back next

02

 

 

”ほら、仲良くみせるんです。僕たちの関係を。
見る者にとっては僕とあなたはただの男と女じゃない。
フォーラムハウトが花蓮の暗殺者を引き入れた。
その事実を世間に堂々と知らしめたい”

 

 

差し出された腕にためらうとレオンはそう言った。
わざとカメラを持つ人たちの前を通り抜け、質問に答えている。
私に出された注文は、ただ笑ってそばにいることだけだった。


私が作り笑いができないのは 仕方のないことだろう。
笑えと言われると、その方法は一つ。

楽しかった時のことを思い出すことで
笑うことしか できないのだ

 

 

 

<フォーラムハウト邸 ダリアの部屋>

 

荒々しい足音が近づき、ノックも無くドアが開けられた。

「ダリア、出られるか」

仏頂面の長身が顔をのぞかす。クラタだった。

「大丈夫」

ダリアの返事を聞くと、クラタはすぐに部屋を出て行った。
帰っていく時の足音は反対に静かだ。行き先は駐車場。ダリアも後を追った。


午後になると、学校へ行ったハインツを迎えに行く。
運転手はクラタ。後部座席にはダリア。
一日の中で、ダリアの仕事らしき行動はこれだけだった。

ハインツを守ると言われても、具体的な行動は無かった。
フォーラムハウトの屋敷に住む名目上、”家庭教師”という立場が
与えられたが、誰もそうだとは思っていないようだった。

「もう慣れたか」

沈黙の車中で、突如クラタが質問してきた。
この男は無口に見えるが、思いついたことはそのまま言う性格らしい。
いつも唐突に質問を投げかけてくる。


「何に」

「あの兄弟に、だ」

ハンドルを切りながら、クラタは「大変だろ」とつぶやいた。

「・・・」

レオンについて、「ねこをさらった非情な男」というイメージしか持っていなかった。
意を決してフォーラムハウトにやってきたが、冷遇に処されることもなく
無理な注文も負うこともなかった。

思いの外、ダリアはここで手厚い待遇を受けている。部屋と食事が与えられ
レオンとの雑談に付きあうか、ハインツの送り迎え。それが仕事だと思えば
今までの花蓮よりも百倍以上楽な仕事だろう。

 

何度かレオンと話していて気づいたことがあった。

話し方が特徴的だった。
なんでも順を追って物事を話す。この行動は、何のためか。
目的と手段を丁寧に説明するのはこの男の癖なのだろうか。

皆にそうなのかと注意して会話を聞いていると、そうでもなかった。

彼の執事、クラタに対しては断片的な命令と憎まれ口。
彼の弟のハインツには、誰よりも優しい口調で話をする。

レオンがまともに会話するのは彼らだけで
その他の人々にはきわめて儀礼的な態度しか示さないことに気づいた。

一度レオンの妻という女がやってきて何か話しているのと聞いたが、
仲が良いとは言い難い会話だった。
「子供に会わない気ね?」妻が言っていた。
セミロングのストレートが、キツそうな印象を与える綺麗な女性だった。

「時間がとれたら、行く。僕の邪魔をしないでくれ」
レオンは不快だといわんばかりの態度をとると、その妻をさっさと追い返してしまった。
傍にいたダリアはとても気まずかったのだが、レオンはいつもと変わりなかった。

「やっとうるさい女が行ったよ。これでハインツと遊べるよ」

妻も追い返しておきながら、子供のような笑顔で笑っている。
平気でねこを誘拐する男。ハインツを守ろうとする兄。子供のように笑う男。

一体どれが本当のレオンがわからなくなってきた。


  ・・・わかる必要もないか

そう結論に至り、ダリアはレオンのことを考えるのを止めた。


 

 

 

「あんたもレオンにいじめられたか?
ヤツに正論は無用だ。適当に憎まれ口をたたいておけば大丈夫だ」

黙り込んでいたためか、クラタは勘違いしたようだ。


「いじめられてないわ。わからないことが多いだけ」

「何がわからないんだ?」


「たとえば、レオンがハインツを必死に守る理由とか」

「弟だからだろ」

クラタはあっさりと答える。 

  それだけだろうか?


