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07

 

風の音がウルサイ。

カタカタなる扉を見て、そんなことを考えた。
ずっと耳を澄ませているのに、風で転がる空き缶の音や扉のきしむ音で
聞きたい音が聞こえない。

俺はただ、来訪者の足音を待っているだけだ。
ダリアは今頃約束の場所へ向かっているだろうか?

風の音に交じって、微かに聞こえた。
店の階段を降りる、ゆっくりした足音。

カウンター越しに身構え、扉が開かれるのを待つ。
足音の主は、迷うことなく扉を開けた。
薄暗い店内に現れたのは、スーツ姿の男だった。
風のせいで乱れた髪をなおしながら、無言のまま自分を見ている。

どこかで見たことがある

誰だったのだろうと、その男に気をとられていた為なのだろうか
背後に女が立っていたことに気がつくのが 一瞬遅れた。

 

 

「ハハハ!」


背中にあてられたのは銃口だと、すぐわかった。
女は高らかに笑いながら、迷い無く引き金を引いた。
撃たれたと気づいたのは、視界が揺れた床に倒れ込んだ後だった。

目に映るのは、埃まみれの床と女の足首。
男の声が頭上から聞こえた。

「撃てとは言ってないぞ 何考えてる」

女は俺の首を掴み上半身を抱き上げる。
自分を覗き込むその顔は、見覚えがある。キジとねこを誘拐した女だ。

「ねぇ、ダン・ヴィ・ロウ。私を覚えているか?おまえには恨みがある。
 西大寺路の乗っ取りに失敗したのも、すべておまえやダリア達が原因だからな。
 だからおまえを撃ち殺すことを、レオンもきっと許してくれるよ」

俺の額に銃口をあて、女は面白くて仕方がないといった表情をしている。

「やめろ、勝手なことをするな」

男の声だ。さっきより、声音が曇っている。

「うるさいね、レオンの腰巾着は黙ってな」

「黙るのは貴様だ。ダン・ヴィ・ロウは火事で死ぬ。それがシナリオだ、変えることは許さない」

何がシナリオだ。何の言い争いをしているー

腹の激痛に意識がくらむ中、女は苛立たしげに立ち上がった。
俺を蹴りつけ、勢いよく出て行く音がした。
残された男もすぐに店を出て行った。

今のは誰だ?レオンとは?

いろんな疑問が浮かんだが、今は自分の体が重傷だった。
力を振り絞って起きあがろうとしたとき、嫌な音が聞こえてきた。
微かに焦げる匂いもする。この店が燃やされていることは、見えなくてもわかった。

 

<COSMIC内 喫茶店>

「で、俺は命からがら逃げたのヨ。ありゃぁ本気で死ぬかと思ったヨ」

「ほぉ。その割にカジノで遊ぶとは元気だな、おまえ」

キジは注文した紅茶を注ぎながら意地悪く言った。
まだ怒りは収まらないようだった。

「ヒドイなぁ、俺を疑ってるね。キジ君、ホラご覧よ」

ダンはシャツをまくり上げ包帯で巻かれた腹を見せた。
撃たれたというからには、撃たれたのであろう。
シェルは包帯の周りに残った無数の火傷跡を眺めながら、ダンに助け船を出した。

「キジが言いたいのは、そんな目にあったアンタが
どうしてギャラクシーにいるのかってことだよ」

「それはネ、俺を助けてくれた人がコズミックの常連だから。
 店から脱出して道端で行き倒れかけた時、たまたま拾ってくれた女がいたの。
 その人がコズミックを案内してくれて、毎日通って派手に遊んでいたら、
  いつのまにかギャラクシーに入場できるようになったわけ 」

「 女ぁ?」

キジが声を裏返して聞き返す。
話が逸れてきたので、シェルは話題を戻した。

「まぁそれは置いておいて、アンタを撃った女ってのはあいつか。
 都市高速で争ったあの…」

「そう、シェルとやりあった女だよ。男ってのはさっきのフォーラムハウトの執事。
 怪我の治療中に気づいたね。ダリアの偽弟が殺そうとしていた二人連れの一人だったってことに」

