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15

 

「俺はいつか断罪される

罪は裁かれねばならない。

もし自分が裁かれないままだと、
すべてが間違って見えたまま生きてしまう 」

何度も自分に言い聞かせた言葉。
裁かれるその日まで、傍にいたいとねこに言った。
夕焼けに染まる病室で、ねこは「いいよ」と笑って言った。

いつしか3年以上の時が経った。

断罪の日が、来たのだ。

 

 

 

<駐車場>

 

予感がした。
ダリアがこっちを振り向いた時の
自分を見る目はいつもと違った。

「セイ…?」

ダリアが呼ぶその名を、シェルは否定することも
偽ることもできないと思った。

「セイなのね」

ゆっくりとダリアは立ち上がる。
結った髪から、光る針を取る仕草を見てもシェルは動けなかった。

「いいよ。ずっと待ってたんだ」

シェルがそう言うと、ダリアはゆっくりと近づいてきた。
もはや目つきが違う。
その光景は天青劇場で初めてダリアと会った時と同じだった。
ねこに襲いかかってきたダリアを、シェルが止めたあの瞬間。

あの時と同じように、ダリアは右手を振り上げた。
その針が自分を狙ったものとわかっていても、シェルに逃げる気は無かった。

ずっとこの日を待っていたのだ。

 

 

シェルが目を閉じかけた瞬間、ねこの声が響いた。

「やめてーっ!」

駐車場の入り口に立っている。
いつのまにか、部屋から降りてきたようだ。
緊迫した空気を読み取ったのだろうか、ねこは血相をかえている。

「ダリア、どうして!!シェルが何を」

ダリアは何も答えない。
今のダリアにはねこの声すら届かない。
シェルは大声でねこを止めた。

「ねこ、来るな!! 絶対に来るな!!
 これは俺と…彼女の因縁なんだ」

シェルの制止に、ねこは立ち止まる。
泣きそうな、どうしていいかわからない表情をしているねこに
シェルは笑って、静かに別れを告げた。

「さよなら、ねこ」

 

 

それは一瞬だった。

ダリアがシェルを抱き寄せるような動作。
そっとシェルの首を引き寄せ、もう片方の腕を背中にまわす。
それだけだった。

直後に、ぐらりとシェルの体は崩れ落ちた。
ダリアが背中にまわしたその手を離すと、支えを失った体は地面にごろりと横たわった。

「シェル…?」

ねこの呼びかけが虚しく響く。
ダリアは地面に転がるシェルを見下ろし、それからねこに視線を移した。

「…」

問うような目でみるねこに、ダリアは何も言わなかった。
ちらばった ファイルを拾い、そのままゆっくりと立ち去っていく。
ダリアの姿は路地から静かに消えた。

 

 

 

 

<駐輪場>

 

ダリアが立ち去った後も、ねこは呆然と立ちつくしていた。

路地の奥から聞こえた車のクラクションの音で我に返り
ようやく動き出すことができた。

倒れたまま動かないシェルのそばに駆け寄る。
肩をゆすっても、頬をたたいてもぴくともしない。

「シェル…?」

胸に耳をあてる。弱々しい鼓動が聞こえた。
その音に安堵するも、何故ダリアがこんなことをしたのか、
どうしてシェルは自分に別れを告げたのか、全くわからなかった。

「シェル、どうして?」

ねこは、誰もいない道路で一人悲痛な声を上げた。

「誰か…誰か助けて!
シェルを助けて!!」

 

 

 

 

 

<黒十字病院>

 

シェルが黒十字病院に運ばれたのは、それから30分後だった。
ねこは通りがかった車の運転手に頼み込み、意識の戻らないシェルを病院まで運んで貰った。

病院には黒医師と治療に来ていたダン・ヴィ・ロウがいた。

 


