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09

There is no rose without a thorn.

<フォーラムハウト邸 中庭>

 

   あのロゼという少女は何者なんだろう。

取り残されたダリアは庭に戻り、人形のような少女のことを考えていた。

「おい、ダリア」

いつのまにかクラタが戻ってきている。
先ほどと変わらぬ不機嫌な顔のまま、ダリアの座るベンチまで近づいてきた。

「ロゼに伝えろ。今探してて思い出したが、
服は人に貸したままだからここにはない、と」

「人に勝手に貸したの?」

「仕方ない。他に適当なサイズが無かったからな。
 …眠り姫に貸したんだよ」

「ねこ?」

  なぜかと言えば、レオンが眠り姫に暴行未遂の真似をして
  着ていた服が目も当てられない状態となり
   代わりの服をロゼの部屋から勝手に借りた

事実通り言えばダリアは血相を変えるだろうと思ったので、
クラタはこれ以上喋らなかった。
嘘をつくのが下手と自認するクラタは、嘘をつくよりも何も喋らない手段をよく 取る。
黙りこんでしまうと、ダリアもそれ以上聞かず話題を変えた。

「さっきの少女、ロゼは何者?昨日言ってたレオンの…愛人とは名前が違うし」

「あれはレオンの女じゃない」

そう言い捨てて、クラタは庭から出て行こうとする。
ダリアがつられて後を追っていくと、行き先は地下の駐車場だった。
クラタの部下が車にエンジンをかけて待っている。

「クラタ、どこにいくの?」

「ギャラクシー」

「…どうして?」

「来月、そこで定期的にフォーラムハウトが開くパーティをやる。その準備だ」

クラタは車のドアを開け座席に乗り込んだ。
次いで、そばに立っていた部下も運転席に乗り込む。
クラタは車のウィンドウを少し開けた。

「それがどういう日かわかっているな、ダリア。
前回はハインツが天青劇場で狙われた。
君が偶然阻止したあの時だ。今回も、恐らく−」

「…ハインツを狙いに来るかもしれない、ということね」

クラタは無言で頷き、ウィンドウを閉める。
運転手に合図を送ると、車は静かに発進していった。

  ハインツが狙われる

  それはつまり偽の篤志を私の元へ送りつけた人物が来るかもしれないということか。
  私がその人物と対峙できる、唯一のチャンスが来るということだ。

  

 

<中庭>

ダリアが駐車場から戻ってくると、ちょうどレオンの部屋から出てきたロゼと
廊下で会った。ロゼはダリアに気が付くと小走りで近寄ってきた。

「さっきはありがとう。クラタからかばってくれて」

打たれた頬がまだ赤く、痛々しい。

「あの、頬大丈夫?
 クラタもこんな本気で叩かなくたっていいのに」

「平気よ。慣れてるもの」

さらりと言ってのけるロゼに、どう反応していいかわからなかった。
ロゼはダリアを見てニッコリ微笑む。その顔がなんともダリアには
可愛く感じてしまい、自分もつられて笑ってしまった。

「ダリア、あなたは強いのね。クラタにあんな態度をとった人、初めて見た」

「そうかな。私は今日のクラタの態度に驚いたわ…」

レオンやハインツと一緒にいるクラタしか今まで見たことが無かったので
ロゼに対する冷酷な態度を取る彼を、ダリアは未だに信じがたかった。

「ロゼ、クラタからの伝言なの、服は貸してて無いんだって」

ダリアは先ほど頼まれた伝言をロゼに伝えた。
服が無いと聞くと、ロゼは落胆した表情を見せる。

「…大事な服だったのに。勝手に。
  いっつも、いつも無理ばかり言う」

がっがりした表情で、赤くなった頬をおさえているロゼの姿を
見てると何ともいたたまれなくなった。

「あの、良かったら私の部屋の服持って行く?
 嫌みな言い方に聞こえるかもしれないけど、レオンがたくさん揃えてくれたの。
 ほとんど着ないから、赤い色のもあったはずよ」

「…」

ダリアの提案に、ロゼは顔を曇らせるだけだった。

「私、レオンに世話になりたくないの」

この少女が何者なのかダリアにはわからないが、
レオンやクラタを嫌っていることだけはわかった。

「でも、一応私がもらったものだから
 私があなたにあげるのは問題ないんじゃない?」

ダリアはロゼの手を引っ張って、部屋まで連れて行くことにした。
元気の無いこの少女を、何故かそのまま放っておく気にはなれなかった。

 

 

<フォーラムハウト邸内・ダリアの部屋>

クローゼットを開けると、思っていた赤いワンピースはすぐ見つかった。
一度も袖を通していない。それをロゼに合わせてみると、人形のような容貌にとても似合った。

「ほらね、似合うよ」

有無も言わさず、それをロゼに渡した。
少し戸惑った表情だったが、渡された服をぎゅっと握りしめると
ロゼは「ありがとう」と言った。

その顔を見て、無理にでも渡して良かったなと思った。
ダリアはクローゼットの戸を閉めながら、人に好意で何かするのは
何年ぶりだろうと思った。

「ダリア、替わりにこれをあげる」

気が付くと、ロゼは首にかけたペンダントを外している。
それをダリアの手のひらにそっと置いた。よく見ると、ロケットになっている。
中を開けると小さなパール粒ほどの白い粒が5つ入っていた。

「これは何?」

ロゼはそのうちの一粒を指先でつまむ。

「これは市場に出回るほとんどの毒に効く解毒薬。
もし何かあれば、使って。私に出来る服のお礼はこのくらい」

「解毒薬?」

粒から目を離し、ロゼを見た。
ロゼは開いたロケットを閉じ、それをダリアの首にかける。

「私が作ったから、安全。ここまで多種の毒に効く解毒薬は
 世に出ていないはず」

「ロゼ、あなたは何者?」

「…私はフォーラムハウトの毒薬師よ。
 レオンに雇われて、毒薬を作らされてる。
 私が作った毒薬は、フォーラムハウトによって
 世の中にたくさん出回っているわ」

   こんな小さな少女が?

