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Raining 03

 

<発掘現場>

発掘から2週間たった。
今日は朝から洞窟が騒がしい。
フェンス越しに中の様子を見てみると
いつも以上に学者が群がり、なにか騒然としていた。

「レイン軍曹、暑いんですけど。冷たいものでもおごって下さいよ」

シドが隣のフェンス越しに喋りかけてきた。

「嫌だ。おまえが俺におごるか、とっとと持ち場に帰れ。」

僕の言うことなどもちろん聞かず、シドはフェンスにもたれたまま、暑い暑いと繰り返した。
側にたてかけてあるシャベルを見つけると、手にとって土を掘るマネをする。

「レイン、俺も土でも掘ろうかなぁ。古代の宝石とか出てくるかも」

「ここ、原始時代の絵を探してるんだぞ。宝石なんか無いだろ」

「え?そうなの?」

とたんにシドは興味を失せたらしく、持っていたシャベルを放り投げた。


「俺もう完全にやる気無くした。駐屯地に帰りたい」

「あ、タキタ」

洞窟から相変わらず土まみれでタキタが出てくる。僕の一言でシドは
シャキン、と立ち上がった。フェンスによじ登り、彼女に声をかける。

「リーファちゃーん!!」

シドの呼び声に気付いた彼女は、フェンスに近づいてきた。

「シドさん、フジイくん、凄いことになったわ!」

タキタは目を輝かせて、洞窟を指さした。

「ものすごく大きな壁画よ!!」

僕たちは、思わず顔を見合わせる。
シドは少々ひきつりながら、笑顔を見せていた。

絵なんかみつかっても、僕やシドには
全然うれしくもないけれど
タキタがうれしそうだったので、それでよかった。

 


 

 

 

「フジイ軍曹 スワノ中尉がお呼びです」

兵士が僕を呼びにきた。
僕はシドとタキタから離れ、司令官室へ向かった。

ふと、空を見上げる。さっきまで晴れ渡っていた空はいつのまにか少し
かげってきたきたようだ。灰色の雲が、空を埋めている。

 

 

 

 

<司令官室>

「引き揚げるぞ」

「は・・・?」

部屋に入った途端、中尉はそう言った。
いつもならうるさいくらいにTVがついていて、煙草臭い部屋が
今日は静かだった。

「明朝、撤退だ。学者の奴らにも伝えておけ」

「それは・・・」

「・・・わかるだろう。軍曹」

中尉は、僕の返事を待たず、司令官室から出て行った。


なんてことだろう。また、始まるのだ。

部屋の窓から外を見ると、タキタとシドが話しているのが見える。
側にタキタの同僚もいる。みんな、発見の喜びにあふれる笑顔をしているのに。

 

 

 

<研究所・食堂>

「なんだと?」

研究所の所長の顔がひきつった。僕はもう一度繰り返し、皆に聞こえるように言った。

「軍上層部から撤退命令が出ています。我々は明日朝、この遺跡から引き揚げることに
なりました。研究所のあなた達も、もちろん退却していただきます」

食堂がざわめいた。隅に座っていたトウノが、僕に近寄ってきた。

「フジイ軍曹、何を言っているんだ。タキタさんから聞いてないか?
我々は今最大級の壁画を発見したところなんだ」

「・・・軍隊が遺跡なんかにかまっていられない事態がどういうものか
わかるでしょう」

「・・・また戦争か・・・!!」

トウノも、まわりの学者も落胆の色を見せる。誰かがわめきだした。

「ちくしょう、ここまできたのに!爆撃であれが壊れたらせっかくの大発見が台無しだ!!」

   でも 死ぬよりいいだろう?

「なんでいつもこうなんだ!!」

   どうして こんな絵に執着する?

 

ざわざわと動揺が広がり食堂は混乱しはじめ、部下が困惑の表情を見せた頃だった。

「死ぬよりマシよ」

いつのまにか、入口にタキタが立っていた。

「爆撃で死んでしまったら、遺跡の発掘なんてできなくなる。
壁画は死なない。壊れたってまた修復すればいいのよ」

彼女の声に、あたりは静まりかえる。

「何年か経って、土を掘り返せばいい。いつだってできる。でも」

 

 

「そのためには自分が生きてなきゃ。」

タキタは微笑みながら、諭すようにみんなを説得した。
僕は彼女のもっともな意見に、”なぜ”と思った。

 

  なぜ、笑える?