ダンが語る事実とキジの読みはほぼ符合した。
元花蓮の女がフォーラムハウトと関わっていることも事実なのだ。
ダンは言葉を続けた。

「そこから紐解くと、フォーラムハウトの名が出てくる。 
 またタイミングよくレオンとダリアの仲良し映像がTVに出てくるとあれば
 誰だって黒幕の正体はわかるダロ?俺はそれを伝えたかったんだ」

「そうか・・・」

シャツをしまい服装を整えると、ダンはじろじろとシェルの顔を見た。

「なんだよ」

視線に気がつくと、ダンはにんまりと微笑む。
シェルはサングラス無しのダンの顔に慣れていないので、星が泳いでいそうな瞳に見つめられると
戸惑ってしまう。

「アンタ、警察局にいるときよりマシな顔になってるネ
 ダリアのオネェサンを引き戻して、みんな元の生活に戻ろうヨ」

「元の生活…?」

「俺はギャラクシーで稼いだ金でBunch Of Pigsを再建しようと思っているよ。
シェルは服屋に戻って、ダリアはもう一度店でウェイトレスだ。それが似合うだろ?
俺たちでフォーラムハウトからダリアを奪い返そうヨ」

さっきのダリアとの会話を思い返した。
戻らないときっぱり言っていた。

「無理だよ、ダリアは篤志の情報に釣られてる」

キジがダンに説明しても、ダンは首を振った。

「大丈夫だよ、三人よれば文殊の知恵って言うじゃない。ねぇ、キジ君」

キジは嫌そうな顔をした。

「俺をあてにしないでくれ。それに、奪う奪わないとかじゃないだろ。
 ダリアが戻る意志は無いんだから」

「だから、戻る気持ちにさせようヨ。ネ」

何を言っても、ダンの決意は揺るがないようだった。
気持ち悪いほどニコニコ笑うダンを見て、キジとシェルは顔を見合わせた。

  …何か方法はあるんだろうか
 
  とにかく一度戻って、ねこと黒医師に事態を伝えにいこう
  ダリアに再会できたこと、ダンが生きていたこと。
  事態は徐々に変わってきたのだ。

  


 

  



 

<車中>

ギャラクシーを出た後、クラタは何も喋らなかった。
ダリアはクラタの運転する横顔をちらりと見た。

不機嫌な表情をしている。
この執事は今日は終始不機嫌な顔をしている。

昼間、庭でうたた寝をしていたときに突然クラタにたたき起こされ
無理矢理連れてこられた場所がここ、ギャラクシーだった。

「レオンがここに行けと言ったの?
 どうしてあなたがシェルを連れてきたの?」

さっきから何度も聞いて無視されている。
沈黙に耐えきれず、ダリアは何度目の質問を投げてみた。

「…行くなと言った。だから来た」

ようやくクラタが喋った。だが、意味がわからない。

「それ、意味がわからないわ」

「今日は苛立つことがあったから、レオンに背いてみただけだ。ただの気まぐれだ」

「気まぐれって、あなたレオンの部下でしょう?なんでー」

なんでいつも態度が尊大なのだろう。

聞こうと思ったが、やめた。クラタの回答は断片的で、独り言に近い。
ダリアはあきらめて窓の外の景色に目を遷した。

「俺とレオンは昔は同級だったんだ。
 俺の家も昔はそれなりの財産家だったからな」

景色から目を離しクラタを振り返る。
返事が返ってくると思わなかったので驚いたが、クラタの話す内容にも驚いた。

「え?つまりクラスメイトだったの?」

「そうとも言えるな。ハインツと眠り姫みたいな関係だろう」

  だからたまにレオンより偉そうになるのか?

