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04

 

 

<フォーラムハウト邸>

 

午後の食事を終え、クラタはレオンの書斎に戻ろうと中庭を歩いていた。
フォーラムハウトの屋敷の中央に大きな庭がある。
鬱陶しい屋敷の中と違い、色とりどり花が咲き、年中美しい場所だった。
クラタに花を愛でる趣味は無いが、午後の日差しの中そこを歩くのは好きだった。

庭の中央あたりに差し掛かると、大きな噴水がある。
その前にはダリアがいた。ベンチに座って、ぼんやりしているようだ。
何をしてるでもなく、水しぶきを眺めているようだった。

  変わった女だよな 人殺しにはとても見えない

ダリアには声をかけずそのまま中庭を抜け、レオンの書斎に向かった。
いつも昼間は留守がちなレオンだが、クラタの意に反してレオンはいた。
ソファに寝転がっている。

「レオン様、どうしてここに」

何か読んでいるようだった。
入ってきたクラタに気づいたようだが、返事が無い。

「レオン様?今日の予定はキャンセルしたのですか?」

クラタの顔をちらりと見て、ようやくレオンは返事をした。

「いや、会議は遅らせた。ちょっと頭痛がしたから」

よく見れば顔色が悪い。

「医者を」

クラタはすぐに内線電話の受話器を取る。
どれだけ高熱が出ていようと平然と仕事をするレオンを知っている。
自分から「頭痛」というからには余程のことなのだろうと思った。

「いい、止せ。休めば治る」

受話器を押さえ、「それより」とレオンは続けた。
読んでいた紙をクラタの前に差しだし、不機嫌な表情でにらみつけた。

「クラタ、君は私のもとに仕えて何年になる」

「8年です」

レオンの機嫌が悪い時、クラタは素直に答えるようにしている。

「その8年も働く執事は、まだ私のことがわかっていないのか?
私がこの手の輩と接触しないことは周知の事実だろう?
どうしてこんな封筒を私の机に持ってくるんだ。
目に触れさせず捨てるのが執事の仕事だ!この怠慢め!」

「・・・」

   封筒を持ってくるなという一言の為に、
   怠慢だの勤務歴だのの話が必要なのか。

どうしてあんたはそう嫌みったらしいんだ、と口答えしたいのを押さえ
レオンに罵倒された封筒を見てみた。
クラタには見覚えが無かったので、他の者がレオンの机に置いたのだろう。

それはよくある「出資依頼」の手紙だった。
フォーラムハウトの財源に頼って起業しようとする輩は多く、この手の手紙は珍しくない。

「ギャラクシーか」

クラタは差出人の会社名を読み上げた。
隣都市のカジノの名前だった気がする。
レオンが不機嫌な理由はこの社名だ。

「私が賭け事が嫌いなことは知っているな?」

「存じております。私の不行き届きでした。申し訳ありませんー・・・」

嫌みも込めて、深々とお辞儀をしてクラタは部屋から出ようとした。
機嫌の悪いこの男と一緒にいてもロクなこともあるまい。

「おい、クラタ」

クラタが部屋から出ようとするのを、
レオンはソファから身を起こして止めた。

「それを使うなよ」

薄笑いを浮かべた表情で、”ギャラクシー”の封筒を指差している。
クラタは無愛想な表情を浮かべ吐き捨てるように言った。

「俺だってカジノになんか興味無いね。
 現に親父はそれで身を滅ぼした、そうだろうレオン様?」

「…そうだったね」

クラタは荒々しく扉を閉めて、中庭に戻っていった。

 

 

 

<シェルのアパート 午後>

 


 こんなザマ、警察局の奴らには決して見せられねぇ。
 俺があんなガキの言うこと聞いてるなんてよ。

 

ねこは玄関越しにギミットの独り言を聞いていた。
コーヒーをいれたマグカップを手に、廊下に出てよいものか迷う。

 ギミットさんの言うガキってシェルのことだろうか。
 一週間前、いきなりシェルはこの人を連れてきた。

『俺が留守の間、この男がねこを守る。
一応警察局の人間だから、フォーラムハウトも手荒な真似はできないだろう』
 
どういう経緯でそうなったのかは聞いていない。
ただ、ギミットの殴られた痕跡と汚れた服装を見れば、
シェルが何をしてきたかは一目瞭然だった。

ギミットはシェルが留守になる時間、決まってアパートの前にいた。
警護をしているというよりも、ただ時間潰しにここに来ているような様子だ。
シェルは過敏になっているが、ねこにはそもそもこのアパートは誰からも狙われてないような気さえする。

「あのぅ」

ねこは玄関の戸を開けてギミットに声をかけた。
薄ら寒い廊下の中、コートも羽織らず立っている。

「ギミットさん、寒いから中に入ったほうがいいよ。風邪ひいちゃう」

ギミットは2箱目のタバコを開けながら、冗談じゃない、といった表情を見せた。

「やめてくれ。あの男に何言われるかわかんねぇ。
気を使ってくれるなや、お嬢ちゃん」

「でもー・・・昼から雨も降るんだよ」

「雨ェ?そらまたツイてねぇなぁ、まぁ気づかい無用だ」

そんな天気の中、家の前に立ち続けられる方が気を使うのだが。
ねこの見たところ、ギミットの衣服や靴などは手入れはされていないが、
仕立てや素材は良さそうに見えた。持ってるカバンもどこか高級そうだ。

