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Raining 06Last

 

<フランシス・ヴィクター遺跡 現在>
僕がもう一度その遺跡にやってこれたのは、5年も経った後だった。
戦争は無駄に長引き、仮の平和を取り戻すのには長い年月がかかってしまった。

あの時、リーファが亡くなった後、ただ呆然と遺跡に立ちつくしていた僕を迎えにきてくれたのはシドだった。

「スワノ中尉が遺跡に忘れ物をしたから取りに帰りたい、と軍のお偉い方とゴネたんだ
それで俺が志願してここに戻ってきたワケ。」


そう、言っていた。本来軍隊から離れて勝手な行動をした僕は厳罰ものだったのだが、
スワノ中尉が取り計らってくれ大事には至らなかった。今でも有り難く思う。

その当時、確かにリーファの遺体を引き揚げることは無理だった。僕は隊に戻り、
戦争が落ち着いたら再度ここの発掘をしようと心に決め、その機会を待っていた。

そしてようやく、その時が来たのだった。


僕の現在のボスは相変わらずスワノさんで、
「もう一度フランシス・ヴィクター遺跡を再発掘したい」という申し出に、彼はあっさりOKを出してくれた。

「まだ忘れ物があるかもしれんしな」

大尉となっていたスワノさんの一言で、数十名の兵士を確保してもらい
シドもチームに参加することになった。
僕はリーファの先輩だったトウノにも連絡をとった。
彼に発掘の監修をしてもらおうと思い、その旨を伝えると「できるだけ当時のメンバーを集める」と快諾してくれた。
遺跡自体、注目されたものだったせいか国立研究所の研究員達の参加申込みが殺到し、
立派な発掘編成チームが作られることになった。彼の力添えによるものだった。

 

発掘作業は楽ではなかった。
一度崩れ落ちた岩をどけ、壁画を傷つけないように
慎重に作業する。学者や兵士達にとって、それはただ神経をすり減らす作業だったかも
しれないが、僕にとってはじわじわと過去へ戻る作業だった。

岩を一つどけるたび、彼女に近づいていく気がして。


その感覚は奇妙にも、静かだった。
とうにふっきれたと思っていた感情は、まだ僕の中で生き続けている。


 

「少尉殿、発見致しました!!」

部下の声が、時を告げる。


 

 


 


<発掘現場 夜>

「5年という時間が経ったんだなぁ・・・」
今日の作業全てを終えて、ようやく一段落した頃
シドがぽつりとつぶやいた。

仮設の食堂で僕らは遅めの夕食をとりながら
今日のことについて雑談していた。今日は遺跡の再発見が成されただけあって
食堂の雰囲気もほのかに明るかった。

「おまえ、結構冷静だったよな」

「・・・そう・・・だな。実際、目の当たりにしてみると
5年前が鮮明に思いだせた。長いようで短い時間だった」

 

リーファの遺体はほとんど面影も無く、
壁画発掘のためすぐに回収された。遺体安置用の車両に保存されている。
僕は彼女を5年ぶりに目にしたとき、何かまだ忘れているような気がしてならなかった。
今も、胸になにかが引っかかっている感じがする。

「フジイ少尉 ちょっと」
食堂の入り口からトウノが呼んでいる。
僕は席を立ち、廊下へ出て行った。

皆が夕食をとっている頃でもトウノは遺跡で作業を続けていたようだ。
近づけば、土の匂いが微かに漂う。


「夕方からあの場所を私たちで調べてるんだがな、ちょっと見て欲しいものがあるんだ。
タキタさんの遺体の後ろに青い鉱物があった。それを調べていたんだが・・・
そしたら周囲にも同じ石がたくさんあった。土を払うと無数の青い石があの場所に埋め込まれていることに気づいたんだ。」

「青い石?」

「そう。蒼火石か何かだろうと思う。石自体はたいしてめずらしいものでなくて、
あの壁画の時代にもあったものだ。」

そういいながら「こんなのだよ」とトウノは一つ小石を僕に手渡した。
手には青碧色のガラスのような小石。

「この石がどうしたんだ?トウノ先生」

シドも部屋から出てきて話に加わった。
トウノはシドの問いに答えず、洞窟を指さして歩き出した。

「とりあえず現場に降りてみてくれ」

 


<遺跡 洞窟内>

夜の洞窟は気温が下がり、肌寒い。
まだ洞窟内にライトは設置されておらず、僕らは懐中電灯片手に、中を歩いていった。


遺体のあった場所はまだ数人の学者が何か作業をしていた。

僕がやってきたことに気付くと、不思議なことに皆その場から立ち上がった。

「ここだよ」

トウノが示した部分には、確かにその青い石が小さく光っていた。
そして、その周りにも20cm程の感覚で青い石が点在していた。確かに、意図的に埋め込まれているようだ。


