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「もどっておいで。いつでも私は君を待っている」

 

 

 

 

 

 

 

 

黒十字病院の朝は静かだ。
病院の主である黒医師は専ら朝が遅い。
それは低血圧などの体質に起因するものではなく、
ただ単純に目覚まし時計の音が嫌いなだけであるが。

昨夜遅く飲み屋から戻ってきて、明け方の4時頃に眠った。
そしてまだ安眠の中にいたとき、その電話の呼び出し音は容赦なく黒医師の耳に届けられた。

「くそっ誰だこんな朝早くから」

寝惚けながら文句をぶつぶついい、ベッドをでて不機嫌に電話をとった。

「はい、黒十字病院」

『…せ…ん…』

雑音がひどい。ブツブツと途切れる受話器の向こうから女の声がする。

「誰かわからんが、雑音で聞こえん」

何度目かの雑音の後、声の主がダリアだとわかり黒医師は眠気が飛んだ。

「ダリア?」

『先生、今からそっちに行ってもいい?』

時計を見ると、朝の8時半だった。

 

 

 

<黒十字病院>

 

電話があって30分後、ダリアはやってきた。
黒医師は突然のダリアの訪問に驚いている。

呼び鈴が鳴り病院の入り口へ出向くと、薄暗い廊下にダリアが立っていた。
真っ白なワンピースを着たダリアの右足には同じく真っ白な包帯が巻かれている。

「いきなりでごめんなさい。ようやく歩けるまでになったから」

「どうしたんだ、この包帯は。 …まぁ、入りなさい」

黒医師は廊下の様子を伺うが、他に誰もいない。
「一人で来たのか」と尋ねると、下で車を待たせているとダリアは言った。

「ハインツを学校に送った帰りなの。
 ここには治療してもらう名目で、立ち寄ってもらったの」

病院の窓から下をのぞくと、確かに車が一台止まっていた。
中には、運転手の格好をした男が一人。
黒医師は窓から目を離しキッチンに向かった。

「…で、その足はどうした。何かあったのか?」

ダリアは台所に置かれた椅子に座り、右足の包帯をさすりながら返事をする。

「この前、ちょっとね。先生ならシェルから聞いているかと思ってたわ」

「シェルから?」

聞き返しながら、黒医師は流し台から適当にマグカップを取りだした。
コーヒーはどこだったかと、戸棚をあさる。ダリアはその様子を見ながら話続けた。

「シェルとフォーラムハウトのパーティで出会ったの。その日、篤志を狙っていた男が
 今度はレオンを狙って狙撃してきた。私は犯人を追ったんだけど
 捕まえ損ねて、この結果。シェルが途中から追いかけてくれたけど、無理だった。」

そんなことがあったとは、黒医師は全く知らなかった。
ここ一週間ほどシェルは黒十字病院に来ていない。

  病院へ来れないほどのショックだったのだろうか?

黒医師は考えるのをやめ、ダリアの前に淹れたてのコーヒーを差し出した。
自分の分のマグカップを持って、向かいの椅子に座りダリアの顔を見つめた。

久しぶりに近くで見るダリアの表情は、想像より元気な印象をうけた。

  思っていたより、元気そうな顔しているな。
  レオン・フォーラムハウトの元にいて、どうなってしまっているかと
  思っていたが。

ダリアはコーヒーを一口飲んだあと、バッグから封筒を取りだした。

「用件は、これなの」

封筒を黒医師に差し出す。 中に、一枚の紙。
黒医師が折りたたまれたそれを広げると、 それは男の似顔絵だった。
全く見覚えの無い、初老の男の似顔絵だった。

「これは?」

「これが、その男の顔。偽の篤志を使ってハインツを狙い、
今またレオンを狙ってきた犯人の顔よ」

「な…こいつが」

黒医師は驚いた。その似顔絵には、目鼻立ちがくっきり描かれた白髪の男が描かれている。

「レオンはハインツを狙い続ける犯人を探していて、
 ある一人の男にずっと目星をつけていたらしいの。
 ただ、その男は今まで一度も姿を捉えられたことが無くて、
 顔が分からないから捕まえることができなかったって」