「レオンはある意味馬鹿だからな。
 馬鹿の一つ覚えっていうだろ。それがハインツ」

雇い主に対して、あんまりな言い方である。

「あなたはレオンの何なの?」

「執事だ」

「そうは見えないけど」

「どう見られようが、奴は俺の雇い主。これが証拠」

そう言ってクラタは名刺を差し出した。「執事:クラタ」と書いてある。
名前とフォーラムハウトの印が入ったシンプルな名刺だった。
ダリアはそれをクラタに返そうとしたが、その手を元に戻された。

「電話番号があるだろ、困った時は俺にかけろ。
 そう頼まれているんだ」

  誰に頼まれている・・・レオンか

ダリアはその名刺をバッグにしまい車窓をみた。
もう随分学園まで近づいてきている。

  いないだろうと思う。けど・・・ねこはいるかな
  

制服の群れの傍を車で通りぬけていく中、ダリアはねこを探した。
着慣れない大きな制服に、短い髪の女の子。


「いないよ。今日の出席者に入ってないから」

隣でクラタがそう言った。ダリアの考えを読み通しているようである。


乱暴な運転はそこで止まった。
校門で、ぼんやりとハインツが立っていた。


 

 

 

<食料雑貨街 夕方>

 

 

シェルが食品雑貨屋の店頭で缶詰を選んでいると
聞き覚えのある声がした。

「あれ」

キジが道向かいに立っている。
近づいてくるので、缶詰が山積みされたカゴから立ち上がった。

「あんたの家に行こうと思ってたんだ」

「ねこに用か?」

「あんたに用だよ」

答えながら、キジはトマトの缶詰を二個手にとって
店主に金を払う。シェルも持っていた缶詰の精算をすませた。

店先から出て、往来にやってくるとキジはあたりをきょろきょろ見渡した。
そしてシェルがレジから出てくるのを待つ。

「シェルが病院から帰った後も俺はいろいろ調べてて−…
少し、思うことがあるんだが」

「?」

買い物に行き交う人に視線を移し、キジは道脇の路地を指さした。

「ちょっと歩かないか」

シェルの答えも聞かず、キジは歩き出した。
買い物客とは反対方向へ、路地をぬけて南へ進んでいく。
シェルも黙ってついていくと、そこは堤防への道だった。微かに海の匂いがした。

街を外れ背の高い建物がまばらになってくると、真っ赤な夕日が顔を出した。
シェルはまぶしくて目を細めた。こんな夕日を見るのは久しぶりだった。
歩くにつれ、キジの影が長く伸びる。
手の持つ缶詰入りの買い物袋がカタカタと音を立てた。

海沿いに建てられたコンクリートの塀までやってくると、キジはそこをよじ登った。
シェルは塀の下からキジの背を追う。

「俺ずっと後悔してるんだよ」

塀の上からキジが話す。
影を目で追っていたシェルは顔を上げた。

「西大寺路が火事になる前、ダンと会ってた。
 あいつは何かに気づいていて、この店に近づくなと俺に言った」

  ・・・そうだったのか

「ダンは何に気づいていたんだ?」

「これから起こる事態にだろう。誰かが狙っているのを感じていたんだ。
だから俺を遠ざけて、一人でその時を迎えたんだろう。」

シェルは西大寺路のニュースを思い出していた。
Bunch Of Pigsが全焼してしまい、店主のダン・ヴィ・ロウは行方不明。

「ダンがそう言ったとき、俺は厄介事が嫌いだから理由を尋ねなかった。
 奴が帰れって言うから帰った。それだけだ。まさかダンが消えるとは思いもしなかった」

消える、とキジは表現した。
死んだとは一言も言っていない。

「キジはダンが生きてると思う証拠はあるのか?」

シェルの問いに、キジが首を振る。


「証拠は無い。ただ、ダリアがフォーラムハウトに行く手前で起こった事件だ。
そこから一つの事に気づいたんだ」

「気がつく?」

シェルとキジは、歩みを止めた。

 

 

 

 

 

<堤防>

 