「なんだろうな、いつ起きるのかわからん」

原因不明の昏睡状態。一通りシェルの容態を調べたあとに、黒医師が下した診断はそれだった。
ダンはベッドに寝かされたシェルの顔をのぞきこんだ。

苦しむ様子も無く、安定した呼吸を続けるシェルは
まるで眠っているように見える。
だが、いくら呼びかけようと彼が目を覚ますことは無かった。

ダンは似たような風景を見たことがあった。
まだBunchOfPigsの店があったころ、キジとねこが行方不明になったときに
ダリアが店に乗り込んできた時。

ダンの仲間がダリアを追い払おうとしたとき、 彼女は瞬時に仲間の少年の意識を奪った。
ねこから聞いた、シェルの倒れた様子は仲間が受けた技とよく似ている。

「先生、オネェサンは俺の仲間にそんな技をやってのけてたよ。
 奴ら二、三時間後に起きてたけどネ。シェルもそうなんじゃないカナ」

「……」

ベッドの側に立っているねこは、シェルの手をそっと取った。
静かに眠るその表情は、どこか安らかな顔をしていた。

「…二、三時間で許せる罪じゃないんだろうよ」

静まりかえる病室で、黒医師はポツリとつぶやいた。
ダンはその言葉に顔をあげる。

「先生よ、何か知ってるのカィ」

「……」

黒医師は黙ったままだ。ダンは続けた。

「僕ネ、なんとなく勘付いてるヨ。シェルとダリアには何があるんだい?
 少なくとも、シェルには何かしらダリアに思いを抱いてるダロ?
 それは何だ?その罪とやらか?」

黒医師はダンの問いに答えなかった。
胸ポケットから煙草を探すも、空き箱が出てくるだけで
煙草は無かった。

黒医師は大きなため息をついた。

「ああ、知ってるよ。俺は知ってる。
 こいつが警察に捕まっているときに、半ば無理矢理聞き出した。
 苦渋に押しつぶされそうだったから、俺に吐かせた。
 何を抱え込んでいるのか、と無理にでも話させた 」

「先生、シェルは何に苦しんでいるの」

「ねこも知ってるだろう?こいつの負い目を。負債を。
 ただ、俺もねこも、シェル自身も知らなかったんだ。
 その負い目が、ダリアに大きく関わってくることを」

ダンは黙ったまま、病室のソファに座った。
黒医師も壁にもたれていたが、近くのパイプ椅子を広げそれに座る。
ねことダンを見て、問う。

「言っておくが、聞いても何にもならないぞ
 消し去ることのできない過去の話を聞く、ただそれだけだ」

「聞かせて、先生」

ねこは眠り続けるシェルの手を握った。
その手は温かい。ただ、握り返すことは無い。

夕焼けが病室を明るく照らす。
オレンジ色に染まった病室で、黒医師は重い口を開いた。

 

 

 

 

  

  俺は夢を見た。


  さっき泣きながら走ってきたのは
  ダリアじゃなく、小さなあの子。
  
  駆け寄っていく先には 彼がいる。
  懐かしい家がある。
  
  俺を呼んでいる。
  
  彼の傍には小さな篤志もいる。
  俺に手を振っている。

 

  「今帰るよ」

  そう伝えたかった。
  一歩足を踏み出せば 辿るのはあの家路。
  
  今一度、昔に戻るのだ。
  あの夏に あの家路に

 

 

 

 

 

 

CHAPTER 6 END →  NEXT CHAPTER 7「ラウフレアの子供」

 

 

 

あとがき

Chapter6が終わりました。Chapter5とほぼ前後編だったので
やっと終わったなあと。長かったなぁ。更新履歴を見るところ、フォーラムハウト編は
去年の5月から書いていました。ほんま長。というか書くペースが遅くて申し訳ないです。

レオンが危篤になる経緯、ダンの空白の時間について別枠に話をとっています。
レオン話はRevereseSideに、近々UPしようと思っています。

次回からChapter7、このタイトルは初期の頃に決めて以来ずっと出したかったので
ようやく出てきて「が、がんばったな自分・・・」と思ってしまいました。
次のステージは回想中心になります。

眠れぬ男と眠り姫、残り2章と1話分予定しています。
あと少しおつきあい下さいませ。 

サクラミズ 2005.5

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