chapter7 01
朝焼けだったのだろうか 「……」 誰かの気配がして 目をあけると その名を呼んで 話しかけようとすると 一転、空は灰色に変わり それでも俺は 彼を探し続けている
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その街の名前は覚えていない。
いや、正確な名前など一度として聞いたことがない。
北に位置するそのエリアがノースヘッドと呼ばれていたことは覚えている。
一時はいくつもの工場が建てられ人が溢れた場所だったと、俺を育ててくれた老齢の教授は言っていた。
「ランケの工場が爆発してから、全て駄目になっちまった。
栄華は一瞬なのだよ、セイシェル」
教授の言葉を聞いて、だから街道はいつも油臭いのかと
妙に納得した記憶がある。 俺は地図帳を閉じて、ソファに寝転がった。
「その工場があれば俺を雇ってくれたかな」
窓辺から灰色の街を眺めていた教授はゆっくりと俺の方を見て
気味の悪い笑顔を見せた。もともと悪人顔のこの老人はたまに笑顔を見せるが
いっそ見せない方がマシだと、いつも俺は思っている。
「この街でガキが働くなんざ100年早い」
「俺もう15歳だよ。十分大人だと思う」
「自分を大人だなんて言いはる所が、ガキだってことさ」
そう言われると、返す言葉が無い。
俺はソファから起きて教授の顔をもう一度見た。
「でも俺は早く大人になりたいんだよ」
教授はふ、と笑った。
「わかってる。わかっているよ、セイシェル」
<ノースヘッド>
−俺はこの街で生まれたのだと教えられた。
生みの親は知らない。廃ビルの裏道に捨てられていたのだという。
たまたまゴミ捨てに来た清掃婦が、路地裏で泣きわめいていた俺を発見して
そのまま教授のアパートに連れてきた。まだ街は眠っている、明け方の頃だ。
「先生、この赤ちゃんに名前をつけてあげなよ。可哀想に。
こんなに痩せて、ねぇ。ひどいわねぇ」
清掃婦は、そう言いながらも足早に教授のもとを立ち去ったらしい。
彼女にとって困った拾い物をしてしまっただけなのだろう。
玄関で俺を抱いたまま、教授は大きなため息をついた。
「はぁ…なんだってんだ。フォーク!起きろ!!
全く!うちは託児所じゃねぇぞ」
教授は赤子の俺を抱いたまま、別室で眠っていた弟子をたたき起こした。
弟子のフォークは、寝惚けたまま返事をする。
「…あなたが誰でも引き受けるから、噂でも湧いているんじゃないですか」
「俺は名前を与えているだけじゃねぇか。ガキを預かる余裕は無い」
教授の弟子・フォークによれば、教授は俺と同じような身元不明の赤子の
名付け親によくなっていた。
古くさい地図帳を広げ、適当な国名を選んでは名前を与えるのが教授の癖だったようだ。
中には俺同様に、教授に育てられた子供もいる。
文句を言いつつも、教授は俺を引き取った。
−それから10年後
「へぇ、地名なのか。俺の名前」
「僕の名前も実はそうなんだよ。ノーフォーク、っていう国があるんだ」
その話を聞いた時、フォークは俺にそう教えてくれた。
「長ったらしいから、フォークと呼ばれるようになったけどな」
古びた地図帳をめくる。”Norfolk”と記された、小さな島があった。
その地図はボロボロで、一部抜け落ちたページがたくさんある。
「じゃあ俺の名前の国は?どこ?」
「ココだよ、ホラ」
フォークは、ページをめくり”Seychelles”の文字を指さした。
それは青い海に浮かぶ、小さな島々の名前だ。
「セイシェル・アイランド。どんな島だろうな」
低音が響くフォークの声でその島の名が呼ばれると
全く異国の島のように聞こえる。 俺はフォークの発音が好きだ。
「フォークは自分の名前の国に行ったことがあるか?」
彼はいいや、と首を振った。
「どんな島かは教授に聞いてごらん。きっと答えてくれるよ」
フォークはその地図帳を俺に渡し、この街を出て行った。
俺より15も年上だった彼は、隣町で仕事を見つけそこで暮らしている。
それからも、たまに戻ってきては教授の面倒を見たり俺と遊んでくれた。
<ノースヘッド ブロック2 : 15歳>
俺は15歳になった。生活は変わらない。
教授の元で、街の子供たちと一日遊んでる。
フォークはしょっちゅうこっちにやってきては、教授の家を改造していた。
「セイシェル、接着剤が足りない。買ってきてくれないか」
フォークが俺を呼んだ。
「ホラ、金だ」
教授に金を渡され、アパートを出る。
それは高額な紙幣で、接着剤一つに見合う値段ではない。
「ボンド一本いくらだとおもってんだろ」
通りを抜けて、商店街へ。馴染みの金物屋へ向かった。
常に無愛想な金物屋の親父は、茶色い包みにボンドをいれると「ホラ」と俺に渡した。
手にした包みがガサガサとうるさく鳴った。
昼間ということもあってか、通りは珍しく混雑している。
混んでるな、裏口を通ろうか
俺は何の気も無く裏通りを選んだ。
手に持っているボンドを振り回し、廃ビルの隙間から洩れいる光に目を細める。
静かに歩く。のどかな午後だ…と思いかけた瞬間、罵声が飛び込んできた。
「話が違うぞ、ラウ!!」
俺は足を止めてそばのコインロッカーの影に身を潜めた。
赤錆たロッカーは扉が壊れている。荷物を預ける者は誰もいない。
ロッカーが開きかけるのを手で止め、その隙間から声の主の方向を見る。
何かを罵るその声は、ひどく緊張しているように聞こえる。
声の先には、青いニットを着た少年がいた。
あいつは…
俺は見覚えがある。街の中心部でよく遊んでいるグループの少年だ。
話したことはないが、いつも聡明そうな空気を漂わせていたのに。
今日の彼はー
「もういいだろっ もう俺はー」
ひどく怯えた声をしている。
俺はロッカーから身を乗り出して、少年の話す相手を覗いた。
灰色のコートを来た男。白髪に青目が印象的。
年齢は4,50代といったところだろうか。
そこには、一人の男がいた。
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