「・・・あんたは覚えているか、西大寺路が数ヶ月前、何と戦っていたか」

キジに問われ、シェルは記憶をたぐる。
数ヶ月前、ダンに接触した頃。


「ねこが俺達西大寺路と関わるきっかけになったのは、麻薬の取引現場を見たからだ。
あの時、北路の生き残り達が扱っていた薬は得体の知れない品種だった。
あんたやダンが高速道路で接触した女が手を引いていた事件だった」

高速道路、花蓮だった女。
車上で争った女だ。

「あの女の持っていた麻薬は、元をたぐればフォーラムハウトの毒薬だ」

「なんだって?」

「黒医師と調べてたんだ。あの麻薬とフォーラムハウトのある毒薬が
とても構造が似ていた。でも、そう考えれば全て符合するんだ」

風が強くなってきた。
キジはかぶっているニット帽を手で押さえながら、話を続けた。

「これは俺なりの考えだが・・・まぁ聞いてくれ。
フォーラムハウトはこの都市で多大な権力を持っている。
都市の 不穏分子になりうる西大寺路の少年達など一掃してしまいたい。
お家芸の 麻薬と、北路の奴らを使って西大寺路を消そうとしていた。

だが、ダンやあんたがそれを食い止めた。
高速道路の事件は新聞に載るほど大きくなった。
これは一度手を引かねばならないーそう考えられる。

そして前回の篤志の事件。篤志はレオンの弟を狙っていたが、偶然か必然かダリアがそれを阻止した。
弟を救った有用な人材だ。レオンは、ダリアをフォーラムハウトに取り込むと決めた。

ただ、花連の女に単なる勧誘は効かないだろうと普通は考える。
並大抵の力でどうこうできる女じゃない、そうすれば狙うは周囲の人物だ。
あんたや、ねこ、梅水花園、西大寺路。すべてに攻撃を仕掛け、孤立したダリアを引き込む。
ねこを脅しにとったかもしれない。シェルを警察に放り込むまでは用意周到だったが、それ以降動きは無かっただろ。
要はあんたは足止めさせたかっただけだ。何も刑務所に入れたいわけじゃない」

確かにそうかもしれない。
長く拘留されたが、梨刀はまるでやる気の無い取調べをしていた。

「ただ、ダンだけは別だ。西大寺路は、脅すだけじゃなく手に入れたい場所。
この際消すのはちょうどいい。本格的に襲われたのは、ダン・ヴィ・ロウだけだ」

 

 


キジが語る言葉は、バラバラだった事件を一気に紐付けていく。
シェルが頭の中で整理する間も無く、キジは話し続ける。

「だから、レオンは俺やダンにとっても関係のある人物なんだ」

シェルは足を一歩後ろ下がり、缶詰の紙袋を地面においた。
かさかさとたてた音は、すぐ海の音にかき消されてしまう。

「フォーラムハウトのキナ臭さをたぐればダリアにも、ダンにも、
 あの麻薬にだってたどり着けるんだよ」

「つまり利害の一致する俺とキジで、
共同戦線ではるってことか 」

「そういうこと」

言いたかったことはすべて言い尽くしたのだろうか。一呼吸おいて夕日に目をやる。
海風に飛ばされないように、キジはニット帽を脱いだ。
その姿をみながら、シェルはじわじわとこの少年の価値をふつふつと感じる。

  

   もしかしたら、この少年は誰よりも賢いのかもしれない。
   優秀な頭脳は、フォーラムハウトに立ち向かうには心強い

   ダンがキジのそばにいたのは 
   彼がこの少年の価値を知っていたからなのだろうか?


どっちにしろ、答えは一つだった。
   

「キジ、あんたと協力してもいい。
 ただし、まずはダリアを取り戻すことから始めたい」

「…OK」

キジは塀から飛び降り、シェルの前に立ち手を差し出した。
缶詰をよこせと言ってるのかと思い、買い物袋を渡そうとすると
笑いながら「違う、共同宣言の握手だよ」と笑われた。

夕日に照らされたキジは、
とても少年らしい笑顔をしていた。

 

 


back next


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送