フォーラムハウトは毒と解毒薬の販売で、闇では多大な利益を上げていると聞いた。


  …だからレオンは優しいのか。利益の根本を生み出す貴重な人材だもの

なんとなくレオンの態度の理由がわかり、それでもロゼのような少女が
毒薬作りをしているとは信じられなかった。

ダリアはかけられたペンダントを一度外しもう一度よく見た。
フォーラムハウトの毒薬師が作った解毒薬などそうそう手に入るものじゃないだろう。

「でも、ロゼが身につけているものでしょ?
 私がもらってもいいの? 」

ロゼは興味無さげに手を振った。

「いいの。もういらない。それに、作る気になればいくらでも作れるから
でもね、ダリア」

ダリアが手にしたペンダントを、ロゼはダリアの手のひらごとぎゅっと握った。
伏し目がちにそれを眺め、強い目でダリアを睨んだ。
その表情に、ダリアはぎょっとする。

「これは、あなたの命を救うものだから。
けして、レオンやクラタの為に使わないで。
フォーラムハウトを救う解毒剤にはならないのよ」

「…レオンが嫌い?」

「私はフォーラムハウトの利益になることは、毒作り以外したくないの」

ロゼはワンピースを手にしたまま、ダリアの部屋から出て行った。
その後姿をぼんやり見送っていたが、貰った解毒薬のお礼を言い忘れていたことに
気づき、廊下の奥まで行ってしまったロゼに大声で話しかけた。

「ロゼ、これ…ありがとう!」

ロゼは足を止め、こちらを見て微笑んでいる。

「久しぶりに人に親切にされて嬉しかったわ。
 もう会うことも無いけれど、ダリアも元気でね」

ロゼは笑いながら手を振って行った。
ダリアは彼女の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。

 

 

 


<シェルのアパート >

ギャラクシーに行ってから3日後、シェルが珍しく一人で家にいたときだった。
ねこはトニーに会いに梅水花園へ出かけている。

「よぉ、入るぜ」

玄関から声がすると思ったら、鍵が開いた。
入ってきたのはギミットだった。

「あんた、なんで鍵を持っている」

「鍵開けは得意技だ。それより、この前はよくも置いて帰ってくれたな。
 てめぇの店長をギャラクシーから連れて帰るのは大変だったんだぞ」

ギミットはソファにどかっと座り込む。

「お嬢ちゃんは留守か。そっちの方がいいな」

「何が?」

ギミットはシェルの顔を覗き込み、ニヤりと笑った。

「今日はお別れを言いにきたぜ」

「は?」

「今日を最後に、俺はもうおまえの家の護衛はしない。
 そういう意味だ」

コートのポケットをまさぐり、煙草を取り出す。
勝手に灰皿を取ってきてTVをつけた。

シェルはギミットの言う意味がよくわからない。

「あんた、俺に殴られたいわけ?」

「ふざけんな。誰がだ。
 俺が護衛するよりも、いい情報を教えてやるって言ってるんだ。
 それと引き替えに、もう護衛は金輪際無しだ」

「はじめからそう言え」

言ってるだろ、とギミットはぶつぶつ文句を言いながら
鞄から一枚の茶封筒を出した。

それをシェルの前でゆらしながら、さっきより楽しそうに
ニヤニヤしている。

「フォーラムハウトと接触できる方法だぜ。確実にな」

「まさか。あんたがどうして知っている」

「刑事だから知ったのさ。ここに行けば
 堂々とフォーラムハウトの人間に会えるだろうよ」

「…怪しいな。そんな方法あるとは思えない。
 どこだって護衛だらけの奴らだぞ」

シェルは目の前の封筒から、興味無さそうに視線をそらせた。
ギミットは更に乗り出して、シェルの顔に封筒を突きつけた。

「おい、嘘じゃないぜ。フォーラムハウトはギャラクシーで…」

ギミットはそこまで言って、口ごもる。

「あんた、単純」

   …ずっとこの調子で聞いていれば
   中身が全部わかりそうだけど

シェルはギミットから封筒を取った。
止めるギミットを無視して中を開けると、警察局の資料のようだった。

「フォーラムハウト家がギャラクシーを貸し切って大宴会をやるらしい。
 ご丁寧にも、警察局にも警備を依頼してきた」

確かに資料には、護衛を依頼する内容が書かれていた。

「あの一族は度々狙われてるからな。この前も、天青劇場で三男坊の暗殺騒ぎがあった。
 今回は場所を変えたが、それがギャラクシーだ」

「なるほど」

「招待客を装って中に入ればいいだろ。そしたら堂々と会うことができる。
てめえが何をしたいのかわからんが、フォーラムハウトも公共の場では
危険な真似をしないだろう」

ギミットの言うことに、軽く頷きながら
シェルはもう一度封筒の書類に目を通した。

開催日は、三週間後の日付が記されている。

これは、 ダリアにもう一度会う機会ができる日。
そして、あの男がハインツ・フォーラムハウトを狙いにやってくる。

シェルはその日が唯一の転機なのだと思った。

 

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