「…」

ダリアの話を聞きつつも、黒医師は似顔絵の顔から
目が離せなかった。

「レオンが狙われた時、この男の顔を見たのは私と、シェルだけ。
 私の記憶をもとに、その似顔絵が作成された。今フォーラムハウトは
 全力でその男を捜している」

「なるほど」

黒医師は頷き、似顔絵から目を離した。
ダリアは視線をそれに落としながら、話を続ける。

「…シェルに、聞きたいことがあって」

「シェルに?」

「私が見たこの男の顔が、本当に正しいか。
 シェルも目撃してるから、この絵を見せて聞いて欲しいの。
 少しでも違う場所があれば教えて欲しい 」

黒医師はただ黙って、頷くだけだった。

「わかった、必ずシェルに伝えておく。またここに来るといい」

「ありがとう、先生」

ダリアは椅子から立ち上がった。
右足を守りながら、病院の玄関口に向かっていく。
誰の支えも無く歩くダリアの後ろ姿に、黒医師は声をかえた。

「ダリア」

「なに?」

「…どんな事態が起きようと負けてはいけないよ」

ダリアは一瞬きょとんとした表情になり、それから微笑んだ。

「ありがとう 大丈夫よ」

そして、静かに病院を出て行った。

階段を下りる音が聞こえなくなったあと、
黒医師はもう一度似顔絵の紙を眺めた。

”頭髪:白”、”瞳:青”… 

事細かに書かれた特徴のメモに目を通し、黒医師は一人つぶやいた。

「あんた、こんな顔してるのか」

リモコンに手を伸ばしTVをつける。
朝の静寂はそこで途切れた。

 

 

<フォーラムハウト邸>

「ダリアさん、レオン様から部屋に来るように
 伝言を預かっています」

黒十字病院から屋敷に戻ってくるなり、レオンに呼ばれていると連絡を受けた。
ダリアは帰ってきたその足でレオンの部屋へ出向き、扉をノックをする。

「レオン」

声をかけたが返事が無かった。そっと扉を開ける。
レオンは部屋の真ん中に置かれたソファに腰掛けて、目を閉じていた。
ダリアが入ってきたことに気づいてない。

「レオン?」

もう一度声を掛けると、レオンはゆっくり目を開けた。

「ダリア、すまない。寝てたみたいだ」

「出直したほうがいい?
 顔色悪いわ。疲れてるんじゃない?」

「いや、今から隣都市に出かけるから。その前に君に話さなくては。
 さ、座ってくれ」

そう言って、レオンはにっこりと笑った。


 

 

<レオンの部屋>

 

「実はね、君と結んだ契約を解除しようと思うんだ」

唐突にレオンは切り出した。
突然の発言の内容に、ダリアはしばし沈黙する。

その意味を考える前に、レオンははっきりとダリアに言った。

「君はもうフォーラムハウトに仕える必要は無い。
 自由にしてくれていいよ。ここを出てもいいし、もちろん居続けてもいい」

「どういう意味…」

何の裏があるのだろうと、考えたがダリアには答えが出せなかった。
黙ったあとに出せた質問は、「どうして?」の一言だった。

「どうしてかって?白髪の男の居所がわかったからだ」

ダリアの脳裏に、男の顔が浮かんだ。

「見つかったの?犯人を捕まえたの?」

「いや、まだ捕らえてはいない。ただ、場所は掴んだ。
 君にはハインツを守り犯人を見つけることを求めたが、その役目はもう
 十分果たしたと思う。だから、ダリア。君を解放することにしたんだ」

