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03


<シェルのアパート  夜9:00>

 

堤防から戻る途中に、たまたま食品街をウロついていた黒医師に出会った。
キジが声をかけると、「よぉ おまえら」とフラついた足元で黒医師は手を振った。
どうやら酒が入っていたらしい。


「なるほどな、大層な敵サンじゃないか・・・はっはー」

飲み屋帰りの黒医師を連れてきたのは失敗だった、とシェルは思った。
キジが話す内容をおぼろげに聞きながら、陽気に鼻歌まで歌い出した。

「黒先生、キジの話わかってる?ダリアとダンを助けるために
みんなで協力しようよって言ってるんだよ」

ねこの意訳は少々詳細は異なるが、まぁそういうことである。
黒医師は手をあげ、「わあってるよ」と返事した。舌がもつれている。

「このおっさんが酔うのも珍しいな」

「明日もう一度言っておくよ。俺病院でまだ調べたいから」

キジは黒医師を引っ張って、帰ると言うので
途中まで手伝うことにした。ねこをアパートに残し、3人で外へ出る。

 

アパートの螺旋階段を降り、車道まで出る。
タクシーを捕まえようとしたが、あまり車自体が走っていなかったのでバス停でバスを待った。

「おまえら、気をつけろよ」

バス停の椅子に腰を下ろした途端、黒医師がぼそりと呟く。酔いが醒めてきたのか、さっきよりもまともな口ぶりだった。

「蛇男は小賢しい。きっと容赦もない。手を出すなら
 十分策を取らんと、噛みつかれるぞ。毒を受ける」

蛇男とはレオンのことだろう。

「わかってる」

キジが答えると、黒医師は首を振った。

「ああいう輩はタチが悪い。ダリアを奪い返してどうなるんだ。
キジには家族がいたな。シェルもねこをどう守る。常にそばにいるわけにもいかないだろう・・・」

黒医師の指摘に、キジも困ったような顔をした。
シェルもそれを考えると、迷う部分がある。

「蛇男は警察局まで手を入れてるんだぞ
 シェルなんか、今度こそ刑務所にブチ込まれるかもなぁ」

追い打ちをかけるように、黒医師はしゃべり続ける。
やはり酔いが回っているだろうか、いつもはここまで饒舌ではない。

   刑務所は嫌だ。二度と警察局の世話にはなりたくない

留置場にいたときを思い出すと、自然と顔が曇ってしまう。
あの場所にいたときの光景が頭に浮かび、すぐさまかき消そうとした。


   ・・・あれ

シェルは警察局での出来事を思い出し、ふと忘れていたことに気がついた

「ああ いいことを考えた」

黒医師がよくそうするように、拳を手のひらでぽんと叩く。


「何だ いいことって」

キジが聞き返す。道の向こうには梅水地区行きのバスが姿を現した。
キジは黒医師を立たせ、バスに手を振る。
のろのろと近づくバスは停留所で止まり、無表情の運転手が扉を開ける。


「ねこやあんたの家族を守る方法だよ。
 明日そっちに行くから、その時に」

”その時に”あたりを言いかけた時点で、さっさとバスの扉は閉じられてしまった。
キジは怪訝な顔で窓からこっちを見ていたが、シェルはただ手を振ってバスを見送った。

 

 

 

<警察局 駐車場>

 

 

   なんだ この展開は
   どうして俺が警察局に来てるんだー・・・

 

「どうしてこんな格好する必要があるんだ?」

清掃員の服を渡されたキジは、怪訝な表情でシェルを見返す。
シェルは警察局の見取り図を眺めながら、キジの問いに答えた。


「清掃員のフリして警察局に入る為」

「普通に入ればいいじゃないか。あんた、疑いは晴れてるんだろ」

   本物の清掃員を気絶させてまでやることか?

キジは目の前で起こった展開に納得がいかない。
今朝病院を訪ねてきたシェルは、キジについてきて欲しいと言った。
シェルに連れられてやってきた場所は警察局。
キジが警察局を眺めている間に、シェルは裏手の駐車場に周り
車を停めた男を有無も言わさず気絶させていた。

その行為にキジは目を丸くしたが、シェルは手際よく男を車に寝かせた。
気絶させられた男は清掃員だったようだ。車の後部座席に置いてあったカバンには
IDカードを胸につけた清掃員の服があった。シェルはそれを取りだしてキジに渡した。

「もう一つはロッカーから奪うか。IDカードがあれば入れるし」

シェルは見取り図をしまい、服についたカードを外した。
駐車場から警察局の従業員入り口に向かう。キジも後を追った。

「何をする気か、教えろ」


「報復だよ。警察局で俺をボコボコにした奴がいるんだよ」

    何を言っているんだ この男

キジはシェルの考えがよくわからない。

「なぁ、それが昨日あんたが言ってた”いいこと”なのか?」

「まぁ結果的にそういうことなんだ」

 

