトのある靴で登るときに響く音だった。

  ・・・

シェルは夢うつつの中、ぼんやりとその音を聞いていた。


それはねこの足音と よく似ていて、それでも夢だと思っていた。

足音は自分の部屋の前で止まった。
目を開ける。時計をみると夜中の3時。
4時間近くも眠っていたようだ。

ソファに寝転がったまま、シェルはつぶやく。

「・・・誰だ・・・」

返事は、無い。

ただ、ドアノブをひねる音がした。

玄関は鍵をかけてある。
無意味な音が部屋に響くだけで、ドアは開かない。
何度もひねられるドアノブの音を聞きながらシェルは身を起こした。
暗闇の中裸足で玄関に歩いていく。

ノブをひねる音は止み、一瞬静寂が訪れた。

もう一度「誰だ」と言おうとしたその時。

 

「・・・シェル・・・?」

微かに、聞こえた。

自分の名を呼ぶ、会いたい人の声。

「いないの?シェル?」

玄関までの距離が長く感じた。
鍵を外し、急いで扉を開ける。

扉を開けると、雨音が一段と強くなった。
静かだった部屋に、音が満ちる。

そこにはねこが立っていた。
雨でずぶぬれになって、見慣れぬ赤いワンピースを着ている。
けれども確かに目の前に立つのはねこだった。


「ねこ・・・」

シェルの腕がねこを引き寄せるのと、ねこがシェルに抱きつく間は
同じくらいだったかもしれない。

痛いくらい固く、強く抱き締めた。

 

「もう会えないかと」

 

「二度と会えないかと思っていた」

狭い廊下で、二人は崩れ落ちるように床に倒れ込んだ。
玄関の扉がゆっくりと閉まり、雨音が小さくなる。

雨に濡れた体を抱き締め、シェルはねこの顔をよく見た。

息をしている。生きている。夢じゃない。

「震えているのね」

ねこはシェルの頬に触れ、そう言った。ねこのその手すら震えている。
シェルはその手をそっと掴み、ねこの顔をじっと見た。

髪から伝う雨水が、ぽたぽたと床に落ちている。

「寒いか?」

「寒いよ」

そうつぶやくねこの唇から、雨水が落ちる。

 

 

唇が触れる。

軽く、触れる。ねこの唇は、雨水まじりで冷たかった。
今度は指で雨水を拭った。

ねこはシェルの肩に顔をうずめて、そのまま動かなかった。
階段を駈けのぼってきたせいか、息が荒い。
呼吸をととのえた後、シェルの肩を抱きしめてぽつりと言った。


「シェルがいいの」

「?」

「私はシェルじゃないと駄目なの」

 

 

ねこが耳元で囁く声を聞きながら、
いつのまにかシェルは涙を浮かべていた。

自分の中の空虚だった心をその言葉が埋めていく。

人と触れてこんなに心が震えたことは初めてだった。


どれだけ静かにそこにいたかわからない。
気づけば、ねこの体は随分冷えていた。
倉庫からストーブを引っ張りだし、寒さに震えるねこの前に置く。
タオルを何枚も持ってきて濡れた服を取って体を拭いた。

今までどこにいたのか、どうやって戻ってきたのか。
聞きたいことは山ほどあったが、シェルは何も聞かなかった。

ねこも何も言わなかった。

今は何も言葉にできない。

お互い無言だったが、目が合うたびにうれしそうにねこは笑った。


雨音が弱まり、ねこの震えがおさまるころには、
二人毛布にくるまって抱き合って眠った。

子供のように

深い眠りに

 

 

 

 

(NEXT ---> CHAPTER 5 LAST STORY)

 

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