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11

 

<GALAXY 通用路>

逃げる人物はこの館内の配置をよく知っているようだった。
裏口から従業員用通路を通り抜けていく。

ダリアが跡をおい裏口の扉をあけると、配置されていた警備の男達は床に倒れていた。
意識を失っているが、負傷もしていないようだった。

  …血は流れていない。呼吸もしてる。大丈夫か。
 
構う暇も無かったので、倒れた男達はそのままに
ダリアはその場を離れた。

逃げる小さな人影をひたすらに追う。
その影を追いながら、篤志を名を語る少年が殺された時を思い返した。

『姉さん、あなたの側には』

ーあの時あの少年は何を言おうとしていたんだろう。

その言葉の先を聞くまえに、彼は撃たれてしまった。
彼に篤志のフリをさせた何者かに。

今目の前を逃げ行く人物が、真犯人なのかもしれないと思うと
自然と追う足取りも速くなった。

廊下の突き当たりまでくると、人影は奥の倉庫に入っていった。
ダリアは倉庫に入らず、階段を探した。倉庫のもう一つの入り口の目前に階段がある。


 − クラタの言っていた通りだわ。

”いいか、ダリア。
 今回、警備が手薄な場所を作ってある。倉庫と、そこを抜けたE階段。
 この地点にはあらかじめ罠をはっておく。必ず、犯人は足止めを食らう筈だ ”

クラタに聞かされていた計画では、この階段だけわざと警備を少なくさせてあるようだった。

   とすれば、倉庫に入った犯人はいずれ階段までやってくる筈。

ダリアは階段の物陰に隠れた。
倉庫の中にいる人物に気づかれぬよう、息を殺した。

 

 

 

 

<GALAXY 通路 階段>

 

『姉さんは状況がわかってない。
自分のいる場所も、自分のその価値も』

あの少年は、そんなことを言った。

『 姉さんは自分の立場が嫌なんだ。だから、どういう状況にいるかわかろうともしていない。
だからあなたはそのままなんだ。花蓮を疑いもせず、自分の存在価値も知らない。』

…花蓮とは手を切った。
自分の価値だって利用してきた。

『姉さん、あなたのそばには』

私のそばには…?
その続きが知りたい。

彼は何を言おうとしていたのだろうー…

 

 

階段に身を潜めた束の間、そんなことを考えていた。
ふ、と鼻につく異臭で思考は閉ざされた。

  なに、この匂い

いい匂いではなく、薬品の混ざったような匂い。
いつのまにか足元にはほのかに白い煙のようなものが立ちこめている。

  …これがクラタの罠?

倉庫を覗くと、煙の出先はそこだった。
ドアの隙間からじわじわとわき出る煙と、異臭。
長く吸えば目眩が起こりそうな感覚。

ダリアは胸元のリボンスカーフを外し、口元を覆った。
白煙が勢いが衰えることなく倉庫内から溢れてくる。
静寂は途切れ、 激しい咳きこみが聞こえた後倉庫から誰かが出てきた。

白煙が邪魔して顔がよく見えない。
その人物は足元をフラつかせながらも階段に向かって歩いてきた。
その服の色から、さっき逃げていた人間と確信する。

  こいつだ。間違いない。

ダリアは背後から渾身の力で殴りつけた。

不意の攻撃をくらい、その人物は床に転がり込む。
ダリアは体勢を立て直す隙を与えず、顔面に蹴りを入れ
転がるその人物の上にのしかかった。

  こいつが篤志を!

取り押さえて首をしめ動きをふさいだ。
そして その顔を見る。

  え…?

ダリアは顔を見て驚いた。自分の予想よりも年老いている。
老人と称するほどではないが、目を引くのは真っ白な髪。
逃げる身のこなしからは想像できないほど、そこにはごく普通の老いた男がいた。
彫りの深い顔立ちに、青い目。男はダリアを無表情に見つめている。

「あ…あんたが偽の篤志を私の元へ?」

男は何も答えない。
首を絞められているのにもかかわらず、苦しそうな表情すらしていない。
ただただ静かに、ダリアを見つめている。
どこか見下すような目をしている、とダリアは思った。

「篤志の居場所を知っているの?」

男は何も話さなかった。

  …話さない気か

犯人を捕らえても殺すなとレオンに言われている。

   とにかく意識を失わせて、動きを封じようか。

ダリアは髪に隠した針を手に取り、男の首に触れようとした。
白髪の男は身動き一つしない。

   なぜ抵抗しないの?

そのとき、後ろから走ってくる足音が聞こえた。

「ダリア!」

シェルの声だった。
シェルも来ていたのか、と動きを止めた瞬間白髪の男は隙をついてダリアを突き飛ばした。

持っていた針が指から落ちる。男はすぐにその針を拾った。

「それを返して!」

ダリアが叫ぶと、男はすっと立ち上がった。
無表情のまま、一歩ダリアに近づいてくる。

  なに?

後ろからシェルの叫び声が響いた。

「近づくな!ダリア!そいつもあんたと同じ針の使い手だ!」

  え…針の使い手?