出入り口から中へ入り、更衣室に入った。そこにはコックの格好をした男が一人いたが、
入ってきたシェルとキジにたいして気も留めずTVに見入っていた。

適当にロッカーを開け、もう一つ清掃員の服をみつけると手早く着替え、二人は更衣室を出た。

「ここから廊下左手に用具室がある。
そこから適当に掃除用具を取りだして、キジは掃除のフリをしてくれ」

「あんたは」

「ある刑事をシメ上げる。キジは頭脳専門。俺は体力専門。だからここは俺の出番だ」

シェルは清掃用具室を開け、モップやバケツ、
それを乗せるキャリーを引っ張り出すとキジに渡した。

「頼みたいことはこれだ。じゃあな」

シェルからメモを渡され、そのまま目の前で扉は閉じた。
窓がある扉なので、中の様子はよく見える。シェルはそこに控えておくようだった。

閉め出されたキジは今ひとつ意図がわからないが、
しかたなくキャリーを引っ張りそばのゴミ箱まで持って行った。

そのまま廊下で掃除のフリをしてみる。
渡されたメモを読むと、『ギミット刑事以外、ここに誰も近づかせないように』と書かれてある。

「ギミット刑事・・・って誰だよ」

無精髭が生えた中年、日焼けした肌、意地の悪い顔・・・

3行かかれた特徴では、全くわからない。
キジはモップをぎこちなく動かしながら廊下を見渡した。
昼間だというのに、人通りが無い。

用具部屋、郵便受け、タイムカード。
ここは警察局で働く業者や清掃員の出入り口に近い。
そもそもギミットと呼ばれる男がここを通るのだろうか?

キジが考え込んでいると、廊下の奥から誰かの足音がした。

ずり足で歩いてくるその男は、少しくたびれたスーツを着て、タバコとライターを手に持っている。
髭が生え、確かに浅黒い顔をしていた。

「あいつか」

キジは横目でその男を確認し、モップを持ち直した。

 

 

<警察局 清掃用具室 廊下>

 

ギミットはアクビを繰り返しながら、廊下を歩いていた。
局内の喫煙所はいつも混んでいるので、誰にも見つかりにくい廊下奥の一角で堂々と吸う。
喫煙所以外禁煙などという規律を守る気も無い性分で、それを悪いこととも思ってなかった。

一服を終えた後出てくると廊下に誰か立っていることに気がつく。

  ん・・・清掃のオッサンか

モップを持って作業する男の脇を通り、だらだらと歩く。そのとき、コンコンと物音がした。

何の気なしに、音がした方向に目をやったとき何かが動いた。

   ・・・あれは

用具室の扉の窓から自分を覗いている男。あれは

   このまえ釈放されたあの男!
   セイシェル・ラウフレア!!

不敵な笑みを浮かべている。自分に向けられた嘲笑に、ギミットは声を荒げた。

「何だ!貴様どうしてここに」

扉の近づきそこまで言いかけた所で、不意に扉は開かれた。
ノブに手を掛けていたまま、いきなりノブが奥へ引かれたギミットは前のめりになりバランスを失う。
そのまま、首をつかまれ用具室へ引きずり込まれた。

用具室の中は狭い。中へ入った途端、清掃用具が目に入り、
そのまま業務用洗剤の大きな缶に頭を打ち付けられた。
痛みに腰を抜かしたギミットは、棚になだれ込む。棚に置いてあった洗剤がガラガラと崩れ落ちた。


「クソッ なんなんだ」

ギミットは頭を押さえた。額を切ったのか、血が出ている。
見上げると、この前まで容疑者だった男が薄笑いを浮かべ自分を見下ろしていた。

「よぉ 久しぶりじゃないか ギミット刑事」

扉は閉められ、転がり落ちた洗剤の動きも止まった。

静けさが戻る。

「覚えているか?俺は言ったよな。
あんたが俺を殴った回数分、必ず返すよと。
それを返しに来たんだよ」

「・・・ふざけんなっ。こっ、ここは警察局だぞっ」

威勢よく怒鳴ったつもりだったが、声が震えていた。


「知ってるよ。だからこの部屋を選んだ。
ここなら監視カメラもついていない。 出入り口も近い」

ギミットは立ち上がり殴りかかろうとしたが、すかさず足を蹴りつけられ
床へ転がり込んだ。間髪入れず、腹部を強く蹴られる。

「がはっ」

ギミットは腹をかかえ咳きこんだが、容赦無く腹を踏みつけられた。
全体重をかけられ、苦悶の表情を浮かべるギミットにシェルはこう告げた。

「あと57回これを繰り返すか?
 そのころにはアンタは失明し喋ることもままならなくなってるだろうよ。
 前にも言った通り、俺はただ力任せに殴るだけじゃないからね」

ギミットはにらむ気力も無くなったのか、ただ苦しそうな表情でシェルを見上げた。

「それが嫌なら、もう一つ選択肢を用意してある。
 俺の言うことを聞いてくれれば、あとの57回分は帳消しにしてもいい。
 どっちにする?」

ギミットを覗き込み、シェルはもう一度繰り返した。

「 さぁ選べ、ギミット」

 

ギミットに選択の余地は無かった。

 

 


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