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Raining 05

 

だって 俺たちはこれからなんだ。

ここで君との時間が動き出した。

 

どんな時間もまだすごしていない。

これから未来に起こる出来事だって

まだ 何も

 

何も知らない。

君のその笑顔しか、知らない−・・・













<倒壊現場>

もどかしいくらい、その場所までが遠く感じた。


僕がそこに着いた時、いつのまにか空は静かになっていた。
敵機は去っていったんだろうか。

あちこちにフェンスのかけらが散らばり、まだ周りは硝煙臭い。
足元は崩れ落ちた岩が地面を埋め尽くし、歩くたびにつまづきそうになった。

「・・・リーファ?」

洞窟が、無い。


辺りを見回しても、人の影は無かった。鳥や虫の鳴き声も聞こえない。


「リーファ!!」

僕は大声で叫ぶ。この静かな空気に耐えられなかったからだ。
何度か彼女の名前を呼び、そこらを歩き回った。僕は目の前にある、
小さな岩の丘陵がそれだったとは全く気付かなかったのだ。
いや、崩れ落ちた洞窟など、認めたくなかったのかもしれない。

 

 

 

「−・・・」

微かに、耳に何かが届いた。

「・・・リーファ?」

「・・・イ・・」

何か、聞こえる。僕は音の発する方向を探した。

その時、後になって考えてもおかしいことだが、
僕は何故か空を見上げていた。
彼女の声を探して、空を見つめた。
太陽が昇り、猛烈な暑さの予感がする空。いつもと変わらない空だったのに。


どうして、そんな行動をしていたかは今でもわからない。

 

「フジ・・イ君」

彼女の声は地の底から聞こえていた。
岩の崩れ落ちた部分に、30cm程の隙間が見える。


「リーファ・・・?」

僕はおそるおそる穴に話しかけた。まさか、こんなところに。
穴を覗き込んでも何も見えない。全くの暗がりの中、今度ははっきりと彼女の声が聞こえた。

「フジイ君!!私はここ・・・」

穴の奥底から、よく知った声がする。姿も見えない、深い底だ。


「そ・・・そこから脱けられるか?」

僕の戸惑う問いに、少し間があってから彼女の震えた声がした。

「無理よ 足が・・・・」

 

 

「私の足が岩の下敷きに」

すすり泣く声と、無情な程残酷な事実。
僕は言葉を失った。

 

 

 

昨日、雨の中 僕らは話してをしていて
あんなにもお互いを近く感じていたのに

今はどうだ

こんなにも遠く
空よりも高く

いつまでも届かない
永遠のように

 

 

 

<研究所>

『応援を呼んでくる』

情けないことに、それだけしか言えなかった。僕はあの崩れた穴を離れ
研究所内に戻ってきていた。もはや誰もいないガランとした建物の中に。

急遽退却しただけあって、まだ色々なものが残されている。
僕は通信機のスイッチをいれ、藁をもつかむ思いで誰かと連絡を取ろうとした。

雑音しか聞こえてこないスピーカーの音を聞きながら、僕はどうやったら
あの穴から彼女を救うことができるのか必死で考えていた。


「通信機器がイカれてやがる」

スピーカーを殴りつけ、僕はため息をついた。

 落ち着け、考えろ・・・考えろ。

自分に言い聞かすも、僕はもう心のどこかでわかっていた。
救うすべが、今の自分には全く無かったことを。

 

「畜生・・彼女の命まで奪う気か・・・!!」

もう一度スピーカーを殴りつけた拳は、赤く血がにじんでいた。

 

 

 

 

<倒壊現場 PM2:00>

レインが一旦研究所に戻ってからの間、リーファは朦朧とした
意識の中で、ぼんやり空を見上げていた。
体中の痛みも、悲壮感も、何もかも麻痺してきたかのような感覚だった。

いっそ夢かもしれないと思えればいくらか楽かもしれない。
勿論そんなことは無理だった。

 