ダリアが戸惑った瞬間、男はダリアの首筋目がけて針を持つ手を下ろしてきた。

「!!」

すんでのところで身をかわす。バランスを失って床に崩れたところを
男が再度狙った。どこかに忍ばせていたのか、いつのまにか小さなナイフを握っている。

「やめろ!!よけろダリアッ!!」

襲いかかる白髪の男から身を引いた瞬間、残った右足首を ナイフで切りつけられた。
痛みに顔を歪める。その隙に男はダリアから離れ、階段を駆け下りていった。

「ダリア!大丈夫か」

シェルが駆け寄ってきた。ダリアは負傷した足首を手で押さえた。
血が流れているが、深くはない。

「大丈夫、すぐ血は止まるわ。それより、私はあいつを捕ま…」

「俺が追う、あんたはここで待て」

ダリアの言葉をさえぎり、シェルは立ち上がった。

「シェル、危ないわ!」

シェルはダリアの止める声も聞かず、
白髪の男が逃げた階段を降りていった。

 

 

 

<階段下>

 

 

『残念だが、まだ君と会う時では無い、今はまだ』

あの時、あの男の言葉に凍り付いた。
もう二度と会うことも無いと思っていた。
永遠にその名を呼ぶことは無いと思っていたのに。

 

 

シェルは階段を駆け下り、長い廊下を走った。
姿こそ見えないが、その先にいることはわかっていた。

  …あの時と同じだ。

篤志の名をかたる少年が撃たれた直後も同じように、同じ男を追いかけていたのだ。

 

「待て!」

降りてきた階段と反対側まで来ると、別のエレベーターが遠くに見えた。
そこに、人影がいる。 いつのまにか ボーイの服装になった白髪の男が、エレベーター前に立っている。

「ラ…待て」

男は、シェルに気づいている。
エレベーターの扉が開き、足早にエレベーターに乗った。

「待て、待ってくれ…あんたに聞きたいことがあるんだ」

エレベーターまで全力で走った。その距離が遠くもどかしかった。
白髪の男はシェルを一瞥すると、エレベーターの扉を閉じかけた。
閉じかける扉を前に、シェルは二度と呼ぶはずが無かった名前を叫んだ。

「…ラウフレア!待ってくれ!」

エレベーターの扉が静かに閉じる。
シェルは息を切らしながら、たどりついた扉の前に座り込んだ。

「畜生…」

絨毯に手をついた。全力で走ってきたので呼吸が荒く、手ががくがくと震える。
薄暗いエレベーターホールの前で、シェルは虚しく絨毯の模様を眺めた。

  !!

一本の光の線が、絨毯の上に差し込む。
見上げると、エレベーターは開いていた。
中には白髪の男が立っていて、自分を見下ろしていた。

「ラウフレア…」

もう一度その名を呼んだ。
二度とその名を呼ぶことも無いと思っていたが、
今目の前に立つ男は紛れもなく彼だった。

  変わってないな、昔と全然容貌が変わらない。

久しぶりに見る、ラウフレアその人だった。

「セイシェル、大きくなったな。
 もう立派な青年じゃないか」

ラウフレアはひざまづくシェルの前にかがみ込み
やさしく微笑みながらシェルの頭を撫でた。

「篤志はどこにいる」

頭を撫でる手が止まる。
ラウフレアは少し厳しい表情をして、シェルに言った。

「君こそ何をしている。
 まだあの小娘の側にいて、どうする気だ」

「どうして篤志の偽者を彼女の元へ送り込ませた?
 あんたの目的はもう果たせただろ、これ以上ー」

「違う、違うよ。セイシェル」

ラウフレアは首を振り、ゆっくりと立ち上がった。
エレベーターの中に戻っていく 。
シェルはその動作を見つつも、立ち上がることができなかった。

「もどっておいで。いつでも私は君を待っている」

ゆっくりと扉は閉まり、エレベーターホールには
薄暗さが舞い戻った。

 

 

 

 

<階段下>

ダリアが足をひきづりながら階段を降りると、シェルが向こう側から戻ってきた。

「シェル!無事だったのね。よかった。
 …さっきの男は?」

「取り逃がしたよ。ボーイの服装で、エレベーターで下に。
ダリア、座って。止血する」

シェルは持っていたハンカチを取りだし、ダリアの足首を押さえた。
階段上がにわかにざわめいてきた。レオンの部下が遅れをとってやってきたのだろうか。

「何か…声とか聞いた?話し方とか」

「…いや、何も…」

複数の足音が聞こえてきた。警官達もいるだろうか。
ダリアは足首を押さえるシェルの手を外し、自分でそれを押さえる。

「警察も、レオンにもあなたがここにいたことが見つかると
 まずいでしょ。もう、行って」

「ダリア」

階段を降りてくる足音が聞こえた。
ダリアは立ち上がり、階段を上った。
後ろを振り返り シェルを見る。

「私が引き留めるから。今のうちに行って」

階段を上る姿が痛々しい。
シェルは静かにその場を去った。

 

 

 

 

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