クラタは車線変更のサインを出して、都市高速のゲートに車を進めた。
徐々にスピードを上げながら語り続ける。

「俺の親父はコツコツ働く真面目な男だった。なのに、ある時賭けにはまった。それはもう中毒みたいにな。
 嘘みたいに大勝ちを続けて、最後に負けた。そして財産も何もかも失って自殺した。
 親父が死んで母には多大な借金が残された。その借金を肩代わりしているのがレオン。
 俺は返済も兼ねてレオンに雇われている。・・・これで満足か」

満足かと聞かれても困る。
同級生から執事になった過程はわかったが、 それではレオンはクラタにとって
恩人みたいなものではないのだろうか。

「執事になった過程はわかったけど…」

「俺がレオンに歯向かう理由か?あいつが俺の親父をハメたからだ。
 言葉巧みな詐欺師を使って賭けにのめり込ませ、最後は財産を失わせるシナリオを描いたのは
 レオンだった。だから、俺は」

車の速度が上がる。流れる景色の早さが尋常じゃない。
ダリアはメーターの示す速度に目を丸くした。

「ちょっと、止めてよ!スピード落として」

ダリアの言葉など耳も貸さず、クラタはスピードを上げ続ける。
猛スピードで進むこの車を、周りの車がどんどん避けていく。

「クラタ!止めて!」

「だから俺は賭場もレオンも大嫌いだ!」

大声で叫んだ途端、徐々にスピードを落とし始めた。
安堵のため息をもらすダリアを見て、クラタは笑った。

「ははっさすがにスッキリしたな」

あっけらかんと子供のように笑う。この男の笑顔をはじめて見た気がした。

「馬鹿じゃない、あんた」

「馬鹿だとよく言われる」

「…ストレス解消はもっとマシな方法でやってよ。
  私が運転するわ。代わって。何なのよ、信じられない」

車を脇に止めさせ、クラタを運転席から退かせた。
ダリアが運転席に座ると、爽快な顔をしたクラタは後部座席に寝っ転がった。

「レオンは少々馬鹿で偉そうな部下が欲しかった、とか言っていた」

転がったまま話すクラタの言葉を聞きながら、ダリアはゆっくる車を動かした。
都市高速から見える夜景の中、コズミックはひときわ明るく輝いている。
 
「欲しいものはどんな手を使っても手に入れる。
 それがレオンのやり口だな。
 あんたの場合もそうだったろ、俺の場合もそうで、シヴィラの場合もー」

言いかけて、クラタは口をつぐんだ。
ダリアは聞き覚えの無い名前を、クラタに聞き返す。

「シヴィラ?」

「いや、違うな。あれはアウィスへのあてつけか」

「アウィスって誰」

振り返って聞くと、クラタは寝転がったままだった。
すぐに目線は前に戻し、バックミラー越しに後ろを見る。
クラタは少しだけ体を起こした。

「アウィスはレオンの弟。シヴィラはそいつの女で、今はレオンの女」

「弟?ハインツ以外にも弟がいるの?」

はじめて聞くもう一人の弟の存在に驚いた。
あの屋敷に住んで半月ほど経つが、気配を感じたことが無かった。

「アウィスとレオンは双子だからな。顔も似てる。
 別館で暮らしているから見たことないだろう。
 レオンはアウィスを嫌っているから、ダリアの目に触れさせたことは無いと思う」

そう言うと、だるそうに寝っ転がる。
眠い、と付け足しクラタは目を閉じてしまった。
もう話す気は無さそうだった。

  ハインツは可愛がっているけど
  双子の弟は嫌いってこと?

「どうして嫌うの?」

「弟だからだろ」

クラタの答えは、以前どうしてレオンはハインツを必死で守るのかと尋ねたときと
全く同じものだった。

「だから、それ全然わからないわ。
 でも、私にわかる必要も無いか」

フォーラムハウトの兄弟模様など、どうでもいい。
私の役目は、ハインツを守ること。
ハインツを狙う者を捕らえることだー

『こっちに帰って来れないのか』

シェルの言葉が思い浮かんだ。
ねこやダンと西大寺路の店で過ごした時間が 既に遠い昔のように思えた。

もう戻れない。
戻らない。
花蓮も脱退した以上、フォーラムハウトに属する方が
自分の身の安全も保障できる。

裏切り者の花蓮の女として、既に私は顔を晒してしまっている。
”ダリア”は既に、元花蓮という肩書きと、レオン・フォーラムハウトの新たな愛人という立場を持っている。

私は”ダリアの私”を利用して 
どんな手を使っても篤志を取り戻す

「戻らないのよ」

ダリアは自分に言い聞かせるように呟いた。

 

 

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