 

  こんな事態の中、タキタだけが笑えることができる。

 

  大学時代も、いつも笑っていた。

 

  つらいことなど 微塵もみせないように。

 

  そんな彼女が何を考えているのが、僕には見当もつかなかった。

 

 

 

<遺跡・夜>

キャンプは明日の退却の為の準備を一通り終え、静かになった。
タキタの説得が効いたのか、学者達も引き揚げることに渋々同意した。

昼間から雲行きが怪しくなっていた天気も雨へかわっていた。
しとしとと雨が降り続けている。

僕は中尉と明日の打ち合わせをした後、自分のキャンプへ戻ろうと廊下を歩いていた。

  あの遺跡とも明日でお別れだな

窓の外から発掘現場をチラリと見ると、フェンスの側に誰か立っていた。

雨の中に・・・ 傘もささずに、発掘現場を見ている。

 

タキタだった。

 

僕は、側の出入り口から外へ出た。戸口から「タキタ?」と声をかけたけど
彼女は振り向かなかった。
仕方ないので、僕も雨の中、フェンスまで歩いていく。

「何してんだ、こんな夜中」

「あ、フジイ君」

よく見ると、ずいぶん長い間その場にいたのかタキタはずぶ濡れだった。


「遺跡を見てた。明日でお別れだし」

「・・・風邪ひくぞ」

「わたし頑丈だもん」

タキタはそう言って、また洞窟の方を見ている。僕も側に立って、雨の中黙っていた。
静かに、雨音だけが僕たちを包み込んだ。

 

 

「・・・なぁ」

「エ?」

あまりにも静かな夜だったので、ふと、僕は彼女に聞きたくなった。

「どうしていつも笑っていられる?」

それはずっと、学生の頃から思っていた疑問。
戦争で親を亡くし、今また自分の希望を絶たれようとしているのに
どうしていつも笑うことができるんだろう。

僕にそんなマネはできない。

いつだって、苦しかったり悔しかったら、笑うことなんてできない。

 

 

「・・・いつも」

タキタがフェンスを握りしめる音がした。

「いつも いつも いつも・・・!!
戦争がわたしから全てを奪っていく。
お母さんも、お父さんも、家も、友達も、・・・夢すら!

私、許せないんだ
こんな不条理な世の中で苦しむこと・・・。

こんな争いで、自分が死ぬのは嫌。こんな世の中のせいで
自分が暗くなるのは嫌。あんたなんかに左右されやしない。
生き抜いて、いつも笑っていてやるって、

・・・いつもそう思って空を睨んでるんだ」

空を睨む。

憎しみすらこめた目で、雨降る天をにらむタキタ。

「・・・」

「フジイ君?」

「俺、いつもタキタを誤解してしまう。ごめん。」

そう、僕は初めに会った時も 苦労も何も知らない人種と思いこんでいた。
こんな強い意志のある人とは思わずに。

「タキタはすごい。感心する。ごめん」

僕はいつも笑えるほど、そんな心の強さなんて無い。

 

「フジイ君のほうが凄いよ」

タキタはクスクス笑いながら言った。

「わたし、やっぱり結構ショックで。今おちこんでたのに
フジイ君が私の前に来て、”すごい”と褒めてくれた。
それで元気になれた。」

タキタは話続ける。

「フジイ君はいつも落ち着いてるし、兵隊さんにも
慕われているし・・・安心するんだ」

「・・・そんなに俺はえらい奴じゃない」

タキタに褒められるとは思わなかった。僕がそう言っても、「私はそう思うの!」といって
笑う。
僕も、彼女もお互い自分に無いものを欲しがるんだろうか。
自分はタキタのその意志の強さに惹かれ始めていたと思う。


・・・ずっと昔から?

 

一瞬、言葉が途切れた。

雨音すら耳から聞こえなくなる。

目の前には、彼女がいる。

 

僕はいつのまにか彼女をひきよせ、抱きしめていた。
触れた背中は雨で濡れ、身体は冷えている。
タキタは一瞬身を固くしたが、そっと僕の背に手をまわした。

「レイン」

どちらともなく、唇を重ねた。
何度も、何度も。

「フジイ君の名前、雨って意味ね」

 

彼女の頬を雨が伝うのを、ただじっと見ていた。

「きっと、こんな優しい雨のことなんだわ」

「・・・リーファ」

静かな雨の夜。
お互いの存在を確かめあうかのように、僕たちはキスをした。
ぬれた雨に凍えながらも、二人は暖かかった。

静かに燃える炎のように。

 


 

 

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