「リーファ 上を見て。降ろすから」

いつのまにかレインは穴の上へ戻ってきたようだ。
上を見上げると、何かを手にもっている部分だけ視界に入ってきた。


「・・・何を?」

そういいつつも、上からそれを受け取るために空いた左手を天へとのばてみた。
微かに見える空とレインの顔。

「消毒薬と痛み止め。何か欲しいものがあったら言ってくれ。
明日になれば軍隊が戻ってくる・・・ 」

そう言いつつも、レインの声はか細く感じた。


軍隊は来ない。

助けは来ない。

 

「フジイ君・・・」

上から細いロープでくくられた小さなバケツが降ろされてくる。それを左手で掴む。
バケツの中にはクスリの小瓶、ミネラルウォーターなどが入っていた。

「君は怪我の手当をしろ。明日になれば・・・」

「ええ・・・そうね」

 

リーファはロープを固く握りしめた。

「きっとそうね・・・」

 

 

 

バケツの中からクスリを取り出すにも、片手だけなので苦労した。
真っ暗な穴の底では持っていた懐中電灯だけが明るさを与え、
なんとか中身の判別をすることができた。

 水・・・消毒薬・・・手拭き、それに・・・鏡?

鏡・・・ああ、顔の傷のためか。そう納得し、リーファは鏡で自分の顔を見てみた。

 

その時鏡に映ったものをリーファは見逃さなかった。

 

 

  あの時、爆撃の前に私が洞窟で見ていたものは・・・

 

 

「リーファ?」

リーファが驚きのあまり黙り込んでいると、レインが心配そうに声をかけた。

「フジイ君・・・私、すごいものを見つけたわ」

リーファは上を向いてレインに答える。

「もし、今から何年も戦争が続いても、全て終わったら必ずここを掘り返して。
お願いよ  いつか必ずもう一度ここを掘って」

「明日になれば応援が来る。望みを捨てるな」

「わかってる。でも・・・絶対に掘り起こすと約束してね。絶対よ」

レインは彼女が何を言わんとしているかよく解らず、「約束する」とだけ返事をした。

 

 

 

<PM 11:00>

僕が降ろしたバケツのロープを「離さないで」とリーファは言った。
彼女が片方のロープを握り、僕がもう一方を握る。
その張ったロープが、彼女の生を感じさせた。

このロープの重みが、彼女の生きている証だったのだ。

 

僕は色々なことを話した。暗い穴の下の彼女に向かって。
傷みや、苦しさから気を紛らわす為に。
いつのまにか太陽は西へ沈み、空は暗くなってきている。
あれ以来一度も攻撃されることなく、遺跡は静かな夜を迎えた。

軍隊での出来事、シドの笑い話、僕の子供時代の話。
これ以上無いくらい、話せることは全て話した。
彼女は小さく相づちをうちながら、たまにロープを引っ張りながら
僕の話を静かに聞いている。
泣きそうだった彼女の声は、いつのまにかとても穏やかになっていた。

 

そして時が訪れる。

僕は話をしながら、いつのまにか眠ってしまっていた。
ロープを握りしめて、穴の側によりそいながら。

 

 

 

 

ポツ・・・と頬に雨があたって目が覚めた。
大粒の雨が、ポツポツと降り始めている。

僕は飛び起きて、手に巻き付けていたロープを引っ張る。

「リーファ、すまない。少し寝てしまっ・・・」

 

 

 ロープの先には

 

 

 

「・・・リーファ!!」

 

 

 

彼女の重みは無かった。

 

 

 

 

 

「リーファ?眠ったのか? ・・・そうだろう?」


僕は穴の下に向かって叫ぶ。
ロープを無意識に引っ張り続けた。

彼女の返事は無く、ただ、引っ張り続けたロープの先が僕の手元へ戻ってきだけだった。

 

「あ・・・アァ・・・」

 

ロープの向こう側で、それを握りしめる人はもういない。
僕を呼んでくれる人はもういない。

 

 

明け方まで僕はその場から動けなかった。
うずくまる僕へ雨は矢のように降り続け、涙も嗚咽も全て雨へと溶けていった。

 

『全て終わったら必ずここを掘り返して』

 

 

その言葉が、響いて離れなかった。

 

 

 

 

 

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