「教えて、その男はどこに?」

レオンは「ダメだ」と首を振った。
きっぱりと断られ、ダリアは戸惑う。

「私にもその男は関係するのよ、レオン」

レオンの表情が厳しくなる。

「奴に関わることにメリットはない。
君は弟を取り戻すことだけを考えなさい」

「…?」

弟、と言われダリアは黙った。
レオンはダリアの肩に手を置き、諭すように
ゆっくりと話した。

「奴の始末はフォーラムハウトに任せなさい。
 君には私が集めた弟の情報を全て渡そう。
 そして君は弟を迎えに行くんだ」

「篤志を?」

レオンはうなづく。

「以前言っただろう?篤志の居場所も私は掴んでいると」

確かにそう言っていた。
ねこの身柄を取り戻す為だけに、レオンの元へ行っただけではない。
篤志の情報も条件の一つだった。

ただ、ダリア自身早々教えてくれる情報だとは思っていなかった。

「本当?」

「本当だとも。私は安っぽい嘘はつかないよ。それに君には−…」

レオンの言葉が途切れた。レオンの目線が背後に移ったので
ダリアも後ろを振り返った。
部屋の入り口に、いつのまにかクラタがいた。

「レオン様、そろそろ出発しましょう」

クラタもパーティで傷を負っている。いつも通りスーツを着ているその姿からは
怪我の具合はわからなかった。

「ダリア、続きは明日帰ってから話そう。
 明日には全て資料を揃えておくよ」

「ええ、わかったわ…」

ダリアはそう答えながらも、まだ事態が実感できてなかった。

  こんなにも早く弟の情報が手に入るなんて…

レオンは立ち上がり、ダリアの手を取った。
ダリアもつられて立ち上がる。掴んだ手を強く握られ、ダリアは顔を上げた。

そこには、初めて見るレオンがいた。
真摯な表情で、ダリアを見つめている。

「ずっと言えなかったけれど、君にお礼が言いたかった。
 弟を、ハインツを救ってくれてありがとう。天青劇場で偶然にも弟を救ってくれた君。
 感謝してもしつくせない」

「レオン…」

レオンは微笑み、ダリアの頬にキスをした。

「じゃあ明日」

レオンとクラタが出て行った後、ダリアは部屋から
彼らが乗る車を見送った。

 

 

 

<車中>

翌日、ダリアはいつも通りハインツの下校につきあっていた。
レオンに言われたことをハインツに話すと、「ふぅん」と彼は頷いた。

「良かったね」

戻りの車中で、ハインツは淡々と喋った。

「兄さんはね、あれで結構優しいところもあるんだよ。
 みんな冷酷だとか、暴君だとか言うけど」

「そうね、昨日知ったわ」

「それに、兄さんはきっと犯人を捕らえるよ。
 僕も兄さんも犯人に苦しむことは無くなるし、ダリアも弟を見つけられる。
 すべて好転したね。良かった」

そう言って、ハインツは無邪気に笑った。
ダリアもつられて笑う。無表情なハインツにそう言われると、本当に
良い事態に変わってきたのだと、ダリアは実感してきた。

車が高速に入ったあたりで携帯が鳴った。
ハインツは面倒くさそうにカバンをさぐると携帯を取りだした。
画面の発信者名を見て、少し眉をひそめる。
それから電話をとった。

「はい。僕。…クラタ?誰の電話からかけてるの?
 聞こえてるよ、うん」

運転手はラジオの音量を落とした。微かなラジオの音楽と、ハインツの声だけが
車に流れる。ダリアはハインツの会話を聞きながら、
ぼんやりと流れる景色を眺めた。

  私はもう自由なんだ

道の案内板に梅水地区の文字が見えた。
ねこの顔を思い浮かべる。

  ねこの所へ戻ろう。
    
  先生も心配しているし、シェルにも面倒をかけた。

  弟を連れて・・・

「え?」

ハインツの声が曇った。
ダリアが振り向くと、妙な顔をしているハインツがいた。

「ハインツ?どうしたの?」

ハインツは黙って電話を切って、ラジオにかき消されるような声を出した。

「兄さんが…」

携帯電話を持つ手が震えている。

「レオンがどうしたの?」

ダリアには、なぜか嫌な予感がした。

「兄さんが、危篤…」

ハインツの手から電話は滑り落ちた。

 

 

 

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