上を見上げると、何か大きな楕円のようなものが描かれている。
何かわからない。僕は視線を下へ移した。

青い石が散らばる下、ほぼ足元近くに何か描かれている。
僕は顔を近づけて、それが何か見ようとした。

拳ほどの大きさの円と線。

僕はこの図をどこかで見たことがある。

 

そうだ、リーファが発掘現場で見せてくれたあの壁画。

  『戦争の絵なんだって?』

  『人類史上最古の時代のモノと言われてるの』

あの時彼女の指さすそこには、岩にぼんやりと映る絵があった。単純な線と円で描かれた、記号のような、人類の絵。
今目にしているこの絵も、それと同じ形をしている。


「これは人・・?・」


この足元に描かれた記号は人類だ。確か、あの時みた絵もこんな
形だった。


人と、その上に散らばる青い石。そしてその上に広がる大きな楕円。


「雨・・・この青いのは雨粒か」


僕がトウノの顔をみると、彼は頷く。

雨が降る元は・・・この楕円のようなものから降り注いでいる。
これは雲だ。この壁画は人と雨と雲の絵だ。
他の戦いの絵よりも数倍大きな、洞窟一面に広がるような。

この絵は まさか・・・

あの時、リーファの言っていたことを思い出した。

『今発掘してる時代の壁画は戦いの絵ばかりなの。私とトウノさんは「戦い」以外の絵が無いか・・・って探してる。たとえば「祈り」とか。宗教儀礼の絵ね。』


僕がその絵が何を描いているのか、トウノが何を言いたいのか
ようやくわかってきた。5年前、リーファが「必ず掘り起こして」と言った意味も。
トウノが僕に言う。


「まるで雨乞いのようじゃないか?僕はそう思うんだ。
水を求めて、雨を降らしてくれと何かに祈っているような
そんな絵が描かれていると思うんだよ。
大きすぎて、あの頃にはぜんぜん気づけなかった。
タキタさんだけ、気がついていたんだ」

 


雨に祈る

 

人間の絵

 

彼女だけが気付くことのできた、祈りの絵がそこにあった。

 


 

<遺跡付近 仮設飛行場>

 

「レイン、本当に帰るのか」

 

「帰る。遺跡は騒がしいし、落ち着かない」

シドはやれやれ、と肩を落として歩みを止めた。
僕はプロペラ機の操縦士に片手をあげて合図する。

「シド、あとは頼むぞ。まぁ遺跡はあれだけ注目されてるし
安全だと思う」

「あれ以来学者があふれかえってるんだぜ。あのクソ狭い暑いとこにな。
それの警備をやる身にもなってくれ」

「シドに任す。俺は休暇を満喫させてもらうよ」

僕はシドの肩をたたき、飛行機に向かう。
乗車用の階段をのぼり、機内に乗り込む。

シドは少し離れた所から、やる気無さそうに手を振っている。
僕は彼に合図し、別れを告げた。

「出発してくれ」

機体は飛び立ち、僕はフランシス・ヴィクターを去った。

 

 

あの「祈りの絵」が発見されてから、フランシス・ヴィクター遺跡には
大学や研究所の学者が詰めかけて人だらけになった。
人類最古の絵が描かれた洞窟、それだけでも特異な存在だった遺跡から
「戦い」だけでなく「祈り」の絵が発見されたことは世間をにぎわした。

”5年前に戦禍に巻き込まれ死亡した女性学者は
 死の淵で人類最初の祈りの絵を発見していた”

そんな見出しの新聞を何度見たことだろう。
悲劇のヒロインみたく書き立てられたリーファの記事が溢れかえっていた。

そんな騒がしい空気に嫌気がさし、僕は遺跡を後にすることにした。
悲劇の美談も、発掘の栄光も、祈りの絵すら僕には意味のないことだった。

 

 

「少尉殿、スワノ大尉からです」

操縦士が機内電話を僕に渡した。

「フジイです」

『シド曹長から連絡がきたぞ。休暇を取るだと?』

「そうです」

『ハハハ!まぁいい。好きなだけ休むといい。 
それよりフジイよ、忘れ物は見つかったのか?』

受話器の向こうにはスワノさんの笑い声。
吸っている煙草の匂いまでしてきそうな勢いだった。

「寒くなるまでには戻ってきます」

僕はそう答え、電話を切った。窓の外から、地上をのぞく。
湿地帯の原生林の中、もう遺跡はどこにあるかもわからなかった。
それでいいのだろう。こうして、どうにもならない感情は小さく落ち着いていくのだろう。
雨が土へ染みこむように。あの日の夜の雨のように。

 

「近い空港はどこかな。基地には戻らなくていい」

僕は受話器を操縦士に渡し、駐屯地へもどらず近くの空港へ行ってくれと頼んだ。

 

窓から見上げた空はあの日のように晴れていた。

 

 

 

 

 

 

 

<Raining END>


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