なのにコートを着てこない。持ってないはずは無いのだろうと思う。
おそらく、彼は「今日は寒くなる」と言ってくれるような、
そんな日常の些細な情報を教えてくれる人が身近にいないんじゃないだろうか。
そんなことを思ったりしていた。

「いつでも入ってきていいからね。ギミットさん」

「おう、マジに寒くなったら勝手に入る」

廊下にギミットを残し、ねこは家に入ろうとした。
その時、ギミットがぽつりと聞く。

「嬢ちゃんよ、あの男は今どこに?仕事に行ってるのかい」

「シェルはジョギングだよ。体力つけるんだって」

「体力だぁ?」

ギミットは面白い表情を浮かべて驚いた。
浅黒い顔に驚いて目をくっきり開けるので時折この男は少年のような顔になる。

「ギミットさんも走ったら?健康によさそうよ。」

「嬢ちゃん、俺の年齢を見てモノを言え。」

ねこは部屋に戻り、ギミットは見張り番を続けた。

 

  俺に見張り番をさせておきながら、
  悠長にジョギングだと?

ギミットは先日の脅しを思い出しては無性に苛立ち、ため息をついた。

  部下をだまくらかして東路の煉瓦屋敷も護衛させてるが
  いつまでこれが続くんだ?

「くそっあのガキ!」

ギミットは壁を蹴りつけ、タバコに火をつけた。
コーヒーで気を静めようと思い、ねこが持ってきてくれたマグカップに手を伸ばしたが、すぐに脱力する。

「…花柄だよこれ。俺様が花柄のマグカップかよ」

なんとなく情けなくなって、コーヒーを一気飲みした。

「情けねぇ、俺というものが情け・・・」

言葉を止めた。

「?」

何かが近づく音がした。
耳をすませば、階下から足音。

螺旋階段を上ってくる足音だった。
ギミットはマグカップを静かに置き、身構えた。

 

 

 

 

<シェルのアパート 夕刻>

 

堤防を走り、黒医師の病院へ寄った。
シェルがアパートに戻ってきた時、空はもう薄暗くなっていた。

  ギミット、まだいるかな。

螺旋階段を上り、廊下に出るとギミットが立っていた。
シェルに気がつき、「遅い!」と一言、文句を言う。

「ギミット、もうアンタ帰っていい。
 キジも東路に戻ったからー・・・」

「それより、来客だぜ」

ギミットは煙草の火を消し、帰り支度を始めた。
といってもカバンを手に取るだけだったが。

「客?」

「嬢ちゃんが知ってる風だったからな、中に入れた。
 派手な男だ」

「派手」

派手ならトニーでは無いだろう。
玄関を開けると、男物の靴があった。
廊下を渡りキッチンの戸を開けると、ねこと誰かが向かい合っていた。

白と赤が混ざった模様のジャケットを羽織り、ゆるりと顔をこちらに向けた。

「よぉ!シェル!」

「うわ!!」

シェルはその顔に驚く。
男は立ち上がり、 シェルに飛びかかり羽交い締めにした。

「久しぶりじゃないか、シェル。一ヶ月以上無断欠勤しやがって」

耳元でがなり立てられる声に、慌てて腕をふりほどいた。

「店長!」

目の前の派手な男は、シェルが働く服屋の店長だった。

「なんでアンタここに」

「無断欠勤男が何を言う!
 おまえから俺の所へ来るのが常というものだろう!」

店長はそう言うと、カッカッカッと歯を見せて笑った。
シェルは店長のまくし立てるセリフに、一言も返せなかった。
この派手な男のしゃべり口調は、テンポが狂うのだ。
店長は一人舞台を続けた。

「俺も鬼じゃない。貴様の事情はなんとなくトニー様から聞いている。
入院してたんだろ?大変だったな」

  トニーが説明してくれたのか。

「入院しかけたけど、してないよ」

「そうか。健康になったのか?」

「は?」

入院は入院でも場所が違う。
病院だと思っているのか。トニーは誤魔化してくれたのだろうか。
とりあえず否定せず、店長にしゃべり続けさせてみた。

「今日はな、俺はおまえに伝言を届けにきた。
 店の上客でなぁ、必ずおまえに渡してくれと言われたから
 持ってきてやったんだぞ」

「上客?誰?」

「おまえに言ってもわからんだろう、ろくに名前を覚えやしない」

「まさかフォーラムハウトじゃないだろうな」

そんな客はおらん、と返された。
店長は封筒をとりだし、シェルに渡した。
封もされていなかったので中を開けると、チケットのようなものが二枚。
メッセージカードが一枚。

「”今夜ギャラクシーで会いましょう”」

書かれた文字は、女性の字のようだった。

  女の字。まさか ダリアか?

シェルとねこは顔を見合わせた。
ねこも同じことを考えていたようだ。

 

 

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