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chapter7 01

 

 

朝焼けだったのだろうか

空に赤みが帯びる あの瞬間
誰もいない川辺に 俺は立っている
瞳を閉じて 風を感じるのを待っていた

「……」

誰かの気配がして 目をあけると
そばには彼がいた
静かに、俺を見ている

その名を呼んで 話しかけようとすると
彼は崩れ落ちるのだ

一転、空は灰色に変わり
俺の足元は暗くなる 
崩れ落ちた彼を探したが 
真っ暗闇の中 もういないのだと
どこかでわかっていた

それでも俺は 彼を探し続けている
見つからないと わかっているのに
永遠に  永久に

 


いつも そこで 暗闇をさまよう夢は途切れる

夢だと安堵し、暗闇の寝室でため息をつく。
しかし、彼がもうこの世にいないことは夢ではないのだ。
俺が殺してしまったのだから。 

 

 

 

 

 

 

その街の名前は覚えていない。
いや、正確な名前など一度として聞いたことがない。

北に位置するそのエリアがノースヘッドと呼ばれていたことは覚えている。
一時はいくつもの工場が建てられ人が溢れた場所だったと、俺を育ててくれた老齢の教授は言っていた。

「ランケの工場が爆発してから、全て駄目になっちまった。
栄華は一瞬なのだよ、セイシェル」

教授の言葉を聞いて、だから街道はいつも油臭いのかと
妙に納得した記憶がある。 俺は地図帳を閉じて、ソファに寝転がった。

「その工場があれば俺を雇ってくれたかな」

窓辺から灰色の街を眺めていた教授はゆっくりと俺の方を見て
気味の悪い笑顔を見せた。もともと悪人顔のこの老人はたまに笑顔を見せるが
いっそ見せない方がマシだと、いつも俺は思っている。

「この街でガキが働くなんざ100年早い」

「俺もう15歳だよ。十分大人だと思う」

「自分を大人だなんて言いはる所が、ガキだってことさ」

そう言われると、返す言葉が無い。
俺はソファから起きて教授の顔をもう一度見た。

「でも俺は早く大人になりたいんだよ」

教授はふ、と笑った。

「わかってる。わかっているよ、セイシェル」

 

 

<ノースヘッド>

 

−俺はこの街で生まれたのだと教えられた。
生みの親は知らない。廃ビルの裏道に捨てられていたのだという。
たまたまゴミ捨てに来た清掃婦が、路地裏で泣きわめいていた俺を発見して
そのまま教授のアパートに連れてきた。まだ街は眠っている、明け方の頃だ。

「先生、この赤ちゃんに名前をつけてあげなよ。可哀想に。
 こんなに痩せて、ねぇ。ひどいわねぇ」

清掃婦は、そう言いながらも足早に教授のもとを立ち去ったらしい。
彼女にとって困った拾い物をしてしまっただけなのだろう。
玄関で俺を抱いたまま、教授は大きなため息をついた。

「はぁ…なんだってんだ。フォーク!起きろ!!
 全く!うちは託児所じゃねぇぞ」

教授は赤子の俺を抱いたまま、別室で眠っていた弟子をたたき起こした。
弟子のフォークは、寝惚けたまま返事をする。

「…あなたが誰でも引き受けるから、噂でも湧いているんじゃないですか」

「俺は名前を与えているだけじゃねぇか。ガキを預かる余裕は無い」

教授の弟子・フォークによれば、教授は俺と同じような身元不明の赤子の
名付け親によくなっていた。
古くさい地図帳を広げ、適当な国名を選んでは名前を与えるのが教授の癖だったようだ。
中には俺同様に、教授に育てられた子供もいる。
文句を言いつつも、教授は俺を引き取った。

 

 

 

−それから10年後

 

「へぇ、地名なのか。俺の名前」

「僕の名前も実はそうなんだよ。ノーフォーク、っていう国があるんだ」

その話を聞いた時、フォークは俺にそう教えてくれた。

「長ったらしいから、フォークと呼ばれるようになったけどな」

古びた地図帳をめくる。”Norfolk”と記された、小さな島があった。
その地図はボロボロで、一部抜け落ちたページがたくさんある。

「じゃあ俺の名前の国は?どこ?」

「ココだよ、ホラ」

フォークは、ページをめくり”Seychelles”の文字を指さした。
それは青い海に浮かぶ、小さな島々の名前だ。

「セイシェル・アイランド。どんな島だろうな」

低音が響くフォークの声でその島の名が呼ばれると
全く異国の島のように聞こえる。 俺はフォークの発音が好きだ。

「フォークは自分の名前の国に行ったことがあるか?」

彼はいいや、と首を振った。

「どんな島かは教授に聞いてごらん。きっと答えてくれるよ」

フォークはその地図帳を俺に渡し、この街を出て行った。
俺より15も年上だった彼は、隣町で仕事を見つけそこで暮らしている。
それからも、たまに戻ってきては教授の面倒を見たり俺と遊んでくれた。

 


 

<ノースヘッド ブロック2  : 15歳>


俺は15歳になった。生活は変わらない。
教授の元で、街の子供たちと一日遊んでる。
フォークはしょっちゅうこっちにやってきては、教授の家を改造していた。

「セイシェル、接着剤が足りない。買ってきてくれないか」

フォークが俺を呼んだ。

「ホラ、金だ」

教授に金を渡され、アパートを出る。
それは高額な紙幣で、接着剤一つに見合う値段ではない。

「ボンド一本いくらだとおもってんだろ」

通りを抜けて、商店街へ。馴染みの金物屋へ向かった。
常に無愛想な金物屋の親父は、茶色い包みにボンドをいれると「ホラ」と俺に渡した。
手にした包みがガサガサとうるさく鳴った。
昼間ということもあってか、通りは珍しく混雑している。

  混んでるな、裏口を通ろうか

俺は何の気も無く裏通りを選んだ。
手に持っているボンドを振り回し、廃ビルの隙間から洩れいる光に目を細める。
静かに歩く。のどかな午後だ…と思いかけた瞬間、罵声が飛び込んできた。

「話が違うぞ、ラウ!!」

俺は足を止めてそばのコインロッカーの影に身を潜めた。
赤錆たロッカーは扉が壊れている。荷物を預ける者は誰もいない。

ロッカーが開きかけるのを手で止め、その隙間から声の主の方向を見る。
何かを罵るその声は、ひどく緊張しているように聞こえる。

声の先には、青いニットを着た少年がいた。

  あいつは…

俺は見覚えがある。街の中心部でよく遊んでいるグループの少年だ。
話したことはないが、いつも聡明そうな空気を漂わせていたのに。

今日の彼はー

「もういいだろっ もう俺はー」

ひどく怯えた声をしている。
俺はロッカーから身を乗り出して、少年の話す相手を覗いた。

灰色のコートを来た男。白髪に青目が印象的。
年齢は4,50代といったところだろうか。

そこには、一人の男がいた。

 

 

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